第43話 緊迫した場面では気配を消しがち
僕は資金源を確保するためにクリスティーナに声をかけた。
学園の闇をでっち上げて協力してもらうように騙し……もとい、協力を依頼したのである。
とはいえ、完全に嘘というわけではない。
貴族が差別行為をしているなんてよくあることであり、裏を取っていないというだけだ。
きっと、差別なんて腐るほど行われているに違いない。
そして、クリスティーナは思った通り正義感に溢れたお嬢様だったみたいだった。
僕の正義に溢れた言葉を聞いて義憤に燃えていたのだから間違いない。
僕にとってはとても都合がいい。
というわけで、僕たちは食堂へ向かい走っていた。
食堂は校舎とは別の建物になっているため、一度外に出ないといけないのだ。
クリスティーナの手を引き、食堂へ続く道を走る。
「ち、ちょっと待ってくださいまし……! こ、転んでしまいそうですわ!」
「心配しないで! これから僕たちがこの学園を変えていくんだから!!」
「は、話を聞いて……」
「ぶへっ!」
「きゃっ!」
手を引っ張る僕が急に転んだことにより、クリスティーナは慣性でつんのめってしまっている。
転ぶまいと必死にバランスを取ろうとしているが、目の前を通る男子生徒にぶつかってしまった。
体の大きさからして上級生だろう。
「ぐわ!」
「ご、ごめんなさ……」
すかさず、ぶつかったことを謝ろうとするが、男子生徒がクリスティーナに詰め寄る。
「き、貴様……! この伯爵家の生まれである私にぶつかるとはいい度胸だ……!」
「も、申し訳ありませんわ……!」
ぶつかった相手は偉そうに二人のお供を引き連れていた。
きっと貴族の人なのだろう。
「この方は伯爵家の子息であらせられるぞ! こんな無礼を働いて許されると思っているのか!」
引き連れていたお供が激昂する。
僕はトラブルの予感に戦々恐々とする。
どうしよう……逃げちゃおうかなぁ……。
でも僕の資金源が……。
「貴様…… 名を名乗れ……」
「え…… く、クリスティーナ・ハースト……ですわ」
「ハースト……? あの腰抜け貴族のハーストか?」
「お、おじい様を悪く言うことは許しませんわ!」
「ふん! 先の戦で貴様らが停戦を進言したことで、不利な条約を飲むことになったのだ。 我々も割を食ったのだぞ?」
「その条約を結んだからこそ、戦が終結したんですわ!」
「勝てる戦を捨てて不利な条件を飲むなど、腰抜け以外の何者でもないだろう」
「か、勝てる戦って…… あの戦でどれだけの犠牲があったのかわかっていらっしゃいますの!?」
「ふん、兵が死ぬのは当然だ。戦なのだからな」
「あ、あなたは……!」
「無礼だぞ!! 貴様のような子爵家の令嬢ごときが、伯爵家の跡取りであるこのローレンス・ゲルシュタッドに楯突こうなど、身の程を知れ!!」
クリスティーナが言い募ろうとすると、ローレンスが機先を制す。
その言葉にビクッと肩を震わせるクリスティーナ。
しかし、お貴族様の話は難しくてよく分からない。
そもそも僕はこの国が戦争をしていたことすら知らなかったし……。
でも、もう終わっているらしいし安心だね。
「が、学園内では身分は関係ないはずですわ……!」
「では、そう思っているがいい。 貴様が無礼を働いたと、貴様の実家に抗議させてもらう。 子爵家の令嬢風情が伯爵家の跡取りに無礼を働いたとなると、どうなるんだろうな?」
「そ、そんな……!」
「それが嫌なら地べたに這いつくばって許しを乞え。 そうしたら許してやらんでもない」
「なっ…………!」
いやらしい笑みを浮かべるローレンス。
恐らくいやらしいことでも考えているのだろう。
ここで反抗しても状況は良くならないというのは目に見えている。
であればプライドなんか捨ててしまい、地面に頭を擦りつけるのが賢い選択というものである。
幸いローレンスとかいう男は謝れば許してくれると言っているのだ。
サッと謝ってしまえば良いのだ。サッと。減るもんでもないしね。
クリスティーナは実家に迷惑をかけてしまうことを許容できなかったのか、プルプルと震えながらも膝をつき頭を下げる。
「ふん…… 流石は腰抜けの血を引くだけはあるな……。 貴様には貴族のプライドというものはないのだな……」
何も言わずに頭を下げ続けるクリスティーナを見て冷たい視線を向けるローレンス。
クリスティーナのそんな姿を見て、僕は少し感心してしまった。
最初こそ、高飛車なお嬢様という印象ではあったのだが、家のために自身のプライドを捨てて頭を下げれるというのは、簡単にできることではないだろう。
「一つ教えておいてやる……。 今後の教訓にするといい………………伯爵家に楯突いて許されるとでも思ったか!!」
ローレンスはそう言うとクリスティーナの頭を踏みつける。
「ぐ、ぐぅ……」
流石の僕も彼女の頭を踏みつけるローレンスに怒りが湧いてくる。
よくも……!せっかくの僕の資金源を……!
ここは無理を通してでもクリスティーナを助けるべきであろう。
下心などちょっとしかない。本当だ。
下心を抜きにしても、彼女の行動は尊敬に値すると思っており、それを文字通り踏みにじるローレンスが許せないという思いは、僕にだってあるのだ。
恐ろしいが、勇気を振り絞るんだ。
「ちょっと待ったほうがいいんじゃないかと思うんだけど!!」
「なんだお前は……?」
ローレンスがギロリと僕の方に視線を向ける。
こ、怖すぎる……。なんて怖い顔をするのだこの男は……。
決意した気持ちが早くも揺らぎそうだ。
だが、ここで怯えた表情をするわけにはいかない。
不敵な笑みを崩さずにその凶悪な瞳を見据える。
「ニ、ニアさん…… あ、あなたは関わるべきではありませんわ……」
「もう遅い……。 この私に対して意見してきた時点で無礼討ちだ」
とりあえず不敵に出てきたけど何もプランがないし、なんだか怒らせてしまったようだ。
「そ、そんな……! やめてくださいまし……! 罰ならワタクシが受けますわ!」
「黙っていろ、ハースト!!」
「ぐぅっ……!!」
ローレンスに腹を蹴られ呻くクリスティーナ。
まずい……。相手を刺激しないように慎重に声をかけるべきだな……。
まだ話し合いで何とかできるはずだ。
しかし、今までこうした緊迫した場面では、自分にヘイトが向かないよう気配を消して黙っていたから、何を言えばいいのかわからない。
でも黙っているわけにもいかないので、一生懸命言葉を探し、一番最初に頭に浮かんだことを言った。
「ふっ……やめた方がいい……。 それは下劣で愚劣で低俗な行為だ………」
「なんだと…………?」
いやあああああぁぁぁ!!違うのおおおおぉぉぉおお!!
や、やっちゃったよ……!どうしよう……!
よりにもよって何故そんなことを言ってしまうのか!!
「貴様!!何という無礼なことを!!」
「死をもって償え!!」
「ニ、ニアさん……一体何を考えていますの……」
取り巻きの人たちもすごく怒ってる……。
どうしたらいいの……?まだなんとかなる……?
そうだ!まずは無礼を言ったことを謝るんだ……。
それしかない。
「しかし、君は……なんだか臭くて敵わないな…… 小汚い貴族の臭いがするよ…… やれやれまいったなぁ…… 服に臭いが移らないか心配だよ……」
なんてことを言うんだ!僕の口ぃぃぃぃいいい!
これ以上刺激してどうするんだ!!
早く謝るんだ!まだ間に合う!間に合ってくれぇぇぇ!!
「こ、小汚い……だと……!? 立場を分かっているんだろうな!? 貴様は今ローレンス・ゲルシュタッドの前にいるのだぞ!!」
ローレンスは額に青筋をたくさん作り、ピクピク体を震わせている。
そして取り巻きの人も僕の発言に絶句している。
僕だってびっくりだ。
貴族の偉い人にこんなことを言ってしまうなんて……!
ローレンスはとてつもなく怒っているが、相手も人間なのだ。話せばわかるはずだ。
さあ謝れ、謝るんだ僕。
「うーんと、ところで君は誰だい? ここの学生さん? それにしては、あまりにも凶悪な顔だ。 君……もしかして、人とか……殺したことあったりする?」
「き、貴様ぁ………………!! ここまで愚弄されたのは初めてだ……! まともな死に方はできないと思え!!」
「ふふ……奇遇だね。 僕も初めてだよ……人をここまで愚弄したのはね……ふふふ……」
「………………」
あわわわわわわ……。
ローレンスは怒りのあまり感情がすっぽりと抜けてしまったかのようだ。
もしかしたら、今日が僕の命日になってしまうかもしれない……。
第二の人生も短かったなぁ……。
せめて最後は、かっこよくこう言うのだ。
「ふっ…… 僕を殺すつもりならここでは人の目がある。 場所を移そうか……」
そして僕は不敵な笑みを浮かべながら、感情を失ったローレンスに首根っこを掴まれ引きずられていく。
「ニア…………さん…………」
どうやら、クリスティーナは腹を蹴られたダメージで気絶してしまったようだ。
当初の目的である彼女の安全は確保できたのだが、今度は僕がピンチである。
――――――誰か助けてぇ!




