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第36話 盗賊事件のその後②


 ブルータル盗賊団のアジトを壊滅させた騎士団はアジトの調査を済ませて王都へと帰還していた。


 騎士団長のギルバートは自身の執務室で集めた情報をもとに国王へと提出する報告書をまとめていた。


 盗賊のアジトより、洗脳の杖を回収できたことは、今回の件で一番の成果ではあったのだが、その杖は戦闘の影響により壊れてしまっていた。

 壊れてしまったことについてのお咎めは恐らくないだろう。

 悪用されるよりかは壊れてしまっていた方が都合が良いという理由からだ。


 しかし、国の宝物庫に眠っていた杖を盗み出した何者かに繋がる情報を手に入れることができなかったことが痛い。

 盗賊の首領と幹部の一人を捕縛し、尋問を行なっているが有力な情報を引き出すことができずにいた。

 盗賊の首領であるセルブロは何故か心身喪失状態となっており、幹部のジンは調べると洗脳の魔法をかけられ、その魔法の解除をするまでは話をきけなさそうであった。


 なんとか入手した情報によると、洗脳の杖は、闇市にて黒いローブを纏った人物から、購入したということだった。

 その人物はローブをすっぽり姿を覆っており、体格や声からも人相や性別はわからなかったそうだ。

 盗賊の首領であるセルブロから何とか聞き出した情報ではあるが、それ以上のことはわからなかった。

 仮にジンの洗脳を解いたとしても大した情報は持っていないだろう。


 そして、洗脳の影響を受けていると思われていた子どもたちを検査したところその痕跡は見受けられなかった。

 おそらくこれは、ユーリの兄であるニア・シスコーンが洗脳の杖を持っていたということから、彼は洗脳の杖の効果を知らずに使用し、盗賊の幹部であるジンを味方につけたということになるが、ニアは頑なにその杖の使用は認めなかった。

 どうして隠しているのかはわからないし、入手した経緯も謎だ。

 盗賊の部屋のソファに立てかけられていたので、借りたと言うのだ。

 洗脳の杖ほどの重要なものをそんな雑に管理されているということはないはずだが、話を聞こうにも首領は心神喪失し、幹部は洗脳の影響を受けているため裏が取れなかった。


 一段落ついたところで、背もたれに体を預け、疲れた目を休める。


 コンコン


「入れ」


 扉を叩く音が聞こえ、入るように促す。


「失礼します」


 すると、騎士団の服を身に纏う女性が部屋に入ってきた。


「エリナか」


「団長、少し休憩したらどうですか? お茶を入れてきましたよ。いかかですか?」


 秘書のエリナ・ベーレンドルフが、お盆にティーカップを二つ乗せて部屋に入ってくる。

 ちょうど疲れていたところであったため、その言葉に素直に従う。


「いただこう」


 エリナは、ギルバートの言葉を待たずに執務室の中央にあるテーブルにティーカップを並べる。


「それで、取り調べはどうだ?」


 捕らえた盗賊の尋問についてエリナに尋ねる。


「あまり進んでいません。 正気を失っており、話を聞ける状態ではないということもありますが、そもそも有力な情報は持っていなさそうです」


「ふむ…… しかし、わからないな……」


「団長が脅かしすぎなのでは? 団長の暴れる姿を見て正気を保てる人はいませんよ」


 ギルバートはセルブロが正気を失っていることに対して疑問を感じていると思い、そんなことを言うエリナ。


「いや、そうではない。 というか言い過ぎではないか?」


 秘書であるエリナの辛辣な言葉に少し傷つく。

 騎士団長にそのようなことを言えるのは、騎士団にはエリナしかいないだろう。


「全然言い過ぎではないです。団長は自分の異常さにそろそろ気付いてください」


「わかっているつもりではあるのだがな。 心神喪失するほどだろうか?」


「それがわかっていないって言ってるんです! ……でしたら団長は何がわからないって言うんです?」


「セルブロが自分の配下を殺害していたことだ」


「ああ、それですか。取り調べでは裏切られたとか言ってましたよ?」


「うむ、それはそうなのだが…… どうも腑に落ちないのだ」


「幹部のジンが洗脳の杖を盗んだと思い込んでいたからではないのですか?」


「それだけの理由であんな状態になるのか疑問なのだ。 そもそも脱出だけを目的にしていればあそこまで殺す必要はなかったはずだ」


 確かにセルブロは生き残るために全員を殺すしかないと思い込んでいた。

 しかし、脱出するだけなら、邪魔な者たちを排除するだけで良かったはずなのだ。

 ギルバートにはセルブロの思考を読むことはできないが、その豊富な経験からセルブロの様子に僅かな違和感を覚えたのだ。


「それは……確かに…… でもそれなら団長は何がセルブロをそうさせたと思うんです?」


「根拠のない妄想にすぎないが、思考の誘導によるものではないかと考えている」


「思考誘導……? それはまた突飛な考えですね…… それは、洗脳されていた……と言いたいわけではないんですよね?」


「ああ、洗脳とは違うな。 精神を支配されているようには見えなかった。 だが、そうだな…… 負の感情を増幅されている、ような感じだろうか……」


「確かに、言われてみれば、団長の大暴れを見たからといって、あの怯え方は少し異常かもしれません。 でもそれが事実だったとして、誰が何の目的でそんなことを……?」


「考えられるのは、洗脳の杖を横流しした者が、その情報を隠滅するために、対象に気付かれることなく長期間に渡って思考誘導をかけられていたとかだろうか……?」


「でも……確かにそう考えると辻褄は合うのかもしれません。 杖を手に入れた経緯が曖昧だったり、杖の存在を知る者を抹殺しようとしたり……」


「当然全てを抹殺することは一人では無理だということは明白だが、杖の存在を知る者たちの戦力を削るということが目的だったとしたらそれも納得できる」


「杖を横流しした者はブルータル盗賊団を使って何をしようとしていたのでしょうか?」


「それはわからん…… が、何か目的があったとしても杖はもう存在しない。 そいつの思惑は潰されてしまったようなものだ」


「では、結局その良からぬことを考えている者が再び動くのを待つしかない、ということでしょうか……」


「手がかりが無い以上はそういうことになるな」


 ギルバートは何か大きな陰謀の渦の中にいるような気分になり、その会話を終わらせようと口を開く。


「さあ、休憩は終わりだ。 報告書をまとめて王城に報告に行くぞ!」


「はい! じゃあ出発の準備しておきますね!」


 そして、報告書をまとめたギルバートはエリナの用意した馬車に乗り込み、王城へと赴くのであった。









 深夜――


 誰もいないはずの森の中にひとつの人影があった。


「いやぁ、やられたっすねぇ…… 杖が壊れたのは誤算っす……」


 黒いローブを纏った小柄な人物が、参ったと言わんばかりにポリポリと頭を掻く。


「本体の心臓は回収できたのは良かったっすけど、これじゃあ計画が進められないっす……」


 そう言うと、その声の主はローブを脱いだ。

 その人物は、ニアたちが乗っていた竜車の三下顔の御者、もとい盗賊の一味である小男だった。


「計画も失敗したし、もうこの顔はいらないっすね」


 盗賊が、腕に付けている魔道具を操作すると、その相貌が、小柄の可愛らしい女の子の姿に変化した。


 ピンク色の髪を二つに結んでおり、大きいクリクリとした目元、口からはチャームポイントの八重歯がチラリと見える。


「自分がせっかく、あの杖を盗み出して盗賊たちに横流しした努力も無駄になったっす!許せないっす! ……まあ、あの杖が洗脳の杖だと勘違いしているのは不幸中の幸いっすけど……」


 少女は、その禍々しい黒い魔法石を見ながら、ひとりごちる。


「でも、言い訳を考えないとっすよね…… まあでも、英雄ギルバート・ブラッドリバーが出てきて、心臓だけは回収できたんだから、褒められこそすれ、責められることはないっすよね!」


 計画は失敗ではあるが、ギルバートが出てきたこと自体が想定外中の想定外なのだ。

 ギルバートの素顔を知らない少女にとって、盗賊に王国最強の騎士が紛れ込んでいたことは青天の霹靂であった。


 その瞬間、唐突に何者かの人影が現れる。


「おい、この責任はどうするつもりだ……?」


 壮年の男性の低い声が響く。


「ギルバート・ブラッドリバーを前に尻尾を巻いて逃げてきた奴は黙っているっす」


 出てきた人影に目も向けずに答える少女。

 彼は盗賊に扮したギルバートが暴れ始めた時点で、早々に撤退の判断を下したことを少女は重箱の隅を突くように指摘する。

 ギルバートのような怪物が現れて、果敢に立ち向かうなど普通の人間には不可能だということは少女にも分かっていたのだが、自身の失敗を糾弾されたことに少なからず腹に据えかねている様子だった。


「なんだと……? 貴様…… 自分の立場を分かっているのか……?」


「分かってるっすよ。 心臓は回収してるから問題ないっす。 それに今回は失敗に終わったっすけど、自分にはまだ次の計画があるっす」


「次があるとでも……?」


「それは、あんたが決めることじゃないっす」


 挑発する男性の声に、少女は吐き捨てるように言い返す。


「……ちっ! せいぜい言い訳でも考えておくんだな…… 教団に足手まといは必要ない。邪神様の復活に支障をきたすようなら、この俺が手ずから始末してやる……」


 そう言うと、男性の人影が一瞬にして消える。


「本当に口だけは達者な人っすね……」


 小さく舌を打ち、少女もまた闇に消えていった――



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