第34話 異能力タイム・スロー・ザ・タイム!!
僕たちは死体の海を越えてやっとの思いで地下一階へ辿り着いたのだが、そこには盗賊たちが溢れかえっており、しまったと思ったときには既にその場にいた人間の視線が僕たちに集まってしまった。
アネットはその状況に怯えてしまって僕の服の裾を掴んでいる。
うんうん、もっと僕を頼るといいよ!
僕は頼られると張り切っちゃうタイプなのだ。
「ま、まずいぞ、ニア……」
トーマスが及び腰で僕に小声で話しかけてくるが、最悪の場合、僕はこいつを見捨てていくつもりだ。悪く思わないでくれ、君の死は無駄にはしないよ絶対。
しかし、僕はこの状況で落ち着いていた。
想定していないことには弱いのだが、事前に対応を想定していれば、それをなぞるだけでいいのだ。
全てはジン君にお任せって感じだ。
すると、盗賊たちがジン君に声をかける。
どうやらジン君が改心したことは他の盗賊たちには気付かれていないようで、僕たちが急に襲われることはなさそうだ。
ホッとしたことで、少し周りの様子を確認する余裕ができた。
そして、集まった集団の中にユーリの姿を見つけた。
「あれ、ユーリじゃん。捕まっちゃったの……?」
「お、お兄ちゃん!!無事だったんだね!!」
うん、元気そうで良かった。
しかし、なんだかユーリを捕まえたと思しき盗賊の顔があまりにも凶悪だ。
今までどれだけの人間を肉の塊に変えてきたのだろうか。
考えるのも恐ろしい……
あんなに凶悪そうな顔なのだから、恐らくあいつが盗賊の親玉だろう。
ということは親玉を倒さなければユーリを開放することはできない。どうしよう。
でも、ジン君だって相当強いのだから何とかなる……はず。
すぐに首を切り落としてしまうのが、玉に瑕だが。
そんなことを考えていると、徐々に僕の首が締まっていることに気が付いた。
「ちょ、ちょっとアネット? なんか首、締まってるんだけど……?」
怯えて僕の服の裾を掴んでいたアネットがその裾をグイグイ引っ張り、僕の首を締め上げていたのだ。
「あの子、誰……? お兄ちゃんって言ってたけど……」
なるほど、うーんなかなか良いものだね。
アネットは嫉妬をしているんだね。
わかるよ、お兄ちゃんを取られそうで不安なんだよね?
でも安心していいよ。
何故ならユーリは僕の弟なんだからさ!
「弟……?くだらない嘘を付かないで…… あんな可愛い男の子がいるわけないでしょ……」
「い、いやちょっどまっでよ゛……ぐ、ぐるぢぃ……」
アネットの瞳はまるで深淵のごとく深い闇に包まれていた。
「ちょ、アネット……!ニアが死んじゃうよ!」
トーマスが死にかけている僕に気が付いてアネットを止めてくれる。
「……っ!? ごめんねニア…… 私ちょっとおかしかったみたい……」
「あ、ありがとう、助かったよトーマス。 あの世にいる父と母が見えたよ」
父と母はトオイ村で元気にエキサイト、もとい子作りに一生懸命励んでいるだろうけど。
トーマスには感謝しかない。
トーマスを見捨てることは、選択肢から外しておいた方がいいかもしれない。
僕たちが呑気にそんなことをしている間に何やら、盗賊とジン君が話をしている。
ジン君は無口なので、一方的に盗賊が話かけているだけなのだが。
相手もなんだかフランクに話しているところを見ると、きっと仲が良かったのだろうから、ジン君も少しは返事してあげればいいのに……
話の内容はあまり聞いていなかったからわからないが、最後とかなんとか言っているので、何やらその盗賊はこれから死ぬらしい。
更にわからないのが、最後にジン君と決闘したいとのことだった。
もしかしたら、彼らはライバル関係で、死ぬ前に決闘をしたいと思っているのかもしれない。
うーん、熱い展開じゃないか。ライバル同士の最後の決闘なんてさ。
だから、僕はジン君にこっそり声をかける。
「やってあげなよ、ジン君。最後なんでしょ?」
「わかりました」
「ふん、やっと覚悟を決めてくれたようだなぁ…… じゃあ正々堂々と決闘と行こうじゃねぇか。 そこのガキに開始の合図をさせてくれねぇか? 形だけにはなるが、審判みてぇなもんだよ」
僕の方を見てそんなことを言う盗賊。
こいつもよく見ると結構怖い顔をしている。
だが、ユーリの隣にいる盗賊の親玉方がもっと凶悪な顔をしており、僕のことを物凄い顔で睨み付けている。
審判をやれってことなのだろうか。
断ったら殺すぞみたいなオーラを感じる。
恐ろしいので素直にそれに応じる。
「ニア、気を付けてね……」
アネットが心配そうに声をかけてくる。
お兄ちゃんは一仕事してくるから待っていてほしい。
ジン君と盗賊の間に立ち、声をかける。
「じゃ、じゃあいくよ……? ――始め!」
僕がそう言うと、盗賊が物凄い勢いで走り出す。
対するジン君は迎え撃つ構えだ。
そうしてジン君に向かって行くと思われた盗賊は、急に方向転換して僕の方に向かってくるではないか。
え!?何!?
こっち来る……どうしようどうしよう……
しかし、そんなに悩んでいる時間はない。
すぐ目の前まで盗賊が迫ってきており、その得物を掲げて、僕に斬りかかろうとしている。
「お兄ちゃん!!」
「ニア!!」
「や、やべぇ!!」
「ニア、危ない!」
「きゃあああ!!」
ユーリ、アネット、ダン、トーマス、子どもたちが同時に声を上げる。
そして、ユーリを捕まえていた凶悪な顔の盗賊の親玉が更に凶悪な顔をして怒っているのが見える。
そんな様子が確認できるほどにスローモーションに見える。
これってもしかして、舞い戻りし僕の異能タイム・スロー・ザ・タイム!?
ジン君との壮絶な死闘の際に覚醒した僕の能力であり、一時は火事場の馬鹿力と諦めたあの能力が戻ってきたのか!?
しかし、この能力にはこの状況を打開する力はない。
スローモーションに見えるというだけなのだから。
僕は、ちょっと魔法が使えるだけのただの非力な子どもだ、この状況で、できることなどないのだ。
くそう!こうなったら破れかぶれだ!
ジン君との死闘の際に折れてしまったこの杖、修復はしたがおそらく込められた魔法は使えないであろうその杖を使ってやる!
もしかしたらまだ魔法が発動するかもしれないし、まだ諦めるには早い!
もう一度僕を助けておくれ!!
恐ろしい形相で迫りくる盗賊の顔を殴りつけるように杖を振る。
すると、極度の緊張のせいで手汗をかいていたことにより、杖が手からすっぽ抜けた。
盗賊の頭上をアーチを描くように飛んでいく。
その様を盗賊の目が追う。周りの人も皆ポカンとしながらその杖の行方を目で追っている。
「ちぃ!!」
僕に迫っていた盗賊が急に反転して、その杖に向かって走っていく。
見ると、周りの盗賊たちやユーリの側にいた盗賊の親玉であろう凶悪顔も皆吸い寄せられるようにその杖に向かっていく。
よくわからないが、あの杖はそんなに大事だったのだろうか。
手放してしまったのはちょっともったいなかったかもしれない。
「あの杖を取れ!かしらに渡すんじゃねぇ!」
盗賊の一人が叫ぶ。
先ほどまで僕を斬りかかってきていた少し凶悪な顔の盗賊が周りの盗賊を斬り付けながら物凄い勢いで杖に向かって走る。
同時に獣の咆哮かと思う音が聞こえてくる。
それは、ユーリを捕まえていた一番凶悪な顔の盗賊の親玉がその身の丈以上に大きな鉄の塊のような大剣を振るう音だった。
「な、なにしやがる、てめぇ!!」
「おい、ふざけんな!」
そこからはもう大混乱であった。
盗賊の親玉が味方の盗賊を切り伏せ、それに対抗するために大勢の盗賊が飛び掛かり大乱戦となった。
その親玉の恐ろしい剣戟の嵐の中、僕たちはその混乱に乗じてユーリとダンと合流した。
「皆、走って! 外に騎士団が待機してるからそこまで全力で走って!!」
ユーリの言葉に従い、僕たちはアジトから脱出するべく走り出した。
◆
(一体こいつは何をしようとしている……?)
ギルバートはセルブロが決闘を挑むという展開に疑問を覚えていた。
しかも、杖を持ったニアを審判にしようと言うのだ。
何か企んでいるに違いない。
ニアが怯えた表情をしながら前に出てくる。
一挙手一投足を見逃すまいと、ニアを見つめるギルバート。
ギルバートは、ニアが確実に洗脳の効果を受けていると考えている。
でなければあんな弱そうな少年に杖を持たせることなど絶対にない。
事が起こるとしたら、決闘が開始してからになるだろう。
ギルバートはニアが怪しい動きをすれば即座に斬り殺すつもりでいた。
ユーリの兄であることを考えると本来は躊躇われることではあるのだが、国宝ともなる魔道具なのだ。
精神支配に対抗する魔道具を身に付けていたとしても意味をなさない可能性もある。
もしもギルバートが洗脳の影響を受けてしまえば、とんでもないことになるというのは火を見るよりも明らかであった。
リスクを天秤にかけるなら、殺してしまう方が最善である。
「――始め!」
ニアが試合開始の号令をかけると同時に盗賊が走り出した。
まだ、彼らに怪しい動きはない。
すると、盗賊が動きを変えてニアに斬りかかった。
(……動いたか!!)
それを確認してギルバートも動き出そうと思ったのだが、次の瞬間、目玉が飛び出るほど驚くことになる。
ニアがその手に持った杖を投げ飛ばしたのだ。
「ちょ、まって……!」
滅多なことでは動じないギルバートではあったが、ニアの予想外すぎる行動に心臓がキュッとなる。
その後、動揺したギルバートは盗賊たちを撫で斬りにし、血の雨が降る中、踊り狂うのであった――




