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第28話 ブルータル盗賊団頭領セルブロ


 ブルータル盗賊団の頭領セルブロは自室のベッドに腰掛け、計画が遅々として進んでいないことにイラついていた。


 その原因は、ひとえに部下が無能であることだと彼は考えていた。


 手際が悪い上に、与えられた仕事も満足にこなせない。

 それにより、騎士団への通報が早まったとも言える。

 今回も何度目になるか、商品となる子どもを二人も取り逃がしたと報告を受けたときは眩暈がする思いだった。

 結果的に逃がした子ども二人は新人が捕まえたということだったが、こんなことではビジネスを始める前にお縄につくほうが早いのではないかとため息が止まらない。

 しかも運が悪いことに今回に限って騎士団の動き出しが異様に早く、満足に商品を仕入れることもできず、早々にアジトを移すことを強いられた。


 とりあえず、気持ちを落ち着けようと、数日前に捕まえたお気に入りの青狼族の女を連れてくるように命じた。

 しかし、待てど暮らせど部屋に来る様子はない。

 それが彼の苛立ちを尚更に増大させる。


「ちくしょう……!早くしやがれってんだ……!」


 女を連れてくるように命じた男は盗賊団の参謀であり、セルブロの右腕。

 満足に商品を仕入れることもできない有象無象の部下たちとは違う。

 盗賊団に4人いる幹部連中の中でも一番信頼を置いている男なのだが、何を油を売っているのか。


 周りの物を破壊することでその鬱憤を晴らそうとするが、一向に苛立たしさが収まる気配はない。


 参謀という立場に胡坐をかいているようなら、その浅はかさを理解させる必要がある。

 そう考えたセルブロは立ち上がり、隣の部屋の扉を開ける。

 そして、廊下に続く扉に向かい歩いていき、ふとそこで何気なくソファの方に目を向け、すぐに扉の方に向き直るが、何かに気付いたのか、勢い良くソファの方に再度振り返る。


「え!?」


 セルブロはとても焦っていた。


「え!?どういうこと!? え!え!なんで!? 無い!!無い無い!無い!!」


 セルブロは先ほどまでの緩慢な動きではなく、半ば半狂乱になって部屋の中の物をひっくり返しながら何かを探し回る。

 一頻り探し回ってこの部屋に無いと判断すると次は寝室に駆け込んで、探し回った。

 その動きは流石は盗賊団の頭領と言わざるを得ないほどに迅速だった。


 そして、自分が生活する空間の中に自分の探し物は無いと判断すると、ベッドに座り項垂れる。


「なんでぇ……?あれが無いとなると…… え?このビジネスに出資してもらった貴族になんて説明を……?」


 滝のような汗を流し、顔は青ざめる。


 彼が探しているのは洗脳の魔法が込められた杖型の魔道具である。


 蛇が巻き付くような意匠が施されており、先端には禍々しい瘴気を纏った魔法石がはめ込まれている代物で彼が最後に見たときはソファの脇に立て掛けられていたはずなのだ。


 確かに大事な商売道具であるにも関わらず管理が雑ではあったが、そもそもここはアジトの地下2階に位置しており、信用している幹部たちの部屋しかないのだ。

 それに部下には普段から上下関係はしっかりと分からせているつもりなので、裏切りなど考えられない。


 その洗脳の魔道具はこれから始めようとしているビジネスに必要となるのだ。


 そのビジネスとは奴隷商売だ。

 この世界では、国と契約している奴隷商人が存在しており、奴隷商売自体は珍しい商売ではない。

 また、奴隷といっても人権が無視されるようなことはなく、一定の生活は保障され、一定期間の労役を終えると開放されることもあるのだ。


 もちろん、中には違法に奴隷を売買していることもあるが、そこまで多くはない。

 何故なら、この世界には契約魔法のような強制的に人を支配するような手段があるわけではないので、攫ってきた奴隷の調教からしなくてはならないため、コストパフォーマンスがあまりよくない。


 しかし、ブルータル盗賊団は、洗脳魔法をかけることにより、疑似的にそれを可能にするという触れ込みで、パイプがある貴族たちに出資を募ったという経緯があった。

 既にその出資金は使い果たしてしまっていることから、セルブロは焦っているのである。


 この窮地に陥った状況を打開するため、セルブロは考えを巡らせる。

 そこで、一つの可能性に辿り着いた。


「…………ジンの奴が……裏切った…………?」


 セルブロは考えれば考えるほどそれ以外の可能性が考えられなくなってくる。


「さっきあいつが魔道具を持って出て行ったに違いねぇ…… 騎士団が迫っていて組織内が慌ただしいこのタイミングでの謀反とは…… さすが参謀だけはあるってことだな…… だが、俺を裏切った奴の末路は決まってんだよ……! 絶対に地獄に送ってやる……!」


 セルブロは怒りに震えた拳を振り下ろすと、ベッド脇にあったサイドテーブルは真っ二つにへし折れた。


「だが雑魚共を洗脳されて肉壁にでもされたら厄介だ……! ちっ……アジトに残ってる幹部は……カルストだけか…… くそっ!こんな時に限って幹部の二人が任務でいねぇなんて……! このタイミングも計算されたものだってのかよ……! 敵に回すと厄介な奴だ……!」


 アジトの幹部たちは精神魔法耐性の効果を持つバングルを常に身に付けており、精神支配を受けないよう対策しているのだ。

 全員に装備するのが一番良いのだが、そのバングルは高価なものであるため、実力の伴わない者に配る余裕がなかったのだ。

 しかし、バングルを装備している4人の幹部の内、2人は現在仕事に出ており不在だった。

 そのため、裏切りのジンを除けば唯一アジトに残っている幹部はカルストだけだった。

 セルブロが洗脳の魔道具を持つジンに対抗するためには、最低でもカルストを味方につける必要があった。


 すぐにでも行動に移さなければ手遅れになってしまうと考え、セルブロは部屋を飛び出した。


 カルストの部屋に向かう廊下を走っていると、壁にもたれ掛かり座り込むカルストの姿が見えた。

 ジンに襲われてしまったらしいカルストは項垂れており、ピクリとも動かない。

 カルストの意識があるか確認する。


「カルスト!無事か!?ジンの奴にやられたのか!?」


 カルストの体を強めに揺さぶる。


「おい!!死んじまったのかよ!?おい!」


 一際強く体を揺する。

 すると、カルストの頭部がズルリと地面に落ちた。


「……ひっ!!」


 ビクンと体が跳ねるセルブロ。

 無残な死体と成り果ててしまったカルストの姿を見て、セルブロの動悸が激しくなる。

 不在の二人を除けばこのアジトで精神支配に対抗できるのは自分とカルストの二人だけ。

 しかし、そのカルストが葬られてしまっており、セルブロは正気を保てずにいた。


「え?やばいじゃん!!えぇ?どうすればいいの俺? カルストがやられてるってことはもう下っ端連中は既に洗脳されちまってるんじゃ……」


 ここまで手が早いなど、とても信じられない。むしろ信じたくない。

 確かにジンがセルブロの部屋を立ち去ってからそれなりに時間は経過しているが、既に幹部の一人を始末してしまっていることを考えると、その手際は尋常ではない。

 やはり、この裏切りは綿密に計画されていたものであると考えるべきだと結論付けるセルブロ。

 そこでセルブロはふと気が付く。


「てことは、俺って今敵地の最奥部に一人でいるってことなんじゃねぇか?……え?死ぬ?死んじゃうの?……やだ……そんなの絶対にやだ……殺すしかねぇ……こんなところで死ねるかぁぁぁああああああ!!!」


 正気を失ったセルブロが急に走り出した。

 汗と涙を撒き散らし、疾走する姿はとてもじゃないが、悪名高いブルータル盗賊団の頭領と呼べるものではなかった。


 だが、それもやむを得ないことであるかもしれない。

 幹部であるカルストが殺害されており、もうこのアジトで精神魔法に対抗するすべを持っている者はいなくなってしまったのだから。

 既に他の盗賊たちは洗脳されていてもおかしくないのである。

 洗脳されていなくてもその真偽を確かめる時間も方法もない。

 しかし、セルブロにとってはもうそんなことはどうでも良かった。

 追い詰められすぎた結果、疑心暗鬼になり、出くわした盗賊たちを次々と斬り殺していく。


 完全にジンの策略に嵌められてしまったセルブロは一心不乱にアジトの出口に向かう。

 流石にアジト内の団員とジンを相手にしては如何にセルブロが強かろうと多勢に無勢だ。

 無様に尻尾を巻いて逃げることに何の抵抗もない。

 盗賊団の頭領としてのプライドや、これまで築き上げてきた財産など、全てを置き去りにして、とにかくこの状況を生き延びることしか彼の頭の中にはない。


 当然のことながらビジネスのことなど考える余裕もない。

 苦労の末に獲得した貴族とのパイプも捨てることになるが、そんなものは死体が持っていても意味がないのだ。

 とにかく今はこの敵の巣窟から脱出することだけが、彼の全てだった。


「あああぁぁぁぁああ!!!ああああぁぁぁ!!」


 奇声を発しながら、気が触れたようにブンブンと剣を振り回すセルブロ。


「なにするんです……ぐはぁ!!」


「かしらが狂っちまった!!ジンの兄貴に報告……ぐあああ!!」


「殺っちまっても構わねぇ!かしらを止めろおおお!」


 敵意に反応して狂ったように暴れ回り、死体を積み上げていく。


(止まったら死ぬ……!止まったら死ぬ……!殺す殺す全員殺すんだ!)


 セルブロはもはや自身が助かるためには全員を葬るしかないという思考しかできなくなっていた。

 そして圧倒的な殺意を抱きつつ自身の部下を殺害しながら地上へと脱出するために走り続けるのだった。



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