第25話 俺に任せて先に行け!
剣が振り下ろされ、僕の死体が出来上がるかに思われたが、誰かが僕の前に立ち塞がった。
「ニ、ニア……!諦めるんじゃない……! す、救われるために、あ、足掻けと言ったのは君じゃないか……!」
僕の前にいたのはトーマスだった。
「トーマス、僕を助けるために自分が犠牲になったのか。 そんなことしたってすぐに僕は殺されるだけなんだから意味なんてないのに……」
「き、君は……! か、勝手に僕を殺さないでくれっ……!!」
「……あれ?」
よく見ると、いわゆる白刃取りの状態で、盗賊の剣を止めているトーマスがいた。
「てめぇ……邪魔すんじゃねぇ…… そいつをぶっ殺せねぇだろうが……!」
盗賊はそのいやらし顔に青筋を立てて、僕の殺害を邪魔されて相当にお怒りの様子だ。
「い、いやそれはできない……! そんなことは絶対にさせない……!」
「だったら……! お望み通りてめぇからぶっ殺してやるよ……!」
「くっ……ニア!僕が抑えている間に作戦を考えてくれ……!」
そう言うと盗賊はさらに剣に力を加え始めた。
トーマスは何とか止めている状況だが、この様子ではいつまでも持たないだろう。
僕はある意味では死の淵から生還したといえるだろう。
それもあってか、多少冷静さを取り戻していた。
しかし、どうしよう……
策といっても最初に立てたもの以外はないのである。
失敗しても殺されることはないと高を括っていたのが良くなかったのかも。
確かにこうなることも事前に予想できなかったわけではないけど、自分が殺されることなど怖すぎて考えられなかったのだ。
これはもう群れの長として決断しなくてはならないのかもしれない。
群れを存続させるために命を選択する時が遂に来たのだ。
僕はこの群れの長に就任した時には既にその覚悟はできていたので、迷うことなんてないんだ。だから、さようならトーマス……
「ニア!早く次の作戦を……!!」
なんだか、トーマスが焦っているが、そんなに僕を追い詰めないでほしい。
既にトーマスを切り捨てるということは僕の中で決まっていて、一ミリも揺らぐことはないのだが、そんな風に頼られてしまうと僕も現実を突き付けることを躊躇してしまうではないか。
僕は人に良く見られたいのだ。
うーん、どうしたものか。
悩んでいる間にも状況が進んでいく。
トーマスがなんかすごい叫んでいるが少し黙っていてほしい。
「ニア、トーマスが……!」
アネットが心配そうに声をかけてくる。
妹に僕がトーマスを見捨てる姿を見せたくもないしなぁ。
そうだ!ここは俺に任せて先に行け作戦とかどうだろう。
ちょっと違うな……この状況の場合は、トーマスに任せて僕は行く作戦という感じか。
「アネット、よく聞いて。盗賊に聞かれる可能性があるから小さな声でね」
「……うん」
トーマスに聞かれない程度の音量で話をする。
「今トーマスが盗賊を足止めしてくれている間に僕たちはここから逃げる」
「え……!?じゃあトーマスはどうなるの……!? 見捨てることなんてできないよ……!」
僕の発言に慌てるアネット。
違うんだ、見捨てるわけではなく、僕たちの礎になるんだよ。
しかし、そんなことを言っても心優しいアネットが納得するわけがないので、嘘を吐こうと思う。
優しい嘘ってやつだ。トーマスからしたら残酷な嘘になるのだが、背に腹は代えられないのだ。
「安心してアネット。別に見捨てるわけじゃないよ」
「そうなの?」
「そう、僕たちはまずここから脱出して、武器とかを見つけて戻ってトーマスを助けるんだ」
「でも、その間に殺されちゃうかもしれない……」
「大丈夫。僕たちが思っているほどトーマスは弱くないよ」
トーマスの戦闘力など僕には分からないが、本気になった盗賊に必死に食らいついているところを見ると根性だけはあるだろう。
だが、確実に助けられる見込みが無い限りは、戻ってくる予定はあまりない。
誤解を恐れずに言うと、僕が大事なのは僕と妹の命なのだから。
転生チートを持っているわけでも勇者でもない。死んだらおしまいなのだ。
一応庇ってくれた恩は感じているので心が痛くはあるが、妹を救うためなら、いくらでも僕が泥をかぶるつもりである。
こんなことは考えたくもないが、この判断でアネットに嫌われてしまったとしてもだ。
それぐらいの覚悟を持っているつもりなのだ。
優れた才能や力があるわけでもない一般人にあまり期待しないでほしい。
結局、個人の力では本当に限られた身近な人を救えるかどうかなのだ。
「そ、そう……わかった……」
「辛い決断をさせることになってごめんね」
「大丈夫!ニアが謝ることじゃないよ……!」
「トーマスとはこういった状況に陥ったときの話はこっそりしていたんだ。 トーマスは自分が身を挺して僕たちを逃がす時間を作るって言っていたんだ。 僕は止めたんだけど、トーマスの意志は固いみたいで、どうしようもなかったよ……」
「トーマス……そうだったんだ……じゃあトーマスの覚悟を無駄にしないためにも早く助けてあげよう!」
ごめんよおおお!アネット!!
お兄ちゃんは君に嘘を吐いているんだ……
でもこれも全ては僕たちの輝かしい未来のためなんだ……!
受け入れてとは言わない……!
ただ、お兄ちゃんを責めないでおくれぇぇぇ!
嫌われる覚悟は持っているが、嫌われたくないと思っていたって良いではないか。
矛盾しているとは言わないでほしい。嫌なものは嫌なのだ。
「トーマスは盗賊にバレないように僕たちに裏切られたことを責めるような演技をするはずだ。 演技だとしても仲間からそんなことを言われるのは辛いだろ?だから耳を塞いでいて」
「……わかったよ、ニア」
よし、下準備は全て整ったので、これで後腐れなくトーマスを裏切ることができる。
ただ、逃げるといっても急に僕たちが走り出したりしたら盗賊の奴はターゲットを切り替え、僕たちを背中から切りつけるかもしれない。
それにトーマスや他の子どもに見られるのもまずい。
逃げたことがバレてしまっては僕に悪い印象を抱いてしまうだろう。
もし全員が助かったとしても裏切り者のレッテルを貼られるのは不本意だ。
ならばどうするか、答えは簡単だ。
実は今僕の前にはマジックミラーがある。
要はマジックミラーを二重に設置していたのだ。
向こう側から見ると僕とアネットが映っているように見えるが、実際の僕たちの位置はもっと後ろにいる。
先ほどの戦闘中どさくさに紛れて、僕とアネット以外を囲むようにマジックミラーを設置したので、壁際を歩いていけば、誰にもばれずに牢屋の外に出られるという寸法なのだ。
なので、有り体に言うと先ほどもトーマスに庇われなくても僕が殺されることはなかったのだ。
まあ、だとしても数秒後には僕の死体が横たわることになっただろうけど。
だから、トーマスが庇ってくれたことは本当に感謝している。本当だ。
だけど、これから裏切ることには変わりはないが。
生きるということは過酷なことなのだ。
「トーマスもう少しだけ持ち堪えて! 今作戦を考えているから!」
そう言って僕は耳を塞いだアネットを連れてトーマスたちにバレないように出口に向かって移動していく。
ただ、僕たちがいないことに気付かれた場合、逆上した盗賊に子どもたちが殺されてしまわないか少し心配ではあった。
先ほど盗賊が殺すと宣言したのは僕とトーマスだから、もしかしたらトーマスだけは死んでしまうかもしれない。
僕が嗾けた結果、人が死んでしまうかもしれないと思うと罪悪感を覚える。
だが、人生とは選択の連続だ。トーマスはそういう選択をしたというだけで、その結果、トーマスが無残な死体と成り果てたとしても僕には何の責任もないはずだ。
「お、おい!!ニアまだなのか……!? 早くしてくれ……!!」
「…………」
そんなトーマスの悲鳴に似た叫び声を背に僕は牢屋から出て一切振り返ることなく走り去った。
アネットに耳を塞いでもらっていて良かった。
妹に嫌われる覚悟はあると言っても、極力そうならないために策を講じるのが、仕事のできる男なのだ。
僕としても一応、一時の間でも同じ群れの民衆であったトーマスが殺されてしまうのは、寝覚めが悪いので生きていてほしいとは思うが、そこは彼の運命力に期待しよう。
裏切った僕が何かを言える資格はないのだが、幸運を祈るよトーマス――




