第23話 幼少期に実は出会っていたという強み
僕は自分の作戦を話した後、トーマスたちと少し離れた位置でくつろいでいた。
僕の役割は牢屋を開けるよう盗賊を誘導することなので、作戦開始まではゆっくりしているつもりなのだ。
盗賊をおびき寄せるには、とりあえず大きい声で叫んでおけば狂ったように走ってくるだろう。
その時に牢屋を開けたくて仕方なくなるような状況にしておけばいいのだ。
僕はこの9年間、ただ母親のしごきに耐え忍んでいたわけではない。
転生者の強みである現代知識を利用しオリジナルの水魔法を自作していたのだ。
そして、それを利用して、既にこの牢屋に細工を施している。
水魔法は大抵が便利系の魔法であり攻撃には向かないため、僕が水のボールをぶつけたところで体がちょっと濡れただけでおしまいだが、僕の役目は盗賊を誘導することであり、敵を倒すことではない。
あの愚かそうな盗賊のことだ、簡単に引っかかるに違いない。
僕が盗賊を牢屋へ招き入れた後は、トーマス率いる袋叩き隊が一斉に飛び掛かり、盗賊を無力化することになっている。
一見、雑な作戦に感じるだろうが、とにかく敵をボコボコにするだけなので、細かい作戦など必要ないのである。
とりあえず当たって砕けてみようみたいな感じだ。
本当に砕けてしまってはちょっと僕も子どもたちをけしかけた罪悪感があるので、原形は留めておいてほしいものではあるが、まあ僕たちは大事な商品であるため、ぶち殺されるようなことはないと思いたい。
中には獣人の子どももいるので、力比べでは早々に負けることはないはずだが、敵は当然武器を持っているので、戦力差を考えるとこちらが圧倒的不利だろう。
戦いとは純粋な力だけでは決まらないのだ。
そこは、僕たちが商品であることを全面的に主張してお茶を濁すなりするしかない。
つまり自身を人質に取ることで何とかしようということだ。
それでも足りないのなら、あとはトーマスに頑張ってもらおう。
僕たちが暴れて盗賊の増援が来ることを考えなくも大丈夫なのかと思うが、そこはあのいやらし顔盗賊が騒いだ僕をしばいたときに、この地下室でどれだけ騒いでも助けは来ないと言っていたことから、おそらく上の階には音は届かないと考えて良いだろう。
また、騎士団が近づいてきていることで、盗賊が慌ただしいというトーマスの予想を信じるなら、僕たちに構っている暇もないはずなのだ。
ちなみにアネットは僕の秘書に任命した。
これは適材適所であり、決して職権乱用ではない。
だから今はせっせと社長である僕の肩をマッサージしているのである。
秘書ってそういうものだよね。
僕が妹とのスキンシップを堪能している間にトーマスたちが作戦の詳細を詰めている。時折僕を非難するような目で見てくるのは無視だ。
というか、作戦の詳細って何を話しているのだろうか、やることはシンプルであり、そんなにごちゃごちゃと話す必要なんてないはずだけど。
部下の手際の悪さに呆れる管理職の気持ちってこういう感じなのだろうか。
現場のことを何もわかっていないくせに簡単なことかのように言うなという文句が飛んできそうだが、知ったことではない。
僕は作戦の全容を的確に把握して判断を下しているのだから、出来ない方がおかしいのである。
そんなことを考えていると、僕の肩を揉んでいたアネットに後ろから話しかけられる。
「ニア、私たち本当に助かるんだよね?」
助かるかどうかよりもお兄ちゃんと呼んでほしいのだが、まずは信頼してもらうことが大事だな。
よし、自然とお兄ちゃんと呼んでもらえるように僕のかっこいいところをアピールするんだ!
「まあ……安心しなよ。僕の計算に誤りは、ない……! こう見えても四則演算は得意なんだよね……ふふふ……」
日頃から練習しているセリフなので、かっこよく言えたはずだ。
「し、四則演算?なんかよくわかんないけどすごい! それで、えと……お母さんも助かるんだよね……?」
上目遣いで縋るように尋ねてくるアネットに鼻息が荒くならないように気持ちを静める。
ふう、危ない。僕が変態と間違えられてしまっては大変だ。
僕のアピールタイムだったはずなのだが、思わぬカウンターパンチを喰らってしまった。
とはいえ、思惑通り僕のことを尊敬している様子だ。
四則演算ができるというのは、デキる男の一つの指標だからね。
「……ゴホン。もちろんお母さんも助けるつもりだよ!」
「ほんとに!?」
「ほんとさ!大事な妹のためだからね!」
「さっきも言ってたけど、なんで私がニアの妹なの?」
「それはね、アネットは小さかったから覚えていないかもしれないけれど、僕とアネットは昔会ったことがあるんだよ」
まじりけのない正真正銘の嘘ではあるが、アネットの信用を勝ち取るためには仕方がないことなのだ。
幼少期に実は出会っていましたという設定はラブコメではよくある展開であり、かなりの強みになるに違いないと僕は踏んでいる。
「え!?……そうだったの?……え?でも……もしかして……」
「そう!思い出してくれた?あの時だよあの時!!」
何か心当たりがありそうなアネットに全力で便乗する。
「う、うーん、確か村の外れにある家の……」
「そうそう!その家!」
「そう……その家の……」
アネットが徐々に思い出していく記憶の中に僕という存在を刷り込んでいく。
そして、二人の声が重なる。
「その家で出会っ……」「その家の壁に……おしっこ……してた子……?」
予想外にもほどがあるぞ。
アネットはとんでもない記憶を呼び起こしていた。
つまり僕は、他人の家の壁に小便を引っ掛けていたクソガキだと自信満々に語っていたこということになる。
自分でそんなことを言う奴がいるはずがないじゃないか!
その家で出会ったのは確かだろうが、彼女の記憶の中で僕がしていた行為が問題だ。
「え!?」
「違うの……?」
「い、いや違う、というか、なんというか……」
否定すれば、過去に会ったことがあるという強みを捨てることになる。
内容を考えれば、そんな記憶は強みにも何もならないのだが、僕は否定しきれずにしどろもどろになってしまう。
しかし、そんな僕の様子を見てアネットは不安そうな表情をしている。
これは……どっちだ!?
肯定したほうがいいのだろうか。
不安そうな表情ということはアネットは僕に肯定してほしいと思っているのではないのか!?
どっちなんだ!!!誰か教えてくれ!!
どう考えても、他人の家に放尿するのが良いことだとは到底思えないのだが、もしかしたら、この先に素敵なエピソードがあるのかもしれない。
出会いは最悪だったけど、徐々に二人は距離を詰めていって――
だめだ!!!アネットと仲良くして良いのは僕だけなんだ!!!そんなことがまかり通ってはいけない!!
くそおっ!!僕はどうしたらいい!!
「それは……ちょっと記憶が……うっ! 思い出そうとすると……頭が割れるように……うっ! で、でも僕は君を大切に思っているし、助けたいと思うんだよ! それだけはわかってほしい!……うっ!」
「だ、大丈夫……?」
苦悶の末に導き出した僕の答えは、曖昧にしてしまうことだった。
そんな出会いもあったかもしれないし、なかったかもしれない。
言質さえ取られなければ、後からどうとでもなるのだ。
しかし、過去の記憶に僕を刷り込む作戦はお世辞にも上手くいったとは言えない結果に終わってしまった。
「ま、まあ過去のことは置いておいて!今は生き残ることだけを考えよう!」
「そうだね! なんかニアと話してたら元気になってきた! 絶対に生きてお母さんに会わなきゃ! 頼りにしてるよ、ニアお兄ちゃん!ふふっ!」
何が楽しいのか、そんなことを冗談交じりに言いながら、肩もみをしていたアネットが後ろから抱き着いてきた。
そんな唐突な現象に僕の頭は混乱する。
な、なんだこれは……嘘でしょ……
動悸が激しくなり、身体中が燃えるように熱い。
それと同時に途轍もない勢いで、僕の正気度がガリガリと削られていく。
「え?エ!?エ!?エ!?……ぶほおおおぉぉぉ!!!!!!」
僕は機関車のように叫びながら、鼻から赤い液体が勢い良く噴き出し、あっという間に床に血だまりができる。
抱き着かれた際のアネットの体があまりにも柔らかかったせいで、ちょっと正気を失ってしまったのだ。
これにはアネットやトーマス、そして周りの子どもたちにも緊張が走る。
僕の大声は目の前の廊下を突き抜け、確実に地下室全体に響き渡ったはずだ。
「ニ、ニア!?大丈夫!?」
「おい!ニア!そんな大きな声を出したら……」
僕の汽笛が鳴り響き、アネットが驚いて声をかけてくるのと同時にトーマスが焦った様子で声をかけてくる。
そして、僕の叫びをきっかけに事態は唐突に動き出した。
騒ぎを聞きつけて廊下の奥からドタドタと走ってくる音が迫ってきたのだ。
「てめぇらあああ!! 騒ぐなって言ってんのがわかんねぇのかあああ!!!!」
「っ!?」
盗賊の怨嗟のこもった声が響き渡る。
ものすごい勢いで迫ってくる怒号にトーマスが息を詰まらせ、廊下の方に振り返る。
「おい!何をしているんだニア!」
「どうしよう……ニア……」
アネットは突如として張り詰めた空気に不安気な様子だ。
トーマスに関しては、物凄い形相で僕を責めるように睨んでくる。
どうやら、作戦会議の途中で急に作戦開始のブザーが鳴らされたことに怒りと焦りを感じているようだった。
だが、始まってしまったのであれば割り当てられた役割をしっかりとこなしてもらわないと困る。
そもそも盗賊を袋叩きにするだけの作戦にそんな長い間話していても意味がないのである。
そんな感じで、思わぬタイミングで作戦が決行されることになったのだった。




