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第21話 紳士度という概念


 僕の新しい妹はアネット・ゼーロテュピアというらしい。


 アネットは青みがかったショートカットの髪で、可愛らしい犬のような耳と尻尾がついた9歳の獣人の子だった。

 ファミリーネームを持っているが、貴族の生まれであるとかそういうわけではなく、名前の後ろには種族名が付けられるのが獣人の風習なのだ。

 つまり地球のファミリーネームと同じ理屈だ。

 獣人がそうであるというより、人族だけが名付けのルールが特殊なのだ。


 彼女は、ここからほど近い集落に獣人の仲間たちと暮らしていた。

 そして、母親と一緒にひと月に一度の日用品などの買い出しに王都へ向かう途中で、運悪く馬車を襲撃され、数日前からここに捕らわれていた。

 一緒に捕まった母親は、盗賊のボスらしき人物に別の場所に連れていかれたらしく、捕まってからは一度も会っていないと悲しそうな表情をしていた。


「大丈夫!君も君のお母さんも僕が助けるよ!」


「本当に……?」


「もちろん!これでも僕は魔法が得意なんだ!」


「でも相手は大人だし、いくら魔法が使えても子どものニアが敵うわけないよ……」


 自信満々にアネットを助けると豪語する僕に対して、アネットは盗賊には敵わないと言う。

 だが、そんな問題よりも先に訂正しなければならないことがある。


「違うよ!今日から君は僕の妹になったんだ!だから僕のことはお兄ちゃんと呼ぶんだよ?」


「え?なんでニアが私のお兄ちゃんになるの?」


 突然の妹認定に戸惑った表情のアネット。

 そんな表情もとてもキュートだ!

 その顔を口の中に含み、頬の内側に仕舞っておきたい衝動に駆られるが、必死に押さえつける。


「それは君が僕の妹にふさわしいからさ! まあ細かいことはいいじゃないか! さ、呼んでみて?」


「お、お兄ちゃん……?」


 おずおずと僕のことを呼ぶアネットの姿に、僕の興奮は最高潮に達し、目からは涙が溢れ、鼻からは鼻水をまき散らし、口からはとめどなく涎が流れ出る。


「え!なんかいっぱい出てるよ!大丈夫!?」


 そんな異常な光景を前にアネットが慌てふためく姿を見た僕は紳士度を高ぶらせていくが、その興奮が限界を突破する寸前で思いとどまる。

 このままでは体液を垂れ流す狂ったお兄ちゃんという最悪の印象を与えてしまいかねない。

 妹にはかっこいいお兄ちゃんでいなければならないのだ。


「ごほん! 僕は体液が他の人より多少出やすいんだ。 驚かせてしまったね」


 僕はスマートに体液を拭き取り、妹を安心させるよう、微笑みかける。

 普段から鏡とにらめっこしながら、かっこいい表情を練習をしていた甲斐があったというものだ。

 アネットは完全に僕のスマイルにメロメロのはずである。

 ちょっと不審な目をされているのはきっと気のせいだと思う。

 僕は物事を前向きに考えられる男なのだ。


「アネット、君はもう僕の妹なのだから、必ずここから出してあげる。 もちろん君のお母さんも一緒にね。 だから安心して僕をお兄ちゃんと呼ぶんだよ?」


「本当にそんなことできるの?」


「ああ、もちろんさ。 お兄ちゃんの辞書に不可能という文字はないのさ」


 アネットに僕のかっこよさを存分に披露する。

 紳士的行為を遂行したい気持ちをグッと抑える。

 まずは良好な関係を作ることが重要なのだ。

 前世では、そこを怠ったため、全然上手くいかなかったけど、その失敗を糧に慎重に事を運ぶ必要があると僕は学んだのだ。

 シアちゃんのときも上手くいっていたし、二人目となれば僕も手馴れてきたもんだね。


「ニア、今僕たちを助けるって言ってたけど、そんなことはやめた方がいい。 命あっての物種だろう」


 アネットとの会話に割り込んできたクソ野郎はトーマスという名前のこの中で最年長である15歳の少年だ。

 先ほど、僕との縄張り争いに負けて意気消沈して、おとなしくなっていたというのに急に声をかけてきたのだ。


 縄張り争いの結果は、僕の慈愛の心に感銘を受けたトーマスが僕に平伏した時点で勝負は決まっていた。

 群れの長である僕に対して意見をしてくるとは、なんと失礼な奴なのか。

 しかも、僕はアネットと彼女のお母さんを助けると言っただけで、お前たち全員を助けるとは一言も言っていないはずだ。まったく図々しい奴である。

 まあ、でも既にこの群れは僕の支配下にあるので、長である僕はこいつらを守る義務があるというのも事実だ。

 その点をしっかり理解しているというのは、トーマスの奴も中々見どころがあるではないか。


 仕方がない。君たちのために僕が一肌脱いでやろうじゃないか。


「まあ、安心してよ。 僕には考えがあるからね」


「いや、ちょっと待ってくれ。 何をしようって言うんだ?」


「僕には魔法が使えるんだ。 それでちょちょいのちょいだよ」


「仮にその魔法で盗賊を倒せるのだとしても鍵はどうするんだ?」


「え……? 誰か開けれる人いないの……?」


 僕の言葉に周りの子どもたちは首を横に振る。


 前世では妹の部屋に侵入するためのピッキング技術はマスターしており、様々なタイプの鍵を開けることができた。

 この世界の鍵など魔法的に封じられているわけでなければ、針金さえあれば簡単に開錠できる。

 流石に牢屋などのセキュリティが強固な場所の鍵を開けるには他にも道具が必要になるが、この世界でそんな道具を持っているはずがなかった。

 そもそも持っていたとしても牢屋に入れられる際に、荷物は召し上げられているのだ。

 そう考えると仮に開けられる者がいたとしても僕と同じ状況なのかもしれない。


「そんなことができたらとっくに逃げ出しているに決まっているだろう!」


「ま、まあそうだよね」


 当たり前のことをトーマスに指摘され、頭に血がのぼる。

 そんな当たり前のことを僕が考慮していないはずがないじゃないか!

 このトーマスが!僕に恥をかかせやがって!

 ……まあ、ちょっとだけ考えるより先に口が動いてしまったことは否めないが、そんなに責め立てるように言う必要はないだろう。

 どうせ、僕に縄張り争いで負けたことがそれだけ悔しかったのだ。

 悔しくて悔しくてたまらないけど、こんなちまちました嫌がらせをすることしかできないのだ。そうに違いない。

 僕は大人なので、今回は寛大な心で許してやろうかと思う。


 確かに今の僕は考えが足りていなかったということは認めよう。

 しかし、ここで僕のスーパーコンピューターを搭載した脳みそが唸りを上げ、高速で四則演算を繰り返す。

 ちなみに四則演算を繰り返すというのは、ああでもないこうでもないと考えるという意味の僕が考えた慣用句であり、本当に計算をしているわけではないので勘違いしないでほしい。


 まず牢屋を出るためには鍵が必要だが、問題はその鍵がないということだ。


 ここで発想を逆転させてみよう。

 僕は鍵を持っていないが、無いのなら有るところから借りればいいのである。

 騎士団の威光を借りてトーマスから信用を得たように、盗賊から鍵を借りて牢屋から出られれば解決ではないだろうか。


 トーマスから信用を得たのかと問われれば、こうしてトーマスを下し、この群れの長になった実績を考えれば言うまでもないだろう。


 ちなみに発想が逆転しているかについては言及しないでほしい。僕にもわからないから。


 ともかく、これなら僕にもできるかもしれない。

 要は盗賊に鍵を開けさせるよう誘導すればいいのだ。

 誘導すると簡単に言ってはいるが、そこは僕に秘策があるので大丈夫だ。

 開けさせたあと盗賊をどうするかは問題だが、みんなで一斉に飛び掛かればなんとかなるのではないだろうか。

 これだけの人数で、しかも獣人がいるのだから力だけ考えれば負けてはいないだろう。トーマスに全力で頑張ってもらおう。



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