第17話 狂気的な犯行
村長の家に移動し、騎士団と村長が深刻な表情で話をしているところをユーリたちは窓ガラスに張り付き観察する。
すると、会話を盗み聞くユーリとダンに気付いた村長が、離れていろと言わんばかりに手で虫を払うかのような動作をした。
盗賊被害に王国騎士団長が出向くなど、そうあることではないが、今回の盗賊団はその規模も未知数であり、なによりその手口が、各地で大きな被害をもたらしているブルータル盗賊団と酷似していたことから、討伐作戦には王国最強と謳われるギルバート・ブラッドリバーが抜擢されたという経緯があった。
話を盗み聞く限りでは、騎士団は森の奥の遺跡を囲い込み一気に叩くという作戦を取るようだった。
しかし、そうなると捕らえられたニアが人質に取られる可能性がある。
現在騎士団が実行しようとしている作戦は、ユーリとしてはとても承服できる内容ではなかった。
このまま話が進んでいってもユーリにとって都合の悪い展開にしかならないだろう、そう考えたユーリは意を決して村長の家の窓ガラスを開け、声を掛けた。
「あ、あの……」
「なんじゃ?今騎士様と話をしておるのじゃ、下がっていなさい」
村長がうざったそうにユーリに告げる。
邪険にされたからといって、簡単に引き下がるわけにはいかない。
「い、いや、僕たちなら盗賊を探すお手伝いできるかもしれないと思ったので……」
「まったく……子どもができることなんてない!ほれ!あっちで遊んでいなさい!!」
なおも食い下がるユーリに苛立ちを隠そうとせずに叱りつける村長。
「村長、子どもにそんなことを言うものではない。そこの娘、何か伝えたいことでもあるのか?」
村長の態度を見かねたギルバートはユーリに声を掛ける。
村長はというと、ギルバートの言葉にバツの悪そうな顔をした後、ギルバートに聞こえないほどの音量で舌を打ち、ユーリのことをにらみつけた。
そんな村長の様子を気にも留めず、ズカズカと窓から家に入っていくユーリ。
「ありがとうございます!騎士団長様!実は僕たちつい先ほど、盗賊に襲われたのです」
「なに?その話は本当か?しかし、どのようにして逃れたというのだ?」
「はい、護身用に持っていた煙幕を使いました。 僕たちはそれで運よく逃げることができたのですが、僕の兄だけはおそらく捕まってしまったのではないかと……」
ユーリは涙を流しながら、自分たちが襲われた状況や敵は騎士団が動いているという情報を持っていることを説明した。
王国最強の騎士であるギルバートに事情を話すことができて安心してしまったのか、今まで張りつめていた緊張が解け、堰を切ったように涙が溢れてしまう。
しっかりしていそうに見えてもまだ10歳の子どもなのである。
それに気付けなかったダンは自分自身に怒りを感じていた。同時に自分に頼ってもらえない悔しさも感じた。
いや、頼られてはいたのだ。それに自分が応えられていなかっただけで……
「そうか、兄が捕まったとは気が気ではなかっただろう。安心しろ。必ず助け出してやる」
「でも何か策でもあるんすか?」
横でやりとりを聞いていたダンがギルバートに尋ねる。
「奴らを一人残らず仕留めるには、囲い込んだあとに一気に叩く必要がある。そうでなければ、我々の接近に気付いた奴らはすぐに逃げてしまうだろう。だが、君たちからの情報では敵は既に我々が動いていることを知っているとのことだ。こちらもすぐに動かなければ、奴らを取り逃がしてしまう。」
「じゃあすぐに討伐に動くんすか?」
ダンが続けて問う。
「そうだ」
「でもそれだと、捕らえられた人たちが危険に晒されるのではないでしょうか。僕のお兄ちゃんも捕らえられているはずなんです……」
「先ほども言った通り時間がない。危険だとしてもすぐに動かなければ、君の兄も助けられなくなる」
「捕らえられた人たちが危険に晒されることを承知で突撃するというのですか!?」
ユーリが驚いた様子でギルバートに言い募る。
「それがその者らを救う最善の手だ。リスクはあるが、安全策だけを取っていては為せないこともある」
「か、かっけぇ……!」
ダンは今、憧れの英雄を前にしているのだと実感した。
彼の言葉には常人がどう逆立ちしても出せないほどの重みを感じさせる。
要するに人質は殺されたとしても盗賊を討つことを優先すると言っているのだが、それは、彼自身の選択で死んでいった人たちの想いも全て背負う覚悟が、彼にはあるという意味でもあった。
「だったら、僕の作戦を聞いてください!」
重々しい雰囲気のギルバートに怯まず、ユーリが堂々たる態度で提案する。
ギルバートを前にすると、その圧力に大人であっても怯んでしまうというのに10歳の子どもが意見したのだ。
その様子に他の騎士団の連中は目を瞠る。
ピリついた空気の中、ギルバートは厳かに口を開く。
「…………ふむ。聞こう」
ギルバートは兜のスリットの奥に見える目を僅かに細めて、ユーリの姿をじっと見定めるように、数秒の沈黙の後、その提案を話すよう促した。
「僕たちが囮になります」
「なに……?」
ギルバートの放つプレッシャーが増した。
恐ろしいと思ってはいてもそれをおくびには出さない、だが、本能ではその脅威を感じ取っているのか、ユーリは汗を流しながらも言葉を紡ぐ。
「や、奴らは一度僕たちを取り逃がしています。今頃は血眼になって探しているんじゃないでしょうか」
「却下だ。君たちを危険に晒すわけにはいかん。私はこの国の子どもを、国民を守るためにここにいる。そんなことをすれば本末転倒だ」
「でも!現状有効な策は無いんでしょう!?」
ユーリのその言葉にギルバートは閉口する。
盗賊を討伐するという目的を達成するための有効な策は、今すぐにアジトへ赴き、敵の首魁を討ち取ることだ。それが一番最適で有効な策である。
もし少しでも躊躇すれば、敵は霞のように消えていくだろう。
敵はただの盗賊ではない。長年に渡り、王国の敵として対立してきた厄介な相手だ。
しかしユーリが言いたいのは、盗賊を討伐し、その上で捕らえられた人間を安全に助け出せるのではないのか、ということだった。
確かに、人質を安全に救い出すという前提であれば、囮作戦は有効な策であるとも言えた。
そんなこともあり、ギルバートはユーリの発言をすぐに切って捨てることができないでいた。
「俺にもやらせてください! 俺ら結構足速いんですよ! それに王国最強の騎士もいるんだから僕らが危険になることはないんじゃないですか!?」
「……それでもダメだ。いかに私が強くとも万が一があればそんな作戦はとれない。残念だが諦めてくれ」
作戦の有効性は理解できていた。だが、厄介な敵であるブルータル盗賊団を確実に追い詰めるためには、囚われてしまった人質を危険に晒すことも考慮しなければならなかった。
成り行き上、仕方なくというならまだしも、ユーリやダンをあえて危険な状況に放り込むことなど、ギルバートは自身のプライドにかけても、そんな選択はできるはずもなかった。
だが、ユーリは諦めなかった。
声を張り上げ、懇願するようにギルバートに訴えかける。
「お兄ちゃんを見殺しにするつもりですか!! あなたは子どもを、国民を守ると言った! なら!お兄ちゃんだって……!!」
ユーリのその切実な叫びは王国最強の騎士ですら怯ませるほどであった。
涙を流しながら訴えるユーリの姿には、今にも儚く散ってしまいそうな、そんな雰囲気があった。
歴戦の猛者であるギルバートも堪らず一瞬の隙を見せてしまう。
「む……それは……もちろん私の誇りにかけても助け……」
「もういいです、わかりました……あなたは悪くはありません……僕たちが弱いのがいけないのです……」
だが、弁明しようとするギルバートを遮り、途端にどす黒いオーラを纏わせるユーリ。
そのプレッシャーはギルバートを含めた騎士団が無意識の内に数歩後ずさってしまうほどであった。
「い、いや……ちょっと待て……」
「ふふっ……お兄ちゃんはあなたのお話が大好きだったんですよ……?」
――ズン
「あなたの英雄譚を聞く度に顔を真っ赤にして喜んでいたものです……」
――ズン
「かわいそうなお兄ちゃん……」
――ズン
ユーリが言葉を発する度に、何かの圧力が掛かっているかのように周りの空気が重くなる。
追い詰められていくギルバートと騎士団。
そんな謎のプレッシャーに耐えられなくなり、恐れをなした騎士団の一人が恐怖を抑え付けるかのように、ユーリを怒鳴りつける。
「貴様ぁ!!!黙って聞いていれば……我らの騎士団長を愚弄するか!!!」
ユーリの含みのある言葉を糾弾するかのように叫び散らす。
そんな騎士に対して、更に火薬を投入するユーリ。
「愚弄なんてしていません……力の無い人間が悪い……それだけの話です……」
「き、貴様っ!!どこまでも!!!無礼打ちだ!!!」
「どうぞ、ひと思いにやってください。お兄ちゃんと一緒にいられないのなら死んだ方がマシです……」
「死ねええええぇぇぇぇぇぇ!!!!」
ユーリの言動に耐え切れなくなった騎士団の一人が剣を抜き放ち、ユーリに斬りかかる。
その瞬間――
「やめんかあああぁぁぁ!!!!」
雷が落ちたかと思うほどのギルバートの叫び。
それと同時にユーリに切りかかった騎士の首が宙を舞った――
一瞬の静寂の後、ユーリとダン、そして村長の悲鳴が重なり合う。
それも当然のことである。ギルバートが叫びだしたかと思うと、騎士の一人の首が斬り飛ばされたのだから。
倒れ伏す騎士だった物からドクドクと真っ赤な液体が漏れ出て、ゆっくりと床に広がっていく。
へたり込んだユーリの足元に切り落とされた頭部がゴロリと転がって、その水晶玉のような無機質な瞳がユーリの方を見つめる。
「あ、ああ……」
ユーリも流石にこんなことになるとは思っていなかったのか、青ざめた顔をしている。
自分がわがままを言ったせいでこんなことになってしまったという罪悪感が押し寄せてきた。
心なしか体を失った騎士の顔がユーリを責めるような瞳をしている気がして恐ろしくなる。
「いや、ユーリと言ったか?まこと貴殿が言った通りである。私は自分が言ったことすら守れないとは騎士団長失格だな!はっはっは!」
人を殺害したというのに呑気に笑うギルバートに得体の知れない恐怖を感じ、ダンと村長は震える。
ユーリはそんなギルバートの言葉など耳に入っていないのか、上の空でブツブツと独り言を呟いていた。
「ひ、人が死んだ……僕のせいで……」
「……あっ!!ち、違うぞ!?決して貴殿のせいではない!! こやつは先ほどのようによく暴走することがあってな? いずれ始末しようと思っていたから気にする必要はないぞ!?」
ユーリの様子を見て取り乱した騎士団長が狂気的な言い訳をする。
「あぁ……僕は……なんてことを……」
「ユーリは関係ないぞ!!急に自分の仲間をぶっ殺しちまう奴が悪いに決まってんだろ!」
突然の殺人事件に動揺したダンだったが、咄嗟にフォローを入れる。
その後ユーリが泣き出してしまったことで、ギルバートは、こやつは死んでいないだの、あとで回復魔法を施すだの嘘を並べ立てることで、一旦はその場を収めたのだった――




