第16話 王国最強の男
ユーリはとても焦っていた。
ダンとユーリは盗賊たちの包囲網から何とか脱出したのだが、ニアの姿がないのである。
しばらく森の中を走り回り、ダンと合流したが、一向にニアが姿を現さない。
どこかで迷子になってしまっているのかもと考え周辺を捜索したのだが、見当たらないのだ。
まさか、盗賊に捕まってしまったのかと嫌な考えが頭にちらつく。
「どうしよう。お兄ちゃんがいない……」
「とりあえず村に戻ってみねぇか?もしかしたらニアの奴ももう戻ってるかもしれねぇし……」
「お兄ちゃんが一人で戻れるわけないよ!!」
焦りからか、声を荒げてしまうユーリ。
だが、盗賊に捕まっていなければ、森の中を彷徨い歩き、偶然村に辿り着いた可能性もある。
「お、おう……でもそんなことないんじゃないか……? あいつも一応12歳であと3年もすれば成人なんだからよ……?」
「そう、だよね……ごめんなさい、声を荒げてしまって……」
「まあ、兄貴が見つからねぇんだ、焦るのは当然だ。 俺も魔物に妹が襲われたときは気が気じゃなかったからな、心配になる気持ちはわかるぜ」
ダンがユーリを気遣うように言葉をかける。
ユーリはその言葉に焦る気持ちを落ち着けようとした。
自分の兄が奴隷として売られていくと考えるとどうしても冷静ではいられなかったのだ。
それも仕方のない話である。家族であり、たった一人の兄なのだ。
だが、本当に盗賊に捕まってしまったのであれば、逆に冷静にならなければならない。
まずは次の行動に移す前に情報を集めることが先だ。ダンの言う通り村に一旦戻り、情報を集めた方がいいだろう。
あの御者が言っていたことが本当なら、村が出した依頼により騎士団が動いているはずである。
であれば、その村で話を聞けば多少は情報を得られるはずだ。
「ダンくんの言う通りですね。とりあえず、一旦村に行ってみましょう。もし、お兄ちゃんが捕まっているようなら、盗賊団のアジトに攻め込むための情報が必要ですし」
「ああ、そう……え……?攻め込む……?」
「行かないと!ダンくん!一刻も早く!」
「…………っ!」
ダンはユーリが言ったことに酷く動揺していた。
攻め込むというのは何かの冗談かと言い募ろうとするが、ユーリの瞳にどす黒い何かがグルグルと渦巻いているのが見えた気がして、口をつぐんだ。
10歳そこそこの二人で盗賊団のアジトに攻め込むなんて正気の沙汰ではない。
何十人もいる屈強な男たちが相手では、どう転んでも勝ち目はないだろう。
冷静でいるように見えて、どこか危険な雰囲気を感じさせているユーリに、ダンは身震いが止まらない。
ユーリはそんなダンの様子を気にも留めず、何かに突き動かされるように村へ向かって走り去っていった。ダンは困惑しながらもその後に続き走っていくのであった。
***
村に戻ってもニアの姿はなく、本格的に捕まってしまったと考えて良いだろう。
森の中を彷徨っている可能性もあるが、あてもなくほっつき歩いていれば、いずれ盗賊に見つかってしまうだろう、であれば、捕らえられたものとして行動するべきである。
こうなれば、盗賊のアジトに攻め入るための準備をする必要があると、ユーリは動き出した。
村で情報を集めていてわかったことは、村の周辺の森に盗賊と思われる人間が出入りしている遺跡があるということ、王都の騎士団に通報をしたのが数日前で、通報を受けてすぐに動いているのだとすれば、そろそろ村に到着する頃だということだった。
「騎士団なんか待っていられない……!僕たちで動くしかないよ!!」
「いや、本気で言ってんのかよ!さすがに子どもの俺たちが行くなんてやべぇって!!」
「……ダンくん、無理にとは言わないよ……でも僕は行く……!」
「いや、だからダメだ!せめて騎士団が来るまで待て!」
ユーリはどす黒い何かを瞳に宿してダンを説得しようとするが、ダンは頑なに拒否する。
ダンが言うことはもっともではあるが、もはや正気を失っているユーリを止めることは難しい。
「……ダンくん、まさかお兄ちゃんに妹のシアちゃんを救われたことを忘れたわけじゃないよね……? 来なくてもいいけど、せめて止めないでくれると嬉しいなって……」
ユーリのその言葉にダンの心臓はドキリと跳ねる。
魔物事件の際に妹であるシアが助かったのはニアの尽力があったためであるということをダン自身が一番よく理解していた。
だからこそユーリのその言葉は、ダンが抵抗する気力を失くすのに十分であった。
「うっ……!!そ、それは………… わ、わかった……俺も行く!お前を一人で行かせるわけにはいかないからな!」
「ありがとう!!ダンくん!!」
ダンの返答を聞くと、ユーリは花が咲いたような笑顔を見せた。
その笑顔にダンの心臓は別な意味でドキリと脈打つのであった。
そんな話をしていると、村の入り口から、ガチャガチャと鎧の擦れるような音を立てながら、地竜に跨る集団が姿を現した。
騎士団が到着したのだ。
先頭のガタイの良い体格をした壮年の男性が近くの村人に声をかける。
「フラタール王国騎士団長のギルバート・ブラッドリバーだ。盗賊被害の通報を受けて馳せ参じた。村長はいるか?」
腹の底に響くような低音で声をかけられた村人はペコペコと頭を下げていたかと思うと、慌てたような様子で村長を呼びに走っていった。
「お、おい!あの人、ギルバート・ブラッドリバーって言ってなかったか?」
「え?こんな盗賊事件に最強の騎士が……?」
フラタール王国騎士団長ギルバート・ブラッドリバー。
王国最強の騎士と言われ、彼の歩く道は死山血河が築かれる。彼の前に立つことは死を意味するのである。
彼の姿を見て立っていた者は誰一人として存在しないため、その人相はあまり知られていなかった。
顔が割れていない方が仕事をする上で都合が良いため、常に身に着けているフルプレートメイルを脱ぐことは滅多にない。
その名は辺境の村であるトオイ村まで届いてくるほどであり、ユーリたちも彼の英雄譚を耳にしたことはあった。
「これは好都合だよ!!僕たちも同行させてもらおうよ!」
「ちょ、待て!子どもが行っても相手になんかしてもらえねぇって!」
らんらんと目を光らせ、騎士団に突撃しようとするユーリを止めるため、声を掛けるダン。
「いや、僕たちは被害者だから、その情報を餌になんとか一緒に連れて行ってもらえるようにお願いしよう!大丈夫、策は考えてるから!」
「ユーリ、お前……」
呆れて言葉を失うダンの様子とは対照的に、ふんすと鼻息荒く意気込むユーリであった。




