第127話 土人形1号の反逆
「お疲れ様です、主任」
「うむ、ご苦労……仕事に励むがいい。さすれば、莫大な富が与えられよう」
研究員からの声に手を挙げて答える。
ユーリを欺くために自分を模して作った土人形1号が、何故かこの研究所に迷い込んでいた。
さらに謎めいているのは、そいつがこの研究所の主任となっているのだ。
人形ごときが僕より高い身分を持っていることは業腹ではあるが、僕を見ると研究員たちは敬意を表し、挨拶をしてくるので気分が良い。
隣のアルテたんがジトっとした目で僕を見てくるが、そんなことも気にならないぐらいに気分が高揚している。
僕は敬意をもって接されるのが好きだ。
前世では、よく妹たちから尊敬を集めていたものだ。
目を瞑ると、今でもはっきりと思い浮ぶ。
あの尊敬に満ちた妹たちの眼差しを……あれ、おかしいな……なんだか別の感情にすり替わっているような……。
……はは……まさか……記憶が薄れているだけだ……そうに違いない……。
……やめてくれッ!僕をそんな目で見るな……!
「お前は何をやっている?急に目を閉じたかと思ったら、暴れだしやがって……」
アルテたんが何やら喋っているようだが、それどころではない。
妹たちから一身に向けられる、まるで僕を蔑んでいるかのような目。
……これは記憶が薄れているということだけでは説明がつかない!
ちくしょう……!やめだ、やめ!
なにか記憶が混濁しているようだ。
今はこいつらの尊敬の視線を浴びるほうが、建設的だろう。
さあ!気軽に崇め奉るが良い!
「……なぁ……あの主任、さっきもここを通らなかったか?」
廊下で立ち話をしていた二人の研究員がこちらを見て不穏なことを言っている。
怪しまれてる……。くそう、尊敬の眼差しはどうした!
「アルテたんこっち」
「あ?今度はなんだ……ちっ……情緒が不安定な奴だ……」
曲がり角に隠れて様子を見る。
「……ん?そうだったか?まあ、主任様はお忙しいみてぇだからな。なんてったってあのルシオン様の右腕なんだから……」
ルシオン様というのはこの研究所の親玉だろうか。
つまり、僕の上司というわけか。
正確には土人形1号のか……。
「……馬鹿か!どこかで聞かれていたらどうする!お前にその気がなくとも、反意があると判断されれば、俺たちも地下実験室送りだぞ!?」
地下で行われていた魂の抽出実験のことだろう。
この研究所が求人を出していることと何か関係が……もしかして、実験体を集めていたりするのだろうか。
……はっ!僕はとんでもないことに……気が付いてしまったのかもしれない……。
やはり、常人とはかけ離れた圧倒的な頭脳を持っているというのは僕の妄想ではなかったようだ。
実はちょっと不安だったのだ。自分は凡庸な人間の一人でしかないということに。
だが、ここにきて僕の頭脳が優れているということに気が付いてしまった……。
どうしよう……。この事件を解決しろという天の思し召しなのだろうか。
「……まさか、この程度で……お前、神経質になりすぎなんだよ。俺たちは手当たり次第に集められた1階の駒とは違う……駒を動かす側の人間だ。そうだろ?」
「……とにかく不用意な発言は控えろ。最優の錬金術師であるヴェリディス卿の協力があり、今まで見通しが立たなかった完成の目処が立ったんだ。おとなしく従っていれば、俺たちにも薬が回ってくるかもしれない」
「だけどよ……正直俺は半信半疑だぜ……不老不死なんて……」
「馬鹿野郎!不用意な発言をするなと言ったばかりだろう!……はぁ……これ以上、お前の無駄話に付き合ってたら、命がいくつあっても足りない。俺は仕事に戻る」
「……お、おい……待てよ……!」
話をしていた二人の男が立ち去っていく。
ふ、不老不死だと……!?
なんてことだ……!
求人募集と偽り、無辜の民の命を奪い、不老不死の薬を作っていただと……?
そんな非人道的で命を冒涜するような薬を作り出そうとしていたのか……!
なんて――なんてずるいんだ……!!
頭を掻きむしり、ギリギリと歯を擦り合わせる。
「おい、大丈夫か?……ついにおかしくなっちまったのか?」
アルテたんが僕を心配してくれるなんて……
だが、今はそれどころではない!
そんな薬は、この世にあってはならない。
薬を作り出すためにどれだけの犠牲を払ったというのだ。
そのうえ、多くの人の命を奪った悪人が得をするのは間違っている!
製造過程を考えれば、そのような薬の存在など許されるはずがない。
……だが、だからといって、既にできてしまったものを捨ててしまうのかと問われれば、それについては一考の価値がある。
犠牲になった人々にとっても、それはあまりに報われないだろう。
ならば、どうするべきか?答えは簡単だ。
その薬は、善良な市民である僕たちに配られるべきだろう。
そもそも市民の魂から作った薬なのだから、市民に還元されるのは当然だ!
僕は当然の権利を主張しているだけであり、別にやましい気持ちなど一切ない!
「不老不死に僕はなるッ!」
両手を掲げ、決意する。
市民代表として、責任をもってその薬を回収することを。
彼らの無念は、僕が晴らして見せようじゃないか!
「急に大声を……」
アルテたんが何かを言いかけたところで、後ろから不意に声がかかる。
「おい!そんなところで何をやっている!……その発言聞き捨てならないぞ!」
げっ……!調子に乗って大声を出してしまった。
こうなったら、アルテたんに暴れてもらうしか……
「おい!なんとか言ったらどう……って、お前は……」
なぜかはわからないが、僕を糾弾する声の勢いが弱まった。
アルテたんも珍しくおとなしくしている。
恐る恐る声の主の様子を確認すると……
――僕がいた。
僕と同じ顔をした土人形1号がそこにはいた。
「土人形1号……やっぱりお前だったのか……!」
目の前で確認して、こいつは間違いなく僕が作り出した土人形1号だと確信した。
おそらく、僕の指示には従うはずだ。
だが、懸念すべきは、憎き学園長に土下座をしてまで教えてもらった魔法は、簡単な動作をするだけのはずだったのだが、こいつは言葉をしゃべっていた。
僕の魔法が優れているのか、はたまた僕が手順を間違えたからなのか……。
「なんだお前は?なんで同じ顔をしている……まさか幻術の魔法か!」
いや、何を馬鹿な……。
こいつは僕が主人だということを忘れているのではないのか?
「お、落ち着け!僕を忘れたのか?お前は僕が生み出した心なき人形なんだ!……勘違いするなよ!?僕が主人であり本体だ!」
「……こいつがこの体を作った……なるほど、そういうことか……だとしたらこれはチャンスかもれない……こいつを利用して……」
何やらぶつぶつと独り言を漏らし始める土人形1号。
見れば見るほど人間くさい言動だ。
何なのだこいつは!
僕から離れてから、どれだけの進化を遂げたというのだ……!
「言うことを聞かないなら、ぶん殴ってでも思い出させてやる!……アルテたんが」
「おい、なにが起きてる?憎たらしい顔が二つあるぞ。オレはどっちをぶん殴れば良い?」
「え?い、いや……」
う、嘘だろ……?
アルテたん!あいつの顔をよく見ろ!
僕を似せて作ったとはいえ、完璧ではない!
目はもうちょっと大きいはずだし、鼻だって僕のほうが高いはずだ。
「「あいつが偽物だ!」」
僕と土人形1号は同時に声を発する。
なにぃ!?小癪な……!
生み出してやった恩を忘れて、主人に噛みつくなど、なんて不誠実な奴だ!
だが、甘いな……。
これまでに積み上げたアルテたんとの信頼関係があれば、彼女が選択を誤ることはない。
所詮は生まれてからたった数日しか経っていない野郎の、思考力の限界といったところだろう。
そんな浅知恵が通用するほど、世の中甘くないんだよ!!
「あぁ、めんどくせぇ……」
アルテたんがぼやきながら、動き出した次の瞬間――
ドカッという音と共に僕の意識は途絶えた。
*
「う、うぅ……」
「目が覚めたようだね……」
「うわっ!」
目が覚めると自分の顔が目の前にあった。
どうやら僕は再び意識を失っていたようだ。
視線を巡らせると、高級そうなデスクと椅子が置かれた執務室のようなところだ。
その部屋の壁際に置かれたソファに僕は寝転がらされていた。
テーブルを挟み、対面のソファには、アルテたんが足を組んで座っている。
「アルテたん、まさかこの偽物にやられたんじゃ……」
「はぁ……?オレがこんな雑魚にやられるわけねぇだろ」
「じゃ、じゃあこの状況は一体……?」
「お前が二人いて、考えるのがめんどくさくなったから、よりむかつくほうをぶん殴っただけだ」
「え……?うそだよね……」
ジワリと涙が滲み、僕の瞳を湿らせる。
「うわ、鼻水出てる……」
とりあえず、土人形1号は黙っていてほしい。
僕は涙4鼻水6の割合なのだ。
あえて鼻水には触れなかったのに……。
「そのあと、そこのお前の偽物が、殊勝にも土下座で命乞いをしてきたから舎弟にしてやっただけだ」
なるほど……。
僕ってそんなにむかつくのだろうか……。
いや、これもアルテたんの親愛表現のひとつ。
ツンデレってやつだろう。
そうじゃなきゃ、僕は今すぐ首を括ることになる。
大丈夫だ。信頼関係というのは、ゆっくり、少しずつ、積み上げていくものなのだ。急いでも何も良いことはない。
「それで、説明してくれよ土人形1号。お前は主人をほったらかしにしてこんなところで何をやっているんだ?」
「…………」
土人形1号は、感情の籠っていないガラス玉をこちらに向けてくるばかりで、何も答えようとはしない。
「……説明しろ、偽物」
「はい!喜んで!」
アルテたんが口を開くと、打てば響くように快活な声を上げる土人形1号。
なんだこれは!主人は僕だぞ!
その後、ニコニコと説明を始める土人形1号に、終始、憎悪の籠った目を向けるのだった。




