第71話「出発の朝」
今日は不思議と朝日が昇ると同時にスッと目が覚めていた。
「ヤマト……朝になりました、よ……起きてくだ……しゃい……」
「手繰くん、いよいよ今日だよ……」
「あぁ……今起きる……」
いつものようにソーレと橘が起こしに来てくれるまでは、宿舎のベッドに横になりながら、今日から始まる中央拠点奪還作戦に向けて想いを巡らせていた。
一週間前、俺たち――総勢31名――はこの世界に勇者として召喚された。
そして今日、勇者として最初に果たさなければならない責務――『中央拠点奪還作戦』が始まる。
現在、魔王軍の手によって俺たち勇者を支援してくれているメイスーン王国の左半分の土地が占領されており、さらにはベネディーレシア大陸の中央に存在する拠点――元々、北側に存在していたアーグヌス王国との国境を警備していた拠点――まで占拠されている状態だ。ヴィルトゥに聞いた話だと、その拠点を取り戻さない限り左半分の土地を奪還するのは現実的に不可能との見方らしく、メイスーン王国が現状抱えている食糧問題を解決するためにも、今回の作戦は絶対に成功させなければならない。
ただ、本作戦を遂行するにあたり全ての勇者が戦わされる……というわけではない。
女神が選出した8名の勇者たち――魔王討伐において有能な力を持ち合わせた者たち――が中心となって魔王軍と戦う。
では、他の23名の勇者たちはどうするのか……?
本来であれば、戦闘に不向きな能力を持つと判断された少年少女たちは、作戦期間中も安全な首都で過ごすことで無駄に命を失うリスクを回避するのが普通だが――
――女神はこれを拒否。
理由は、国民たちの希望となる勇者が国を救うために動かず、遊んでいる姿を見せるわけにはいかないため。もしも、国民たちが勇者に対してネガティブな感情を持つようになると、異世界での生活に何らかの問題が生じるかもしれない。
一応、もう一つの理由があると女神は言った。首都に残った勇者の中に首都を乗っ取るような暴挙に出る勇者がいるかもしれない、と……普通に考えて意味不明な理由だが、これは女神が俺に対して『中央拠点奪還作戦にお前も招集して、事故に見せかけ殺す』というメッセージだと俺は受け取っている。こう解釈するのは自意識過剰かもしれないが、あからさまな女神の今までの対応やソーレとジャックの証言によって、ある程度の裏付けはできている。
どちらにせよ、最も優先すべきなのは中央拠点奪還作戦を無事完遂すること。食糧問題を解決できなければ、どちらにせよ詰む。
まぁ、色々と重く考えてみたものの……なんだかんだで拠点は問題なく取り戻せるだろう。魔王と戦うなら話は別だが、魔物の軍勢程度であれば特訓を重ねた8名の勇者たちがどうにかしてくれると思っている。
そのおかげで俺は、自分の命を守り切ることに全集中できる。もちろん、作戦に何かしらの問題が発生した時は流石に手を貸すが……まぁ、そんなことは起こり得ないだろう。そう思えるほど、8名の勇者たちには一定の信頼は寄せている。なんせ、岡守先生がいるからな。きっと大丈夫だ。
この日のために出来うる限りの準備をしてきたつもりだ。
必ず、作戦は遂行するし――俺たちの命も守り切る。目指すは完全勝利だ。
「ははっ……相変わらずソーレの寝癖はひどいな」
「なん……ですとぉ……?」
「ふふっ……顔洗いにいこ?」
俺たち三人は歯磨きセットなどを手に取り、洗面所へと向かう。
本格的にヴィルトゥの修行が始まった頃は、ジャックの報復対策のためにヴィルトゥの家に泊まらせてもらっていたが、さすがに毎日は申し訳ないのと……ジャックを制圧できるだけの力を手に入れたので、またこうして宿舎で寝泊まりする日々に戻した。
また、いざという時のためにソーレには橘と同じ部屋で寝泊まりをしてもらうことにした。橘の部屋は俺の隣であるため、ジャックが襲ってきてもソーレが時間を稼ぎ、俺も即座に対応ができる。
橘も慣れない部屋に一人で寝るのは相当寂しかったらしく、ソーレと一緒だと安心するようだ。
洗面所の蛇口から出る冷たい水を顔にかけると、早朝の朝にはまだ寒さを感じる風がより感じられ、頭がさらに冴えてくるのを感じる。コンディションも悪くない。
「いよいよ今日ですね」
「お、眠気は無くなったようだな。あぁ、いよいよだ……」
「できる限りのことは……したと思うけど……やっぱり私は、まだ少し不安だよ……」
「……それは俺とソーレが頼りない、ってことか?」
「あっ!いや、そんな意味で言ったんじゃないよ!?」
「ははっ、分かってるって。まぁ、俺も昨日までは……まだ少し不安があったけど……今日、目が覚めたら……まぁ、どうにかなるだろって思っちゃってさ……不思議と落ち着いてる」
「あれだけ頑張ったんです。魔王を討伐する前に……倒れるわけにはいきません」
「だな……」
「そうだね……」
「そういえば、今日の集合場所ってどうなってたっけ?正直、ここ数日は疲れすぎて……覚えてないんだよね……」
「まぁ、無理もないですね……勇者一同が集められるのは謁見の間です。集合時刻はおおよそ10時頃となっていますが迎えの者が来ると思いますので、それまで宿舎で待っていれば大丈夫かと」
「さんきゅ……それまで武器や道具の最終チェックでもしておくか」
「ですね」
「うん!」
……………………
…………
……
「コモン勇者のテグリ様、タチバナ様。お迎えにあがりました」
全ての準備を終えた俺たち三人は、のんびりと宿舎の前で待っているとメイドの格好をした女性がやってきた。
「時間か……」
「さ、行きましょう」
「緊張するなぁ……」
今までは一般兵士の部屋着なんかで日々を過ごしていたが……今は全身をヴィルトゥがコーディネートした装備一式――鍛冶場の棟梁からヴィルトゥが掻っ払ってきたもの――で固めている。見た目に派手さはないが、動きを制限しないように軽く丈夫なものを選んでくれたらしく、個人的には気に入っている。
その上には、ボロ布のマントを羽織るようにして、コモン勇者らしい分相応な格好になるようバランスを整えている。女神から、裏で良い待遇を受けていると思われたら後々厄介なことになるかもと思い、このマントをヴィルトゥに要求したが、まさかこんなにボロボロなものを貰うとは思っていなかった。
俺と似たような装備を、橘も着込んでいる。最初はもっと女性らしいものを選んだほうがいいんじゃないか……?と思ったが、これが良い!と言うので、それ以上は何も言わなかった。
そして――
俺専用の武器が入れてあるボロ布で覆った塊を背負う。布はいつでも剥がせるように簡易な紐で結んでおり、いざという時は、布に少し穴が空いているので、そこに手を突っ込んで武器に触れ、瞬時に武器が展開……臨戦体制になるよう考えてある。だが、少しだけ問題があるとすれば――
背中を容易に覆うほどの大きさであることだ。とにかく重く、狭い場所を通ろうと思ったら横移動をしないといけないだろう。一週間前の俺であれば、この重さを背負っての移動は耐えられなかっただろう。いや……やっぱり今でも重い。
だが、そんな甘えたことも言ってられない。
なぜなら――
「よいっしょ……」
帰宅部である俺よりもひ弱そうな橘が、俺よりも重たい大きな塊を背負っているからだ。その大きさは、橘が座れば全身を覆い隠せるほどの大きさで、後ろから見ると……ほぼほぼ橘の姿が見えなくなる。
こんなことを横でされては、男である自分が弱音を吐けるわけもなく……ただただ我慢するしかない。
「それでは、私に付いてきてください」
ソーレと橘が案内役のメイドに軽々とついていくのを羨み、足の裏にかかる重みを感じながらも……全ての勇者が集まる謁見の間への足を進めるのだった。




