第69話「ごめんなさい」
「おはよぉ……う……ヤマ……ト……」
「あぁ、おはよ…………え?」
ヴィルトゥに一階のダイニング――キッチンもあったので正確にはキッチンダイニング――に案内されると、テーブルについていたソーレが眠そうに挨拶をしてきた。寝癖が半端ない。
テーブルの周りには三つの椅子があり、戦争でなければ家族全員で食卓を囲むのが当たり前な日々があったのかもしれない。その一席に自分が座るというのは、どうもヴィルトゥの息子さんに申し訳ない気もするが……状況が状況なので割り切ることにする。
「随分眠そうだな……大丈夫か?」
「だいじょう……ぶ、れす……」
「ソーレたんはいつも朝弱いんだよ」
「へぇ……朝に弱いねぇ……」
だとすると、昨日は眠いのに朝早くから俺を起こしに来てくれた……ということか。なんか無理をさせていたようで少し申し訳なく思う。
「ほぅら……朝ごはんだ。よーく噛んで食べるんだよ」
「朝からおっさんにこんなこと言われるのキツイなぁ……」
「ですよ、ねぇ……」
「なんだと……ほれ、坊主の飯だ」
「さんくす」
本日の朝食は、ほんのり焼かれたパン、目玉焼き(まさかの両面焼いてやがる……半熟じゃない……)、何かのスープ(味的にはコーンスープっっぽいお味)、そして紅茶でした。
「もぐもぐ……」
「目を開けてないのに……的確に食べていやがる……だと?」
「お行儀悪いよソーレたん……ところで、今日はどのように動く?時間は有限だ。可能な限り効率よく動きたい」
「そうだな……色々考えたが、まずは橘を迎えに行く。そのついでに仲の良い勇者にカスタムスキルが手に入ったか、などを聞いてみたい。その後に武器の調達をして、昨日の砂浜で修行開始!って流れなんだが、どうだろう?」
「ふむ……その、仲の良い勇者はどこにいるんだ?」
「おそらくだが……兵士の特訓場だと思う。俺の予想だけど、待遇の良いレジェンダリー勇者は城で寝泊まりしてると思うんだよ。とすると、アクセスが良くて広い場所と言えば……俺が召喚された広い特訓場かな、って予想なんだけど」
「まぁ、あそこなら色々整ってるからな。久しぶりに俺も顔を出すか……それで、武器は良い案が浮かんだか?」
「一応、幾つか考えてきた――」
武器アイデアその1『鎧』
普段は鎧を着用することで身を守れるし、戦闘になったら脱いで鎧を操るぜ!
「――どんな鎧を想定しているか知らんが、もしも堅牢なものを想定しているならお前みたいなひょろガリが身につけられるほど軽くねぇぞ。そんで、戦闘になったら脱ぐ……って、そんなことしてる間に死んじまうだろうが……」
「うぅ……ですよねぇ……」
武器アイデアその2『巨大なロボット』
コックピットに乗りながら操縦すれば、守りも完璧!
何より、デカい!強い!!
「んんん????――すまん、その『ろぼっと』ってのは……なんだ?」
「人型の巨大なやつだ」
「んん……つまり、巨人……大きな人形ってことか……?ゴーレムのような感じか?」
「あ、それに近い」
「ふざけてるのか……?」
「こういうのはダメ元でもアイデア話してみると、何か気付きがあるかもだろ?」
「まぁ……そりゃそうだが……確かに大きければ大きいほど、破壊力も増すだろうし、それが一番手っ取り早いのは分かる。だが、持ち運びはどうする?」
「んー、やっぱそこだよなぁ……」
「今回の作戦では中央拠点へと向かうにも相当移動することになる。移動するにも魔力を使ってたらお前……戦闘に入る前に再起不能だろうが……」
「でもさ、運ぶんじゃなくて現地で作れたらどうなる?」
「現地で……作る?」
「例えば、昨日おっさんが出した炎の蛇……とまではいかずとも、それこそ土でゴーレムみたいな巨大なやつを他の魔法士の人に作ってもらってさ、それを俺が操る……みたいな」
「ふむ……それはまぁ……割と現実的ではあるかもしれんが……誰にゴーレムを出してもらうんだ?」
「………………何か、良いツテ……紹介してくれませんかね?」
「はぁ……戦闘向きの魔法士はほぼ全員、女神直属の部隊に入ってるんだぞ。お前に手を貸さないように女神が命令するかもしれんだろ。それに、お前が操っても強いものが出せる魔法士は……俺が覚えてる範囲だと、いないと思うぞ」
「んー、難しいかぁ……」
「まず、前提として……極力、誰かの力に頼るのはやめておけ。いざという時、そいつが近くにいなければ何も出来なくなる」
「つっても……俺の能力ってそもそも『何かを操る』必要があるわけで……他者依存な能力なんだよなぁ」
「まぁ確かに…………他にアイデアはないのか?」
「今思いつくのはこれくらい……かな」
「たった二つだと……?舐めてるのか?十個くらいは最低でも出してくると思ったぞ……」
「そんな時間ねぇよ……昨日はバタバタし過ぎたし……」
「まぁそうだが……仕方ない。実際に鍛冶場に行って、様々な武器を見ていく中で模索していくか……短剣など、いざという時の予備武器も選ぶ必要があるしな」
「幸先不安だなぁ……ちなみに鍛冶場ってどこにあんの?」
「兵舎の近くだ」
「ってことは、城内か……大半の用事は城に行けば済みそうだな」
「はぁ……やることが多い。食べ終わったらさっさと支度しろ。時間が惜しい」
「あいよ……ソーレぇ、起きろぉ……支度して城に行くぞー」
「わかって……ます……へへっ……」
「……久しぶりの実家なんだし……ゆっくりさせたほうが良いかな?」
「んん……まぁ、そうだな……よし、ゆっくり迅速に支度してこい坊主」
「……へいへい」
……………………
…………
……
「うぅ……恥ずかしい……」
「え……?」
城へと向かう道中、ずっと無言だったソーレがようやくまともに喋った。
「恥ずかしい……って、別に普通じゃないか?誰だって朝は眠いだろ……」
「いや、坊主……そういうことじゃないと思うぞ……」
「え……?」
「……………………」
ソーレは顔をこちらに向けようとしない。そうだ……俺にとっては恥ずかしくなくても、ソーレにとっては恥ずかしいこともあるだろう。おそらく、兵士としての自覚が足りなかった……的なことを気にしているんだろう。
「まぁ……たまにはこういう日があってもいいじゃん……?そりゃ、戦場に出たらのんびりなんてできないけど、昨日は大変だったし、寝るのも遅かっただろ?だからそう落ち込むなって」
「坊主……だから、そういうことじゃないんだよなぁ……」
「…………ちょっと待って?寝るのが遅かった……とは?なぜヤマトがそれを知ってるのですか?」
「え……?いや、普通に寝付けなかったんだろ?俺が寝ようとしてた時、部屋の外で物音がしたから……起きてんのかなぁ……と思って」
「……もしかして……話を聞いていたのですか……?」
「……ハナシ?いや、流石に親子の会話を盗み聞くような趣味悪ィことはしないだろ」
「そうですか……」
「……おいおい、なんだ気になるなぁ」
ソーレはその後、少し考え事をしていたように見えたのは深くは追及せず俺は俺で武器のアイデアを練ることにした。それを察してくれたのか、ヴィルトゥも余計な会話はしてこず、たまに風に触れるように手を仰いでいる。
城門前で門番に勇者手形を見せ、通してもらう。
俺のように一見、勇者に見えない子供には勇者手形が必要だが、ソーレの場合は身に纏っている白銀のマントが手形の代わりらしく、ヴィルトゥは言わずもがな顔パスだ。
「ふと思ったんだが、おっさんだけ顔パスってセキュリティ的に大丈夫なの?もしも魔法で人の姿を真似られたらヤバくないか?」
「ふむ……他人の姿に化ける……か。発想は面白いが、そんな魔法があるなんて聞いたことないな。そもそも、どんな魔法を使って化けるかイメージが湧かん」
「さすがにそんな魔法は無い……か」
宿舎へと近付くに連れて、足が重くなっていく気がする。
まずは橘に謝らなければいけないのだが、なんと謝ればスムーズにいくか……考えがまとまらない。
ふと、宿舎が並ぶ通り……その入り口を見るとまっすぐこちらを見る人影があった。
「お待ちしていました……ヴィルトゥ様」
「え……?」
「おぉ、ダナー。出迎えご苦労っ!!」
「だ、ダナーさん!」
そこに立っていたのは、魔導兵団の現団長ダナー=サンクリットだった。
「これはこれは、ヤマトくん!お話は伺ってますよ。ヴィルトゥ様のもとで励んでおられるようですね」
紳士的でほんわりしている中でも団長としての威厳はしっかり感じさせてくる微笑み……ここでしか得られない栄養があるな。
「おかげさまで!改めて昨日は色々とありがとうございました!」
「いえいえ……それよりも、その右手……」
ダナーさんは俺の右手――欠損した小指――を見て、眉をひそめる。
「ヴィルトゥ様……これは少々やりすぎではありませんか……?」
「まぁ……それは俺も反省してるよ……昨日はすまんかったな。研究で忙しいのに頼みを聞いてくれてよ」
「いえいえ、少女の……しかも勇者様の一人が命を狙われると聞いては、何もしないわけにはいきません」
表情には一切出さないが、ダナーさんの目の下にはうっすらとクマができているように見えた。
おそらく、寝ずに橘を遠くから見守っていたのだろう。
「怪しい人影はなかったか?」
「ありませんでした。この辺りの区画は出兵している者たちの宿舎なので、人気はそもそもなく……遠方からの攻撃も考慮し、知覚距離を広げて索敵しましたが見つけられませんでした」
「ふむ……」
「ところで、少女を狙う者に心当たりはあるのですか?」
「ある……だが話せん。察しろ」
「心得ました。少女は今も宿舎にてお休み中かと思います」
「そうか、報告ご苦労。今日はもう戻って休め。今後はその勇者……確か、タチバナって言ったか?俺が護衛をする」
「承知しました」
「ふと、思ったんだけど……おっさんってダナーさんの上司なの?」
「ん?あぁ、元々ダナーは魔導兵団の副団長でインフラ周りを統括していてな。俺が魔導兵団を抜けて、繰り上げで今はダナーが団長なんだろ?」
「仰る通りです。元々はヴィルトゥ様が魔導兵団の団長でしたから」
「なるほど……」
「ところでヤマトくん……?」
「は、はい?」
「ヴィルトゥ様に『おっさん』とは……なんとも恐れ知らずというか……さらに酷い目に遭いますよ……?」
「あぁ……そいつは良いんだ。言ってもどうせ治らねぇし」
「な、なんと……」
「いや、直そうか?なぁ、ヴィルトゥ様」
「ははっ……気持ち悪いからヤメロ……また両足切断してやろうか?」
「ははっ、ごめんだね」
「あわわ……」
「ダナー団長、申し訳ありません。もう二人は、こういう関係になってしまったんです。もはや修復は困難でしょう」
「そ、そうなんですか……」
「二人とも、ダナー団長をこれ以上困らせないで」
「おぉ……ごめんよソーレたん」
「はーい」
「やはり、手綱を握れるのはソーレちゃんだけなのか……」
……………………
…………
……
ダナーさんと別れた後、俺は橘の部屋の前で立ち止まっていた。
ノックして、謝罪をする……たったそれだけのことなのに、中々動けない。
「どうしたんですか……?」
小声でソーレが催促してくる。
どのように話を進めていけば、橘を怖がらせることなく一緒に行動させられるだろうか。
これって相当難易度高いんじゃないか?
「……?ヤマト……?」
「坊主……早くしろ。何を躊躇っている」
「いや……なんて話しかけたらいいか……」
「「は……?」」
「だ、だってさ……俺、橘に悪いことして怖がられてるだろ……?そんな奴が、いきなり部屋の前に立って、密室の出口を塞いで、謝罪をする……なんてさ、相手からしたらさらに怖がられたりしない……?なんか、許しを強制するみたいでよ……嫌なんだよ……」
「はぁ……まぁ、そう思われる場合もありますが……だからどうしろと?ヤマトには時間も無いし、タチバナも守る必要がある。色々と配慮して考えていても、前に進みませんよ。いいですか?こういう時はシンプルでいいんですよ」
「シンプル……?」
「本当に申し訳ないと思ってるんですよね?だったら一言、心を込めて『ごめんなさい』――まずはそこから始めませんか?」
「うぅ……」
ソーレの言う通りだ。
後先のことを小賢しく考えたって、それは全て俺都合。
まず、やるべきこと……言うべきことがあるだろう。
覚悟を決めて、優しく……扉をノックする。
「橘っ!……昨日は、本当にごめんなさい!!……俺、橘のことも考えず……その……能力を試してくれ……なんて言ってごめんっ!!」
――ギィィ
「ううん……私こそ、ごめんなさい……」
扉の隙間から、橘がこちらの様子を伺う。
「本当は……すぐにでも……助けてくれて、ありがとう……って言いたかった」
「橘…………ごめん……俺が怖がらせたばかりに……」
「……確かに怖かった……けど……ヤマトくんが怒っていた理由も分かるし……気を遣わなくて大丈夫だよ……」
「いや……俺は無神経だった……橘を助けるってことよりも……俺は……途中から、アイツを苦しめたくて仕方なくなっていた……」
「うん……分かるよ」
「え……?」
「手繰くん……正直に話してくれるから……私も正直に話すね……私も……途中から……もっと苦しんでくれないかな……って思ってたの」
「……ッ!?」
橘が弱い?
守られるべき少女?
――冗談じゃない。
目の前の弱いと思っていた女の子を……俺は……恐ろしい、と感じた。
「私ね……手繰くんに言われた通り……あの人に能力を使った……不安だった、怖かった……でもね……使ってみて、私……スッキリしちゃったの。私の力で……あんなにも苦しそうに……私が受けた痛みをそっくりそのまま……ふふっ……すっごく……気持ちよかった……」
おいおいおいおい――
「手繰くんが言ってたこと……ようやく分かった……確かにこの世界は怖いけど……今はね……すっごくワクワクしてるよ……」
――これはアカンやつだ。
ずっと引っ掛かっていたことがある。
昨晩、クラスメイトのサッカー部たちがヴィルトゥを襲った時から違和感はあった。
普通――人に向けたらどんな惨事が起こるか分からない暴力を平気で繰り出すだろうか?
そもそもアイツらは、暴力を感情的に振るうような性格はしていなかったと思う。俺が知らないだけ、かもと思ったが――学校で暴力沙汰があった場合、すぐに噂になって広まり、ネットで暴露される時代だ。そんなリスクを部活熱心な奴らが起こすはずがないし、そこまでバカではないはず。
――にも関わらず、何の躊躇もなくヴィルトゥに能力を使った。
勇者だから何をしても良い――という驕りがあったからかもしれない。
だが、目の前の橘はワケが違う。
今まで人を傷付けることと無縁だった女の子が――ジャックに能力を使ったことに快楽を覚えてしまっている。
これでハッキリした。
勇者の非現実な能力は、どんな優しい人間をも暴力的にしてしまう危険性――魔力がある。
今まで理性で抑えていたものを解放する――今まで自分がしたくてもできなかったことが実現する――夢を叶えてくれる力。
そんな魔性の力に取り憑かれてしまうと――際限ない暴力を生むことになる。
止めなければ――
「橘……の言ってることは……俺も分かる。本当に我慢ならない奴がいて……そいつをめちゃくちゃにしてやりたい……って思っちまうよな……」
「うん……手繰くん……実はね、私……全部見てたんだ……昨日、海辺で……あの人にたっぷりと制裁を加えていたのを……あれは……凄く爽快だったよ……!」
「……ッ!!…………そうか……それは、嫌なところを見られたな……」
「嫌なところ……?確かに普通はあんなこと、やったらダメなんだろうけど……加害者だよ?加害者には何しても許されるでしょ?手繰くんは正しいことをしたんだよ?悪者には裁きが必要でしょ?」
「……………………」
「でないとおかしいよ。悪者がずーっと罰を受けないなんて……おかしいよね?でも、神様は罰なんて与えてくれない。だから、誰かが罰を与えなきゃいけないんでしょ?そのために、手繰くんは……」
「それは違うんだ……橘」
「え……?」
「俺も橘と同じ考え……だった。悪いことをした奴には、どんな悲惨なことをしたって良い。そう思っていた。だから俺は、アイツを殺そうとした」
「え、ころ……え……?」
「最初はすっごく気持ち良かった。そして、殺すことに何の躊躇いもなかった。死体をどうやって処理しよう……正直、そのことしか頭に無かった……」
「え……え、え……?」
「だけどな……そこにいるソーレってやつに……止めてもらったんだよ……んで、自分の顔を見たらさ――
――すっげぇ気持ち悪かったんだよ」
「気持ち……悪かった……?」
「気付いたんだよ……俺は橘を守るため――っていう、言い訳を利用して、ムカつく奴をおもちゃにして遊んでいただけだって……なっちまってたんだよ……俺が一番嫌いだった悪者ってやつにさ……」
「……………………」
「悪いことをする奴には罰が下るべきだし、その考えは俺も同意だ。だけどさ……」
「え……?泣いて……るの……?」
「自分が嫌だと思っていたものになるのは……本当に耐えられないんだよ……」
「…………でも、それじゃ……私は……」
「橘が悪い奴を許せない、ってのは……凄く理解してる。俺なんかが分かった気になるのがおこがましいほどに……お前は酷い目にあってきたってことも知ってる……」
「……ッ!」
「そんな俺が言えた立場じゃないけど……だけど……頼むから……お前にだけは……俺みたいになって欲しくないんだよ……」
「私に……だけは……?」
「お前に降り掛かる火の粉は俺が全部払ってやる。悪者に制裁を加えたいって気持ちも分かる……だが、お前の持つ力は……容易く人をぶっ壊す。だから……使うのはあくまで、自身が傷付けられた分だけを相手に返すだけにしてくれ……それ以上の過剰な痛みを与えるのは……頼むから……やめて欲しい……」
「手繰……くん………………分かった。手繰くんの言う通りにする……それ以上のことを……私はしないよ?……約束する……私も……一番嫌いなものになりたくないから……」
「…………ありがとう……」
「なぁ……ソーレたん……俺たちは何を見せられてるんだ……?」
「シーっ……静かに」




