第68話「勇者の変化」
クラスメイトのサッカー部たちと一悶着あった後、じっくり気の済むまで薬湯を堪能し、今は脱衣所にて身体を拭いていた。
「ほれ、坊主の着替えだ」
「おぉ、ありがとう」
受け取ったのは昼間に渡された服と同じだった。おそらくヴィルトゥという男はオシャレというものに無頓着で同じデザインの服を何着も持つタイプなんだろう。
「あ、それとこれパンツな」
「え……?」
綺麗に畳まれた服の塊の上に白い下着が置かれる。
「……………………」
「どうした?早く服を着ろ」
「あのぉ……このパンツって……もしかしておっさんが普段使ってるやつ?」
「お前……俺のじゃ嫌ってのか?」
「フッツーに嫌だわ!!」
「細けぇなぁ……まぁそう言うと思って、俺の息子のやつにしといてやったよ」
「え……?息子?」
「あぁ、言ってなかったっけ?俺にはもう一人子供がいてよ、そいつのお古だ」
「へぇ……って、なんの解決にもなってなくない!?」
「いいじゃねぇか、歳も近いんだしちゃんと洗ってるしよ」
「えぇ……」
「嫌なら何もはかずに過ごすんだな」
「…………くっ……今度から替えの下着は持ち歩くようにしようかな……」
「…………ちなみにお前、パンツは寮母のエルミナから渡されてんだろ?」
「そうだけど?」
「言っとくが、兵士に支給されるパンツは誰でもはけるんだぜ?」
「……は?」
「そりゃそうだろ。全部まとめて洗濯すんだから、いちいち兵士一人一人のパンツなんて管理してらんねーだろ。その辺気になるやつは、各々で自分用のパンツを用意して自分で洗ってんだよ」
「そ、そんな……じゃあ俺は……見ず知らずの兵士たちがはいていたパンツを……?」
「まぁエルミナがちゃんと洗濯してっから綺麗だって」
「そういう問題じゃないんだよなぁ……」
この異世界でやることがまた一つ増えた。
『自分専用のパンツを手に入れる』
……………………
…………
……
「やっぱり夜風は少し冷え込むなぁ……」
「寒いならこの火球で暖でも取っとけ」
ヴィルトゥが夜の灯りとして浮かべていた火球を俺の近くまで持ってきてくれる。
「あったけぇ……やっぱり魔法って便利だなぁ……」
「魔導士様のありがてぇ〜魔法を暖を取るために使うたぁ……はっ、全くこのクソガキは……」
俺たちはソーレとの待ち合わせ時間が近付いていたので、大浴場の施設前で待っていた。
どうやらこの異世界では水時計というものが夜の細かい時間を知る手段らしく、大浴場の至るところに設置されていた。大浴場は国民の談笑の場としても使われているため、長居しすぎて翌日に影響しないように時間は見れたほうがいいだろうという王様の配慮で設置されたそうだが、俺たちのように待ち合わせ時間を決める時にもよく使われるそうだ。
実際、俺たち以外にも大浴場の前で待っている人がちらほらいて、女湯から出てきた女性が待っていた男性に駆け寄り、一緒に帰っていく……という光景を何度か目にしながら時間を潰した。
しばらくすると女湯の入り口の方でひょこっと顔を出し、外の様子を伺う女性が現れ――こちらを見ると真っ直ぐ駆け寄ってきた。
「――お待たせしました」
「おう」
「ゆっくりできたかい?」
「うん、久しぶりにのんびりできたかも」
「それは良かった!」
ソーレは昨晩の風呂上がりとは違い、自宅にあった寝間着を持ってきたのだろう。ふわっとした寝間着で――確かネグリジュって言うんだよなこういうの――普段の兵士とは違い、今はただの年上のお姉さんって感じだ。さらには女の子の風呂上がりで髪の毛がしっとりと少し濡れていたのが妙に色っぽく感じた。
普段は女神直属部隊として装備の上に白銀のマントを羽織っているので異性というよりも仲間として見れるのだが、今の格好だと思春期の男子にとっては何も感じないことは不可能じゃなかろうか。
「……?どうかしましたか?」
「あ、いや……明日からの修行のことを考えてて……」
「…………本当ですか?」
「ほ、本当だって……」
「ふむ…………さぁ、坊主も疲れてることだし帰るとするか」
「そ、そうだな……」
「……………………」
……………………
…………
……
ヴィルトゥの家は二階建てであり、一階では薬屋を営んでいるため店先に売り物となる薬草などが置かれ、その奥は薬の調合を行うための広めの作業場に繋がっており、別室にダイニングなどがあるらしい。二階には四つほど部屋があり、その三つが家族それぞれの部屋として割り当てられている。
「とりあえず今夜は、息子の部屋でも使っといてくれ」
「あ、兄さんの部屋に泊めるんだ」
「良いのかな……?その息子さん怒ったりしない?」
「アイツは今も前線に張ってるし、そもそも頻繁に家には帰ってこない奴だから大丈夫だろ」
「それ、大丈夫な理由になってる……?」
「面倒くせぇなぁ……さっさと寝ろ」
「うおっ!?」
ヴィルトゥに風魔法で宙に浮かされ、強制的にベッドへとダイブさせられた。
「強引すぎねぇ……?」
「しっかり寝ないと魔力が全快しないぞ?明日は死ぬほど鍛えてやるから覚悟しとけ?」
「それでは、おやすみなさいヤマト……また明日」
「あぁ……おやすみ……」
元々この部屋には灯りをつけていなかったため、ヴィルトゥが扉を閉めると同時に真っ暗に……いや、窓から差し込む星明かりだけとなった。
ようやく怒涛の一日が……本当の本当に終わった。
明日からヴィルトゥとの修行が待っている。そういえば武器の案がまだまとまっていない。ジャックは本当にもう襲ってこないだろうか。橘にはなんて謝ろうか。サッカー部の二人と揉めてしまったがそのせいで今後に悪影響は――
――意識が朦朧としてくる――眠気が――
……………………
…………
……
二階から一階へと続く階段を降りると、そのままお父さんの作業場へと繋がっている。
「ん?……どうした、寝付けないのかい?」
お父さんは明日からヤマトに付きっきりで修行をつけるため、ここ数日のお仕事を前倒しで終わらせると言っていた。そのためか、今も作業用の机に張り付きながら大量の薬草を調合している。
「忙しい中ごめん……今、大丈夫?」
「………………あぁ、もちろん」
作業場の端に置かれていた来客用の椅子がゆっくり宙を浮いて、私の目の前に置かれる。
「あれだったら紅茶でも淹れようか?」
「あ……ううん、お仕事忙しいのに……」
「遠慮することはない……」
相変わらずお父さんの魔法技術は凄い。
テーブルやティーセットが魔法で運ばれ、熱湯を生成し――あっという間にティータイムが可能な環境が整ってしまう。
「ありがとう……」
席につき、目の前の紅茶の温もりを感じる。
「それで……どうしたんだい?」
「うん……ヤマトのことなんだけど……」
「…………そうか……そんな気はしていた……」
お父さんは、厳しい表情でゆっくり紅茶を飲み始める。
「パパはね……いずれこういう日が来るんじゃないかと……思っていたんだよ……」
「え……?」
「ソーレたんに近付く男は徹底的に踏み潰してきた……俺に簡単に負けるような奴をソーレたんの側に置かせる訳にはいかんからな……」
「ん……?ん?」
「だがアイツは……今はまだ弱いが悪くないものを持っている……能力が、じゃない……もっと大事な根幹の部分が、だ」
「えーっと……」
「あれは強くなるぞ……俺をも凌ぐかもしれん……いいや、凌いでもらわねば困る……最初会った時は全然だったが……今は全くの別人だ……兵士、一戦で化ける……と言うが……ふふっ、あれほどとは……」
「なんの話をしてるの……?」
「分かっている……アイツと何かあったんだろ……?」
「……何かあったっていうか……ヤマトの能力の話なんだけど」
「……能力?………………え?何かあったんじゃないの……?」
「いや、まぁ……ちょっとした約束はしたけど……」
「約束……?そ、それは一体……」
「別に大したことじゃないよ、今後は女神じゃなくてヤマトに全面協力するってだけ」
その見返りとして、私が魔王にトドメを刺せる――という話はしないでおく。
「……そう……だったのか……なんだ、ははっ……そうだよな、まだ早いもんな……よ、良かったぁ……」
「お父さん……?」
「す、すまん……盛大な勘違いをしていたようだ……」
「勘違い……?」
「そ、それで?……アイツの能力がどうしたんだ……?」
「実は――」
私は、ヤマトには伝えていなかった――私だけがおそらく気付いている――ジャックとの戦いの中でヤマトの身に起こった異変を伝えた。
「――坊主がジャックを殺そうとした時……全身が歪んで見えた、ねぇ……」
「勇者の能力は魔法にも共通する部分があるんでしょ?だったら、ヤマトの異変についてもお父さんなら分かるかも……と思って」
「確かに坊主の能力は魔力を消費するものではあるし、『操作する』という部分も魔法と共通する点は多い……得に『地・水・火・風』の四属性は自身の魔力で形作ったものを操作する、というものが多いからな。それに解釈次第で出来ることが増えるって点も、魔法を使う上で重要となる『自己理解』と『自己世界』が関係しているようにも見える。だが……全身が魔法と関係なく歪む……というのは前例が無いな……。陽魔法なら『光』の特性を持つから視覚に作用する魔法は使えるかもしれんが、坊主の適正は陰魔法のみで不可能だし、そもそも全身を歪ませるという魔法を意味もなく使うメリットがない」
「だとすると……あの現象はやっぱり……勇者特有のもの、ってこと?」
「そう考えるのが一番簡単だな。そして、こういう時は……その変化を間近で見たソーレたんがどう感じたのか?その直感が意外と当たったりするもんだ。ソーレたんが率直に抱いた感想を教えてくれ」
「私は……今までのヤマトでは無くなって……全く新しい、別の何かに進化するように見えた……」
「なるほど……状況を整理すると、坊主はジャックを殺すための覚悟を決めていた時に歪みが発生した……とすると、一番納得のいくケースが……『殺しを正当化する、当たり前にする準備』ってところか。もしも、ソーレたんが坊主を止めていなかったら……見るに耐えない存在に変貌していた可能性があるな……」
「そんな……」
「人を殺した魔法士は、その魔法の質が劇的に変化する。もちろん、人を殺したことへの精神的な負荷に耐えきれず、魔法が使えなくなる奴もいた。だが、適応した魔法士からは……より効率よく敵を殺すための魔法がどんどん生み出されていくんだよ。北と戦争してた時なんか、敵味方とんでもない魔法士が台頭してきてな……ありゃ酷かった」
「……………………」
「魔法と勇者の能力に関連性がある、という前提でいくと……坊主がもし、ジャックを殺していたとしたら……女神が言っていた通り、国の災いになっていた可能性がある……そうなれば……」
「……もういい……分かった……」
「……………………」
「これからどうすれば良い……?」
「……どうするもこうするも……これは坊主の問題だ。アイツが今後、どういう選択をしていくのか……それを全て正してやる、なんてことはできないし、本当にそれが正しいのかどうかも分からん。そして、『正してやる』とは傲慢な考えだ。どのような結末になるにせよ、ソーレたんがその責任を負う必要はない」
「……でも、私は……ヤマトがカッコ悪い道を進むのは嫌……」
「……っ!?…………そうかい……」
お父さんは、なぜか微笑み――残りの紅茶を飲み干す。
「安心しなさい……俺が坊主を徹底的に調教して、そんなことが起きないように性根を叩き直してやるよ」
「……ふふっ……逆に、ひねくれそう……」
「ははっ、違いない……まぁ、アイツなら……ソーレたんが心配するようなことは、もう起きないと思うよ」
……………………
…………
……
夢を見た――
そこは見たこともないおしゃれな広いリビング――なのに俺は、まるでそこが定位置であるかのように大きなソファの端っこへと座る。
部屋にはゾロゾロと人が入ってくる。
岡守先生――クリムゾン・アイズ・ブラック(鈴木)――ヴィルトゥのおっさん――ソーレ。
『手繰、おはよう……よく寝れたか……?』
『おはよう手繰……我はまた新たな封印を解いてしまったぞっ!』
『坊主、なーにのんびりしてんだ。さっさと支度しろ。朝のトレーニングすっぞ』
『ヤマト、なにか飲みますか?』
『あ、じゃあコーヒー頼む』
『分かりました、今お湯を沸かしますね』
『ありがと』
そうか……俺はルームシェアをしていたんだった……。
窓から差し込む朝日を見ながら、こんな騒がしい日々も悪くないな――そう思った。
『……はい』
ソーレからコーヒーの入ったマグカップを渡される。
そういえば、ソーレもヴィルトゥも現代の服装をしていた。
『おい、坊主……朝飯だ』
『え……?あ、いつのまに……』
目の前のテーブルに食パンと目玉焼きにカリカリのベーコン――
――ドカッ!!
「――痛ッ!?」
「おい、さっさと起きろ。飯が冷めるだろうが」
「は……え?なに?え……なんで殴ったの?」
「起きろと言っても降りてこないからだろうが……ほら、さっさと来い」
「あ、あぁ……」
窓からの朝日が眩しい……夢を見ていた気がする……悪くない夢だ……だが、頭がズキズキと痛むので、すぐに嫌な気持ちになった。




