第66話「ヴィルトゥ様」
「とりあえず、今日は二人とも家に泊まるだろ?」
「え……いや、流石にそれは……」
「もしもジャックが今夜襲ってきたらどうする?お前はもうまともに動けないだろうし、迎撃する準備も整ってないだろ」
「う……確かに……」
「宿舎は逃げ場も守りもないですからね……」
実を言うと、ジャックをどんな状況でも封殺できる力をつけるまではヴィルトゥの家でお世話になろう……という案はあった。
だが――
「だけど、橘はどうしようか……ジャックが橘に危害を加える可能性は低いと思うが……」
「タチバナの能力を身をもって味わってますもんね」
「二人を尾行していたあの女の子か?それなら、声をかけて一緒に行動すりゃいいじゃねぇか」
「それが一番いいんだが……」
「私たち、彼女に警戒されてるの」
「なるほど……なら、城内にいる誰かに仮の護衛でも頼むか」
「ほんとか?……できれば、信頼できる人が良くて……なおかつ遠くから見守ってもらう形が良いかな」
「ですね……護衛についた男に襲われたんですから、相当配慮してあげないといけません」
「ふむ……じゃあ気がきくやつで……風魔法が使えるやつ……」
「……?なんでそこで風魔法がでるんだ?」
「風魔法が使える者同士だと、遠隔で連絡が取れるんだよ。俺は二人を守るためにこの場を離れられないだろ?んで、坊主は移動できない。こういう時に便利なのが『風の知らせ』だ」
「え……この世界に遠隔の連絡手段あんの!?……すげぇな」
「んー、やっぱダナーが適任か」
「あ、ダナーさんか!女神が俺の命を狙ってるって話はしてるし、理解してくれると思う」
「よし、じゃあ伝えとくわ」
「ひとまず、今夜はどうにかなりそうですね」
「だな。ただ、橘には申し訳ないが……明日にでも一緒に行動するようにしないと……」
「……こればかりは仕方ないのかもしれませんね」
……そう、橘には申し訳ないが行動は共にしないといけない。
橘の能力には穴がある。
『復讐者』という能力は任意発動であり、仮に即死攻撃を受けたり任意で発動することができない状態(睡眠中や気絶時など)では橘は殺されてしまう危険性がある。
ジャックはそのことにおそらく気付いていないが、もしも寝込みに首を刎ねられるようなことをされたら一貫の終わりだ。
そのため、橘には能力を強化してもらい、任意ではなく自動で能力を発動できるようになるまでは行動を共にしておきたい。
この世界に来て、絶望し、泣いていた女の子にこんなことを強要するのは気が引けるが……命の危険がある以上、放って置けない。
それに――勇者の能力には、まだ謎が多い。それを少しでも解明するために、ロールモデルは多いほうが良い。
「――よし、ダナーには伝えておいたぞ」
「ダナーさんはOKしてくれたか?」
「当たり前だろ。アイツは俺の言うことなんでも聞くやつだからなぁ」
「うわ……なんか申し訳ないことしたな……ダナーさんに……」
「さ、心配事はもう無いだろ?さっさと寝ろ」
「あぁ……ありがとう……」
ようやく、怒涛の一日が終わる……。
本当に色々あったな……。
――ベト……ベト。
……あれ、何か忘れてるような……
「ソーレたんも今日くらいは……家でゆっくりしていきなさい」
「……うん。そうする……あ、お風呂入りたいからお湯用意してくれる?」
「あぁ、すぐ用意しよう」
……ッ!!!!!
「お風呂ォォ――――――!!!!!」
「「……ッ!?」」
「そうだよ、なんか忘れてると思ったら、俺まだお風呂に入ってねぇ!!」
「は……?え、突然なんだ?」
「いや……さすがに今日は寝た方が……」
「身体中ベトベトすんだよっ!!今朝から海水に浸かったりでベットベトなのっ!!ずっと我慢してたんだよっ!!」
「「あー……」」
「うががが……こんな状態で良質な睡眠が得られるわけがない!!俺は風呂キャンセル界隈にはならんぞぉぉぉ……!!」
「なんだそりゃ……」
「相当嫌なんですね……」
「あのなぁ坊主、戦場に出れば風呂に数日入れないなんて当たり前だぞ……?そんなんでこの先――」
「今は戦場じゃねぇし、入れる時に入るのが風呂だろ。風呂は魂の洗濯だろうが」
「目がマジだな……」
「時折、ヤマトが分からなくなります……」
「仕方ねぇ……すぐに用意するから待ってな……」
「用意する……って?」
「あぁ、仕事場の裏に浴室があるんだよ。簡易なやつで俺がいないとお湯とか作れんがな」
「嫌だっ!!」
「は?」
「広々とした大浴場のお湯に浸かりとうございます」
「わがままか」
「……はぁ、こうなってはヤマトのしたいようにさせたほうが良いかも……」
「だが……お前、まともに動けないだろ……」
「行きましょうっ!!」
「すんなり立ちやがった……」
「はぁ……」
……………………
…………
……
「うぅ……フラフラする……」
「バカでしょ……」
「バカだな……」
動けなくはないのだが、時折身体がふらつく。
この感覚はあれだ……風邪の治りかけで、まだ若干体調が悪い時みたいな。
夜道で普段は足元に気をつけないといけないのだが、ヴィルトゥが灯りとして火球を浮かべているのがありがたい。
俺の着替えはヴィルトゥが一緒に袋に入れて持ち運んでくれて、ソーレは自分用の袋を持ちながら、俺がふらつく度に支えをしてくれる。
「転ばないように気をつけてくださいね……」
「う、だいじょぶ……」
「ったく……」
「にしても、大浴場ってどこにあるんだ……?割と歩いてる気がするんだが……」
「城に続く大通り以外は初めてか?この首都の住民全員が使ってる大浴場だからな。要人の馬車が通るような大通りの近くにあったら不便だろ?」
「なるほど……」
「まぁ、待ちに待った風呂だろ?我慢しろ………………ほら、見えてきたぞ。あれだ」
「あぁ………………え?」
まだ少し距離があっても、その巨大さに驚くしかなかった。
昨晩入った、兵士用の大浴場の数十倍……?いや――
昔、友達の親に連れて行ってもらった……興味もなかったプロ野球。
野球は今でも興味はないが……それでもあの万を超える人間が入ることのできる巨大なドームには驚かされた。
その記憶が呼び起こされるほど、目の前に広がる『大浴場と呼ばれる建造物』はデッカい。
形は……神殿……ローマ……?
もはやこれは城だ。
「規模……デカすぎんだろ……」
「そりゃそうだろ。首都の人口、何人いると思ってんだ?」
「お父さん、後のことはお願いね。もしもヤマトの体調が悪化したら回復してあげて?」
「任せておきなさい。合流は……1時間30分後くらいか……この入り口付近で集合しよう。先に俺と坊主がここにいるから、それを確認してから出てきなさい」
「分かった。念の為だね」
「そうだ。入ったら水時計を確認しておくんだぞ」
「分かってる。それじゃ、また後で。ヤマトも」
「あぁ」
ソーレと分かれ、俺とヴィルトゥは男湯だと一目で分かる絵柄が彫られた門をくぐる。
「おいおいおい……なんで外見はローマっぽいのに……中身は銭湯なんだよ……」
建物の中に入った瞬間、別世界に来たのか疑いたくなるほど、大人数が入れる休憩室兼下駄箱の空間(和式)が広がっていた。
光石をふんだんに使っているのか、夜とは思えないほどに明るい。
「勝手は分かるか?ここで靴を脱げ」
「昨日は宿舎近くの大浴場に入ったから一応分かるけども……」
規模がデカすぎる。大広間では爺さんから子供まで、大勢の人たちの往来で賑わっていた。
壁面には鍵付きの番号が割り振られた下駄箱がビッシリと敷き詰められており、大広間の中央付近では休憩スペースなのだろうか、幾つかテーブルや椅子が設置されている。
ヴィルトゥの後に続くように、土足エリアで靴を脱いで大広間へと足を進める。
「おっ!!見ろっ!!ヴィルトゥ様だ!!」
「なんとっ!!本当だ!!」
「こんな時間に会えるとは!!」
「え……え、え、え?」
瞬く間に目の前のヴィルトゥを取り囲むように人だかりができる。
「あーはっはっはっは!!世界最強の男、ヴィルトゥ=オーソ様が通るぜぇ!!道を開けろ民衆ども〜〜!!」
「えぇぇ〜〜〜」
神様が海に道を開くが如く、ズラーっと人だかりに道が出来る。そんな中を一緒に歩くのが本当に恥ずかしい……。
「な、なにが起きてんだ……?」
「おいおい、俺を誰だと思ってるんだ?この国一番の魔導士ヴィルトゥだぞ。これくらい人気なのは当然だろう」
「いやいやいやいや……ハリウッドスターかよ……」
「なにスターだって?」
「ヴィルトゥ様……先日いただいたお薬のおかげで腰痛がパタリと止みましたわい。本当に……ありがとうございました」
「おぉ、ラッセ爺!女遊びはほどほどにしとけよ!」
「まだまだ若いもんには負けませんわい」
普段、何気なく会話しているヴィルトゥは娘想い(バカ)のただの最強なおっさんにしか思わなかった。
だが、様々な人々に感謝されるヴィルトゥを見て、この国の精神的支柱になる男の凄さを改めて実感する。
「……ところで、後ろにおられる子供は……もしや、また拾ってこられたのですかな?」
「あー、コイツは孤児じゃねぇ。まだまだ雑魚だが、俺様が面倒見てる勇者だ」
「ほぅ、そうでしたか……勇者とはまた面白い……………………」
「――――勇者様じゃとぉぉぉぉ!!!???」
ご老体から出た声とは思えないほどの爆音で、さらに人の波が押し寄せて来る。
「ゆ、勇者様って本当ですか!?」
「こんな子供が……あの伝説の勇者様……!?」
「おいおい、噂じゃ召喚された勇者様は2メートルを超える屈強な髭男だって聞いてたぞ!?」
「いや、俺は5メートルは超えるって話を聞いたぞ!?」
「いやいやいや、そもそも勇者様は男じゃなくって女って噂だったぜ!?」
「いやいやいやいや、俺は男と女……両方のモノを持ってる性別を超えた存在だと聞かされていたぞ!?」
「な、なな……」
勢いに押され、何がなんだか分からなくなる。
「民衆どもっ!!黙って聞けぇいっ!!」
ヴィルトゥの発したバカでかい声でピタッと全てが止まる。
「お前たちの言いたいことは分かるぜぇ。まさかあの伝説の勇者様がこんな下の毛が生え始めの弱っちそうなガキだと言われたら、そりゃ疑いたくもなるわなぁ。しかもコイツは、泣き虫でビビりで愛想もなく身体も細くて生意気なクソガキときた」
「おい、おっさん……」
ざわざわと不安の声が広がる。
それはそうだ。この国の今後の命運がかかっている勇者がまさかこんな――
「――だがなぁ!!」
「うっ……!?」
ヴィルトゥに思いっきり頭を鷲掴みにされる。
「――コイツは俺が認めた勇者だ。『ヴィルトゥ=オーソ』の名に賭けて誓おう。俺がコイツを最強の勇者に育て、必ず魔王を討伐する、と」
静寂――――――
――――うぉぉおぉおぉおおぉおぉおおぉおぉおおおおお!!!!!!!!!
歓声が――熱狂が――叫びが――
ザザッ――
――脳みそを揺らす。
「勇者様ッ!!万歳ッ!!ヴィルトゥ様ッ!!万歳ッ!!」
「そうかっ!!これは勇者伝説の幕開けなんだっ!!俺たちは……偉大なる歴史の中に存在していたっ!!」
「うっ……っぐっ……!!」
「も、もしかして……上も下も付いてるの……?え、男湯に入って大丈夫なの?」
「おぉ……女神様……この時に生を与えてくださり……ありがとうございます……」
「ほらほらぁ……泣いたっていいんだぞぉ?」
「………………当たり前のことを言われて泣くやつがいるかよ」
「ふ〜ん………………やっぱ生意気だなお前、明日から覚えてろよ」
「今度こそ返り討ちにしてやる」
「勇者様っ!!お名前を……是非、お名前を教えてくださいっ!!」
「え……?ええ……?」
「ほら、答えてやれ」
……………………
…………
……
「はぁぁぁあぁぁあぁぁぁ…………」
大浴場の巨大な湯船にようやくインすることができた。
「ガキのくせに爺臭い声を出すな……」
下駄箱の大広間で起きた人だかりが、またも脱衣場で起こった時はさすがに倒れるかと思った。
「まーじで疲れた……俺苦手なんだよ……ああいう祭りみたいな人混み……」
「まぁ我慢しろ、あれも大いなる責任を持つ者の務めだ」
「いや、あんたは絶対楽しんでただろっ!」
「まぁ落ち着け……人払いもしてある……今はゆっくり休むことだな」
「………………はぁ」
先ほどの脱衣所まで大きかったのだから、大浴場も大きいのだろうと予想していたが――
まぁ、その通りで本当に大きかった。
大量に設置された洗い場――様々な種類の薬湯――
その数や大きさの規模が半端ではない。
大勢の国民が入っても問題ないように設計されているのだろう。現に今も多くの人たちが身体を洗ったり、別の薬湯に浸かろうと賑わっている。
――この場を除いて。
「なぁ……さすがに申し訳ないって……こんなおっきなお風呂を独占するなんて……」
「俺は魔導士だぞ?……これが当たり前なんだよ」
「いつもやってんのか……?お手本にしたくない魔導士ランキング一位だな……」
「ふぅ〜〜いい湯加減じゃねぇか……あいつら、良い仕事しやがる……」
「無視かよ」
と言いつつも、俺もヴィルトゥ同様に大股を開いて湯船に浸かる。
「この湯は魔力の循環を助ける薬草が入っている。ちったぁ回復の足しになんだろ」
「…………悪くないな」
身体が温まったからだろうか――それとも薬湯のおかげか――
確かに体調は良くなってきた気がする。
だが、気がするだけで――ステータスを確認しても魔力量の数字に変化はなかった。
「…………なぁ、一つ聞いてもいいか?」
「んん〜?なんだぁ〜?」
「さっきの人たち……みんな痩せ細ってたけど……やっぱりまともな飯が食えてねぇのか?」
「……………………」
「昨日、宿舎にあった食堂だと腹一杯に食べられたけど……」
「兵士に食糧まわしてんだよ」
「え……?」
「命を賭けて戦いに行く兵士たちに少しでも食わしてやりてーんだと。それが国民総意でだぜ?すげぇだろ」
「…………すげぇな……」
「肝に銘じろ。お前はこの先、決して負けることの許されない死地へと向かうのだ」
「あぁ……分かってる……」
「ならばいい……」
星空を白馬に乗った勇者が勇猛に駆ける天井の絵を眺めながら――今後、どのように強くなろうかと思案する。
「…………ところで……坊主……」
「……ん?」
「……なんか、昼間と比べてソーレたんとの距離が近くなっている気がするんだが……気のせいか?」
「気のせいだろ」
「だよなぁ、気のせいだよなぁ……ははっ……なんかあったわけじゃないんだよなぁ?」
「なんか……?いや………………なにもなかったな」
「……は?なんだその間は…………え、もしかして俺に話してないこととかあるのか?」
「話してないこと………………ないな」
「は?だからなんだその間は…………」
――ソーレに魔王のトドメを譲る。
そのことは流石にヴィルトゥには話していなかった。
娘に魔王と戦って欲しくない父親には言えるわけがない。
「…………坊主?」
「……?」
「念を押しておくが……軽い気持ちでソーレたんに手を出したら冗談抜きで殺すからな?」
「なんの話だよ……ないってそんなこと」
またか。もはや恒例行事……いや、正直ネタなんじゃないかと疑っている。
父親というものは娘を持つとこんな気持ちになるのだろうか。
そういえば、明日までに武器の案を考えておかないといけないんだった。
俺がいつでも操作して戦えるようにするための武器。
「……なぁ、もしかして……手繰か……?」
「……え?」
声のする方を見上げると――クラスメイトたちの姿があった。




