第62話「分岐_Dルート_白馬の勇者」
――気付けば私は、ヤマトに駆け寄り――ヤマトが手に持つ道具の小さなボタンを無我夢中で押していた。
「……ッ!?」
「どれ……?どれが……」
――バシャッ!!
どこかのボタンを押したら、海の浅瀬に沈められていたジャックが勢いよく直立不動で立ちあがった。
「――ガボッアッ!!――オェオロロロロ――」
飲み込んでいた海水を勢いよく吐き出すジャック。
良かった……まだ死んでない……!
「――エフッエフッ――ヒュー、オェ――」
「……なぜ邪魔をした?」
「……………………」
ヤマトに直視され、背筋が凍る――
だが……引くわけにはいかない……
どうにかしてヤマトを止めなければならない……。
――だが、声が出ない。
瞳孔の開き切ったドス黒い瞳に睨まれ、恐怖で身体が硬直しているのもあるが――
どんな説得をすれば良いかが思いつかない。
おそらく、これから口にする言葉が全ての運命を決める――そう直感していた。
半端に『やめて』と言っても、絶対に止まらない。
またジャックは沈められるだろう。
言葉ではなく力ずくで止めようとしても、今のヤマトに私が太刀打ちできる気がしない。
言葉――そう、言葉だ。
ヤマトが殺人を犯すことを止め、全く別のところへと意識を向けさせる言葉――
そんな言葉が本当に存在するの――?
――いや、やるしかない。とにかく、まずはヤマトの意識をジャックから遠ざける!
「今のヤマト……正直ダサいですよね……」
「………………は?」
私は何を言ってるのぉ――!?
まさか……最初に出た言葉が……罵り!?
いや、でも反応があった!
これはもしかして……
「これが勇者のやることですか……?降伏している者を痛ぶって……卑劣!勇者の恥晒し!――まだお父さんと戦っていた時のほうがカッコ良かったですよ。でも、今のヤマトはダサいです!超ダサい!このダサヤマ!」
「……?…………???」
本当に何を言ってるのぉ――!?
でも、先ほどよりも邪悪な気配みたいなものが薄らいでいる気がする。
畳みかけろっ!!
「何を言って――」
「というか、さっきから気持ち悪いんですよ!――ジャックを痛ぶっている時のヤマトの顔ときたら……勝ち誇ってニヤニヤしたり……ほん――っとうに気持ち悪いです!今の顔も、すっごく酷いですから!一度自分の顔を見てみたらどうですか?」
「…………?????」
突然の罵倒で意味不明になっているのか、少し困惑しているように見える。
でも、これは一時的だろう。
もっと決定的な――ヤマトが嫌がる言葉でなければ――
思い出せ!昨日から付きっきりだった私なら分かるかもしれない――
ヤマトが本気で嫌がる言葉――!
絞り出せっ!!――ありったけを――!!
……………………
…………
……
………………あ
「今のヤマト……まるで女神みたいですね」
「…………………………は?」
「昨日見た、他の勇者たちの中にも酷い人たちが沢山いましたけど……今のヤマトはどの勇者よりも醜いですね!」
「な……」
「女神に色々と悪口言ってましたけど……あなたも大概ですよ?――今のその気持ち悪い目つき……女神にそっくりじゃないですか」
「……へ?」
私は自分の道具袋から、携帯用の手鏡を取り出し――
「……ほら!!見てみなさい!!――自分の顔を!!」
――ヤマトの顔に突き出した。
「……………………………………ひょ?」
ヤマトは自分の顔を見て――みるみる青ざめていった。
「は……?え……?――なんだ、これ……?」
「……気付きましたか?」
私以上に――今の自分の状況がショックだったらしい。
それが関係しているかは分からないが――先ほどまでヤマトの全身に起こっていた異変がなくなり――本来のヤマトへと戻っていく気がした。
その気配を感じ取ってか――
「そ、ソーレちゃん……ありが、とう……」
溺死を免れたジャックが目からボロボロと涙を流し、感謝を伝えてき――
「話しかけないでもらえますか?――今、ヤマト存亡の危機なんですよ。あなたが話しかけてきたら、また変なことになるかもしれないんです。空気読んでください」
「――はい……すみません……」
元はと言えば、このゴミが今回の騒動の元凶だ。
あれ、だんだんと腹が立ってきた……。
「ヤマト……大丈夫ですか?」
「…………なぜ……止める?」
「あなたが勇者だからです」
「意味が分からない。このカス野郎は、ここで殺しておくのがマストだろ」
「いいえ、殺しはダメです――」
「そ、ソーレちゃん……」
「――そんなゴミでも一応人間です。殺せば遺恨が残ります」
「ソーレ……ちゃん?」
「……いや、関係ない。そんなこと気にする俺じゃない……さっき……いい感じだったんだよ……あの流れで殺せていたら……何もかもが上手くい――」
――バチンッ!!
「ごッ――!?」
「お父さんが昔言ってました。人を殺めた瞬間から……その人間は二度と後戻りのできない世界へ行ってしまう――と」
「……だから、そんなの関係な――」
――バチンッ!!
「ヤマトらしくないです。たかがゴミ一匹殺さずとも、あなたなら軽々と対処できるでしょ?」
「なに勝手なこと――」
――バチンッ!!
「あんなゴミ――あなたの手を汚す価値もない!!」
「ひっ……ぐっ……ひどい……」
「人の話をっ――」
――バ――ガシッ!
「……ッ!?」
「人の話を聞け……勝手なこと好き放題言いやがって……そこまで言うなら、俺もお前に言いたいことがある……」
「……な、なんですか?」
「お前こそ……女神の言いなりでやりたくもねぇ殺しをやらされて……俺に何か言える立場なのかよ?」
「……ッ!――私は……」
「そういや、あのカス野郎も殺そうとしたよな?――なぜそんな無茶をする」
「……………………」
「……知ってるぞ。魔王を自分の手で殺して、両親の仇を討ちたいんだろ?」
「……ッ!?……なぜ、それを!?」
「その目的のために……女神の言いなりになって、自分を殺して、やりたくねぇことさせられて……そんなことして……亡くなった両親が本気で喜ぶとでも思ってんのか?」
「……ッ!!――あなたに何が分かると言うんですかッ!!」
「何も分かんねーよッ!!俺の両親はバリバリ生きてるからなッ!!お前の気持ちを本当の意味で理解してやれねーよ!!」
「だったら!!あなたには関係ないじゃないですか!!余計な口出しを――」
「ははっ!!バリバリ関係しとるわ!!つか巻き込まれてるわ!!目の前でそんなことしてる奴がいるのに黙って見てられるわけねぇだろうが!!関係ないって言い張るなら、マジで俺と赤の他人であってくれよ!!俺の人生に関与してきた時点で関係ねぇって言えねぇんだよ!!」
「なっ……!?」
「復讐したけりゃ勝手にしろよ!!別に俺は構わねぇよ!?魔王殺したいんだろ!?殺せよ!!――でも、やり方が汚ねぇんだよ!!」
「ッ……!!」
心臓がキュッと――今までこんなことを言われたことがなかったからか――言葉が詰まってしまった。
「俺が気付いてないとでも思ったか……?――俺のこと利用してやろうって下心が見え見えなんだよ。目的のためなら、なんでもしていいのか?――違うだろうが」
ズブズブと――ヤマトの言葉が入り込んでくる。
「――俺はお前の都合の良い勇者様じゃねーぞ」
ヤマトが私に向けている瞳には――先ほどまでの悍ましさは無く――ただただ、私に――失望――裏切られた――哀しい目を向けていた。
その目を見た瞬間――悟ってしまった。
――きっと――ヤマトの言う通り、私は――
「……なら……私は……どうすればいいんですか……」
足の力がフッと抜け、崩れ落ちてしまう。
誰にも言えなかった自分一人だけで抱えていたものを――昨日会ったばかりの少年に――こうもあっさりと見透かされてしまうなんて。
我慢していた――ギリギリ心の中で留めていたなにかが溢れてくる――
「あのぉ……俺が言えたことではないと思うのですが……さすがに女の子を泣かせるのはちょっと……」
「マジでお前が言えたことじゃねーんだよ。黙ってろカスが……」
「申し訳ありません……」
私は魔王に復讐するため――なんでもすると誓った。なんでもできると思った。
だが、甘かった。私には復讐するための覚悟も力も足りなかった。
命令通りに少年を殺す――ことをためらい
命令を無視して勇者を助けた――のは私の目的のため
勇者の障害となるゴミを排除する――ことすらためらう
何もかもが中途半端、自己中心的な考え。
その結末がこれだ。
頼りに……いや、依存していた勇者に見限られ――このままでは――私一人の力では魔王の前にすら立てない現実が重くのしかかる。
――でも薄々分かっていた。
話してくれなかったけど、きっとお父さんは魔王と接触してる。
無傷で帰ってきたことに安堵したのと同時に――あのお父さんですら魔王の相手にならなかったことが分かって絶望した。
そして――最後の希望――ヤマトからの信頼を失った。
パパとママの仇を――私は――
「ッ……………………」
我慢しようにも溢れてくる悔しさ……せめて声を出すようなみっともない真似だけはしたくない。
これは私だけの問題。
ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……
「ソーレ、俺と契約しろ」
「……………………え?」
「女神側に付いていても、お前の復讐は達成できない。女神から見たらお前はただの駒、道具、使い捨て塵紙だ。このままじゃ順当に女神お気に入りの勇者たちが育っていって、魔王は討伐されるかもな。そこにお前の介入できる余地なんてないだろう」
「そんなこと……分かって……ます……」
「だが……俺に協力すれば、魔王にとどめを刺す権利をやる」
「え……?」
「俺は別にラストアタックに興味がない。魔王を倒せればなんだっていい。そんなに魔王に復讐がしたいんなら、勝手にしろ」
「ほんとう……ですか?」
「あぁ、約束する。もしもその約束が守れなかった時は――俺のことを煮るなり焼くなり好きにしてくれて結構だ。なんでも言うこと聞いてやる――あ、俺が死ぬ系のやつは却下で」
「……私は……何をすれば……?」
「俺に全面的に協力してくれ。もちろん、女神みたいな無茶な命令なんてしない。協力して欲しいことは……例えば、女神に嘘の報告をする……とか、今後も魔法を教えてもらう……とか、そんな感じだ」
「それだけでいいんですか……?」
「おいおい、それだけって……この契約の重要性が分かってないな?――ソーレが完全に俺の味方になってくれるだけで、今後の戦略の幅が一気に広がる。そればかりか、女神を出し抜くことすら可能だ」
目の前に手が差し伸べられる――
「……いいんですか?……私はヤマトを――」
「みなまで言うな……分かってるから……」
勇気が湧いてくる――なんでも出来る気がする――
目の前に垂らされた希望の糸を――力強く掴む。
「……ありが、とう」
「泣いてる暇なんてないぜ?――これから忙しくなるからな」
「分かって……る……」
立ち上がった時に見た――目の前の勇者は――本当に大きく見えた。
本物の――私だけの勇者だ。




