第60話「バカの語り」
「まず、お前が女神に初めて会った時から橘を襲うに至るまでの全ての経緯を事細かに話せ。特に女神の発言内容は一言一句間違えることなく、そのままの内容を教えろ。その時の状況もだ。女神に寝癖がついてたとか、鼻くそがついてたとか、そういった細かい部分も余すことなく教えろ」
「……はい……分かり……ました……」
立場を理解させられたジャックは、ヤマトの言う通り――全てを話し始めた。
……………………
…………
……
俺の名はジャック。
将来はこの国一番の魔法使い――魔導士になるという大きな宿命を背負いし男だ。
俺には才能があるんだから仕方ないよな。困っちゃうぜ。
だが、悲しいことに周りの奴らは俺の才能に気付くことすらできないようだ。
才能に差がありすぎると凡人は、天才を天才と認識すらできないようだ。まぁ、仕方ないよな……才能ないんだから。
だから俺は凡人でも分かるような結果を証明し、凡人たちに俺という存在を正しく認識させてやる必要があると思った。
だが……これが一筋縄ではいかない。
やはり俺のような存在――具体的には『勇者伝説〜魔王を倒したらハーレム100人ゲットできました〜』の物語に登場する勇者のような存在には、必ず障害や敵というものが待ち受けているもの。
俺にとっての障害は――現在の魔導士『ヴィルトゥ=オーソ』とかいうクソ老害だ。
俺に挑んで来ようともしないくせに威張るだけ威張って、年上だからってだけで周りにチヤホヤされて――本当に邪魔くせぇ。
あのクソ老害、魔導士という立場を利用して――裏でいじめやすそうな凡人を見つけては、訓練中にも関わらずどっかへ連れて行きストレス発散してるらしい。それに付き合わされた奴らは毎回ボロボロになって帰ってくる。まぁ、俺にはビビってるのか……そのいじめ対象には含まれてないがな。
そのいじめ対象の中には女魔法士も含まれていて、おそらく女魔法士には特殊ないじめをしてるに違いないと俺は睨んでるね。その証拠に、兵団一のおっとり天然系巨乳……いや爆乳であるリリーも……くそッ、老人のくせに盛りやがって。とんでもねぇスケベ野郎だ。
だが……やはり俺は物語の主人公。
ある日突然、一発逆転の大チャンスが舞い降りてきやがった。
――女神だ。
あれは、いつものように訓練場で俺には必要のない面倒な訓練に付き合わされていた時のことだった。
王と一緒にやってきた女神は俺たちの前でこう言った。
『魔王を討伐するために少しでも兵力が必要です。そこで、私直属の魔法が使える兵士のみで構成された戦闘部隊を新たに編成します』
……素晴らしい。
元々、魔導兵団という魔法士のみで構成された組織はあるわけだが、魔王が攻めてきてるってのに俺のような主力となる魔法士は戦場に駆り出されず訓練ばかりだった。
上の人間は何を考えてるんだ?
どうやら噂によるとヴィルトゥたった一人で戦場へ行き、ひとまずは魔王軍を鎮圧した――って話だが……その話からして胡散臭い。
どうせ、俺のような天才に手柄を奪われるのを恐れ、魔導士という立場を維持したいが為に一人で行ったに違いないし、権力つかって全ての手柄を自分のものにしたに違いない。
あぁ……早く手柄を立てて出世して権力持ちてぇ……
――と、思っていた矢先の出来事だった。
女神が言っているのはつまり――魔王討伐の専門部隊を作りたい――ってことだろ?
魔王の討伐――まさしく俺が求めていた、一気に成り上がれるビッグチャンス。
何より素晴らしいのが、魔導兵団という古臭い慣習で腐り切った組織をリセットし、全く新しい組織が作られる……という点だ。
そこにはウザったい上下関係なんてものは無い。完全なる実力主義。
胸が高鳴るのを感じた。
俺は当然、女神によって作られた『女神直属部隊』に志願した。
俺が魔王を倒す、もしくは魔王討伐において多大なる貢献をした場合……俺は間違いなく誰もが認める『魔導士』になることだろう。
しかも、追い風のような出来事まで起きた。
あのクソ老害が遠征から帰ってくるやいなや、女神に口答えをしたようでアイツは組織から追い出されやがった。まさかの自滅。マジで自業自得だわ。あの時は本当に笑ったなぁ。ついでに『魔導士』の称号も剥奪されりゃ良かったのに……老害は黙って次世代の英雄にさっさと席を譲れよ。
……でもまぁ、時間の問題だ。
にしても、女神は色々と意味不明なことをする奴で――俺という存在を戦力に招き入れたくせに、さらに兵力が欲しいと言い始めて、兵士として志願できる年齢を20歳から18歳にまで引き下げた。
まぁまだこれは良い。許せる。
だが、さすがにバカじゃねぇのか?――って思う行動も幾つかあった。
まず、女神直属部隊の隊長を誰にするか――って話で、俺を選ぶことなく『堅物のアデーラ』にしやがったことだ。アイツは規律だなんだと口うるさいだけの能無しだぞ。絶対選ばれた基準は実力じゃなくて年齢だ。元魔導兵団の戦闘部隊の中ではヴィルトゥの次に歳いってるからな。
続いての女神のバカ行動と言えば――魔王軍が国境にある中央拠点を攻めてきた時に静観を決め込んだことだ。せっかく魔王討伐のために女神直属部隊を編成したくせに、何もしねーってのは……もしかして女神も無能なのか……?と思ったぜ。
女神曰く『勇者を召喚した後、奪還する』って話だったんだが――
肝心の勇者様ときたら――兵士にすらなれねぇ歳のガキ共だった。この時はさすがに頭がクラっとしたね。勇者を名乗って良い年齢じゃねーだろ。女神は何考えてんだ……?
しかも甘やかされて育った感じがプンプンする乳クセェガキ共で、勇者って肩書きが無ければ徹底的に教育してやるところだ。
……まぁ、それはそれで俺にとっては都合が良い。
勇者が活躍しちまうと、魔王を討伐するという俺の見せ場が無くなっちまうからな。まぁ中には割と戦えそうな奴もいたし、勇者と呼ばれるだけの素質はあるように見えた……そう、俺に比べたら大したことない。戦ったら俺のほうが強いに決まってる。そうに決まってる……はずだ。
ちなみに勇者には当たりはずれがあるようで、良い線いってる奴もいればカスみたいな奴もいて、特に傑作だったのが――新入りのソーレちゃんに泣かされたガキは…………あ、はい。申し訳ありません。黙ります。ごめんなさい……。
……………………。
そ、そして最後に女神をバカだなぁ〜と思った出来事があって――それは最も弱い勇者たちに護衛をつけさせた――ってことだ。そこまで保護しなきゃいけないザコ勇者なんだったら適当に魔王倒すまで前線には出さずに寮母さんに寝食の面倒見てもらってりゃいいのに……とも思ったが話を聞くと、どうもそう簡単な話ではないらしい。
「これからあなたたちは、各ランクの勇者たちを寝泊まりができる場所へと案内してください。アデーラ、先ほど渡した資料の中に案内表があるはずなので、その通りに」
「承知しました……」
女神は勇者たちに中央拠点奪還作戦の内容を伝えたあと、講堂の外で女神直属部隊の全員を集め、指示を出していた。
この新組織……結成されてからやったことといえば、みんなお揃いの銀マントを着込んだり、女神の勇者召喚に立ち会ったり、回復班以外は後ろに立ってるだけで、たまーに今回のような雑務を押し付けられる。さっさと戦わせろよ。
しかも、中央拠点奪還作戦は今から一週間後だって言うし……やる気あんのかこの女神。
「……と、その前に――この中から二名、私に着いてきてください。極秘任務を与えます」
…………ん?
極秘任務……?
「人選は…………そうですね。まずはソーレ、こちらへ」
「……はい」
新入りのソーレちゃんに指名?
極秘任務……と言うくらいだ。適当な雑務を押し付けられるわけではなく、かなり重要な内容の可能性がある。
だがなぜ、ソーレちゃんに?
考えられることとしては……昼前に行われた勇者との試合の件か……?
いや、あの件で女神と話したことで気に入られた?
気軽に話しかけられるし、同性だからってのもあるかもしれない。
「あともう一人は……誰でもいいのですが、できれば若い男性が好ましいですね……誰かやってくれる方はいませんか?」
俺はチャンスだと思った。
どうせ一週間は暇。だったらこの期間に女神に気に入られ、来たる一週間後の作戦にて手柄を立てやすい配置にしてもらう。そのためにも……その極秘任務は俺がやる。
「はい!俺がやります!やらせてください!」
「……………………」
女神はジロリと俺の全身を見ると……微笑んで――
「……良いでしょう。それでは二人は私についてきてください。残りの方々は先ほどお伝えした通り、勇者たちを部屋へと案内してください。ただし、最低ランクであるコモン勇者はこの二人に案内させるので、そちらでやらなくて結構です」
「さて、ここまで来れば大丈夫でしょう。これから二人に極秘任務の内容を伝えます」
講堂から大分離れ、人気のない城壁の影まで連れてこられた。おそらく、誰にも聞かれたくないマジで重要な任務なんじゃないかと期待が高まる。
「二人にはこれより、勇者の中でも最低ランクであるコモン勇者たちの護衛にそれぞれついてもらいます」
「は……?」
なに言ってんだ、コイツ。
俺にガキの護衛……?
「あ、あの……それが極秘任務ですか……?さすがにガ……子供の世話をするってのはちょっと……」
「不満ですか?――であれば、他の方に頼みますが」
あ、これはマズい……
俺がこの程度のことすら出来ない役立たずと思われる。
「い、いえ!!不満なんて一つもありません!!是非やらせてください!!……ただ、理由をお聞きしたかっただけでして……」
「であれば、最後まで話を聞いてから反応してもらえますか?」
ヤバいなこれは……女神からの俺に対する評価がガタ落ちしたような気がする。
現に、女神の俺を見る目が軽くイラッとしてるようだし。
「も、申し訳ありません……!」
「……では続けますね。すでに把握していると思いますが、コモン勇者に選んだのは二人います」
全然把握してなかった。
コモン勇者……最低ランク……ってことはマジで無能の勇者ってことだよな……んで、それが二人いる。
まぁ、勇者があんだけ大勢いるんだったら、数人は使えないやつも出てくるわな。
「表向きの理由としては、コモン勇者は一般人と変わらないほどに弱いから、我々は守る義務がある。故に護衛として側にいる……とでも言ってコモン勇者に近づいてください」
表向きの理由……?
「そして、コモン勇者二人を監視――隙をみて暗殺してください」
……あ、暗殺!?
「そ、それは……どういうことですか!?」
俺よりも先に、隣で一緒に話を聞いていたソーレちゃんが慌てたように女神に問う。
「落ち着いてくださいソーレ。いきなり暗殺しろ、だなんて確かに物騒な話ですよね。ですが、これには理由があります」
「は、はぁ……」
「今は一般人と変わらないほどに弱くとも、成長することで相当危険な力を持つことができる……それが勇者です。本来であれば、全ての勇者を育てて魔王討伐のために使いたいところですが……育成リソースにも限りがあります。そこでランク分けを行うことで才能ある勇者を集中的に育てる、という方針なのは……すでにご存知だと思いますが――」
存じていませんでした。
しかし、隣にいるソーレちゃんは黙って頷いてるし、おそらくどっかで女神が話してたんだろう。俺も適当に頷く。
こうなることが分かってたら、もっと集中して女神の話を聞いておいたのに。
「――ランク分けには、もう一つ重要な役割があります。それは、危険因子に力をつけにくくすることです」
………………?
危険因子……?
女神がなにを言ってるのか分からない。
「二人とも、どういう意味だ……と思ってそうな顔ですね。ふふっ……簡単な話です。私がランク分けした『コモン』という最低ランクの勇者とは、国を滅ぼす思想や力を持つ――排除すべき対象、ということ。だからコモン勇者には、経験値を稼がせないために訓練には参加させず、国からの援助も最低限しか行わない。成長されては厄介事が増えますからね」
やっぱり女神の言ってることが分からない。
そもそも、そんな危険視するような奴があの中にいたか……?
「お言葉ですが……彼は国を滅ぼすとか……そのようなことをする人ではないと……思います……」
彼……?
「ふふっ……やはり手繰くんとはそこそこ交流を行ったようですね。見ていましたよ?――あの試合がキッカケで仲良くなったんでしょう?……だからあなたを今回の任務に選んだわけですが……騙されてはいけません」
「え……?」
あぁ……!
『彼』ってソーレちゃんに試合で泣かされたガキか。
あんな雑魚が国を滅ぼす……?
とても信じられないが。
「彼の固有スキルは『物を操る』という、一見すれば大したことのない能力ですが、成長次第では『人を操作』することも可能です。いえ……彼はきっとその力を求め、いずれそれを手に入れる……」
「それが……試合前にも言っていたことと関係があるのですか?」
「その通りです。彼はその力を使い、この国に厄災をもたらし……いずれ魔王と同等、あるいはそれ以上の脅威になります。そうなる前に暗殺して欲しいのです」
二人だけに分かる会話だからか、話についていけない。
「あの……すみません。俺からも聞いていいですか?――その『人を操作』できるって能力がどうして国を滅ぼすことに繋がるんです?」
女神は間に割って入った俺を見て……呆れたような眼差しを向けてきやがった。……コイツ。
「…………はぁ。例えば、国王を操作したらどうなりますか?――他の権力者を操作して内乱を起こす、とか――どんな方法をとっても悪用しかできない能力なんですよ」
こいつ、溜め息までしやがった……。
「自分の思い通りに人を操れる……これ以上ないほどに危険な能力です。普通わかりますよね?」
「はぁ……」
ムカつくな……この女神。
「言ってることは分かりますよ。でも、とてもじゃないがあのガキにそんなたいそれたことができますかね?なんか話が飛躍しすぎというか……どうして女神様はそうなるって思ったんです?」
「……………………」
あくまで俺目線ではあるのだが、この時の女神は少しおかしかった。
いや、服装からして元々おかしい奴だとは思っていたんだが、どこか……こう……
「……勘、ですかね?」
「…………はぁ?」
マジで何を言ってるんだコイツ。
暗殺を命令しておいて、ここで冗談言うってどういう神経してるんだ?
「根拠がないのに……暗殺しようとしてるって……ことですか?」
ソーレちゃんも流石にそれはおかしいと思ったのだろう。女神につっかかった。
「…………?……邪魔になる存在は早めに摘み取っておくほうが良いでしょう。後々、処理が面倒になるよりも今の時期に殺しておいたほうが良いに決まっています」
「…………?……いえ、そもそも暗殺すべきかどうかを私は聞いているんです。別に暗殺しなくても、すでにコモン勇者というランク分けをして対策をされているんですよね?であれば問題ないじゃないですか」
やけに珍しくソーレちゃんが声を荒げているように見える。
まぁ、確かにこの女神……とたんに話が通じなくなったというか、少し頭のほうが……
「……ん〜、中々どうして聞き分けが悪いですね。困りました……」
「いくら女神様の命令とはいえ、納得のいく説明をいただきたいです」
「…………分かりました。やっぱり暗殺は一旦なしでいきましょう」
「「……は?」」
「ひとまずは護衛と称して監視をメインとして行ってください。そして、逐一なにか異変があれば私に報告をする。この辺りが今は妥当ですかね」
「あ、あの……言ってる意味が……」
「暗殺はしたくないんですよね?であれば、無理してしなくても良いですよ。ソーレの言う通り、すでにランク分けで対策をしているわけですし」
分かった。この女神はあれだ。
人の話なんて聞いてなくて、自分の思ってることが正しくて、なんでも自分の思い通りになると思っていやがる自己中野郎だ。
「……分かりました。監視くらいであれば……」
「あ、ただ……その代わりにやって欲しいことがあります――」
今までの女神から一変して、どこか楽しそうというか――無邪気に遊ぶ子供のような雰囲気で――
「――護衛対象の勇者と恋をして欲しいのです」
「「…………はぁ?」」
とんでもないことを言い始めた。




