第59話「勇者のやることじゃない」
「くっそぉぉぉおおおおおおおお!!!!」
叫ぶと同時にジャックの両手から炎が吹き出す。
「うっ……!」
私は炎に巻き込まれないよう咄嗟に距離を取った。
ジャックの魔法適正は『火』
使える魔法は確か……『両手から炎を放出する』という、火の適正を持つ者なら最初に習得する初歩的なことしかできない。
ただ、ジャックが出せる炎の量は同世代の火の適正を持つ魔法士よりも圧倒的に多い。
現にジャックの下半身は大量の炎の光で隠れてしまうほどで、手に握っていた剣がみるみる赤くなっていくほどの火力だ。
まともに戦っていたなら、ヤマトの全身は一瞬で丸焦げになり――あっという間に勝負がついたことだろう。
――しかし、
直立不動の状態で拘束された今の状況では――自身の真下にある砂浜しか焼くことができない。
ある程度の距離を保ちながら後ろに立つヤマトには届いていなかった。
一見、無駄に思える抵抗に見えたが――
「……考えたな」
ヤマトは怪訝そうな顔で呟く。
…………そうか!
これだけ大量の炎があれば、いくらヤマトでも近付けない。
――つまり、トドメを刺せない。
これを一瞬で考えつき、実行できる……ジャックはやはり戦闘センスだけは――
「まぁ、想定内だけどな」
ヤマトは道を空けるように横に移動しつつ、手に持っていた道具を操作する――
それに反応するかのようにジャックは回れ右をして――
両手から炎を巻き散らしながら走り出す――
「おいっ……おいおいおいおいっ!!うそだろ――!?」
――ジャックは海へとダイブしていった。
ジュジュゴゴゴゴゴッジュゴッ――熱せられた鉄を水に入れた時のような音が響き――むわっと蒸気が立ち込める。
「い〜ち、に〜、さ〜ん――」
ヤマトはジャックのいる場所へと、ゆっくり――砂浜をサクサクと音を立てて歩きながら、数を数え始めた。
状況を理解しようと私もヤマトの背中を追いかける。
ジャックがいる場所はお風呂のように湯気が立っており視界が悪く、遠くからではどんな状況になっているか分からなかった。
だが、さすがはヤマトだ。たった一手でジャックの抵抗を無力化した。
火魔法は自身の肉体から放出された魔力に『着火』の作用を使って火をつけ放出するのが基本だ。
熟練の魔法士ならともかく、日々の修練を怠っているジャックの火魔法では大量の水に包むだけで無力化できてしまう。
ただ、ジャックは海へダイブしたといっても、あそこはまだ浅瀬のほうで――座ってようやく下半身が浸かる程度のはず。
どんな体制で――
ジャボジャプッゴボッガボッ――――
「こ……これは……?」
ジャックは浅瀬の海水でも全身が浸かるよう、匍匐前進のような体制で倒れて――浸かっていた。
火魔法を無力化するどころではなく――このままでは溺死してしまう。
そんな状況をただ静観しながら、ヤマトは――
「――じゅうろ〜く、じゅうし〜ち、じゅうは〜ち――」
今も数を数えていた。
「ヤマト……さすがにこのままではジャックが……」
しかし、ヤマトは止まらない。
私のほうを見向きもせず、じっとジャックがもがく様子を観察していた。
ジャックの火魔法はすでに解かれており、必死に息を吸おうとするも、海水の中で首だけをジタバタさせることしかできない。
先ほどのヤマトの発言――
『俺を殺す……ってことは、自分が殺されても文句はない……ってことだよな?』
まさか……本気でヤマトはジャックを……?
いつものハッタリだと思っていた。
少しでも自分を大きく見せて、相手の戦意を喪失させ、交渉へと持ち込むのだと――そう思っていた。
今までのヤマトなら、そうするだろうと。
だが、今のヤマトは違う。
本気でジャックを殺そうとしている。なんの躊躇いもなく。
ここまで人格や行動が短期間で変わるものだろうか――
いや、これが――これこそがヤマトの本性……?
「――にじゅうご〜、にじゅうろ〜く、にじゅうし〜ち――」
淡々と数字がカウントされていく度にジャックの動きが徐々に弱まっていく。
止めるべきだろうか――でも、私はさっきジャックを殺そうとした――そう、ここでジャックは殺しておいたほうが――いや、でも――ここでヤマトが殺人を犯すのは――致命的な――取り返しがつかないことになる――そんな予感――直感が――
「――ざっくり三十秒ってとこか……」
ヤマトは手に持っていた道具を操作すると――ジャックはスッと直立不動で立ち上がった。
「ごぼっ!!おぉぇえええっ――!!」
ずぶ濡れのジャックは口から大量の海水と吐瀉物が入り混じった汚物をその場にボトボトと吐き出す。
「おぇっ!!がはっ、えふっ、おぇっ――」
――さらにヤマトは道具を操作すると同時に、ジャックが動き始める。
「っ!?――やめっ……」
ジャックはその場にしゃがんだ。
そして、しゃがんだ状態のまま、まるで隠密行動でもするかのように海のさらに深い所へと前進していく。
「や、やめてく……れ……ごほっ……これ以上は……」
下半身が浸かり――腹、胸、肩と前進するごとに海水に浸かっていく――
「俺の負けだぁあああああ!!――やめてくれっ!!――死にたくないっ!!死にたくなぁぁぁい!!!!」
ピタッと――ジャックの動きが止まる。
そして、体の向きを私たちの方向――陸側へと180度、動かされる。
とても奇妙な光景だった。
海面に首が一つ。
それはまるで、処刑されて首だけになってしまった罪人のように。
……あ、目線が合った。
「そ……ソーレちゃん……助けてくれ……」
先ほどまで威勢の良い、傲慢で、自信に溢れ、怒り狂っていた男の姿は見る影もなく――
周りからイケメンとちやほやされていた青年の顔の穴という穴からは、みっともなく鼻水やら吐瀉物などが垂れていた。
「喋るな」
そんな情けない男に容赦なく冷たい言葉を吐き捨てる勇者。
「ひっ……」
ジャックはヤマトを見ると、ひしゃげていた顔がさらに恐怖の感情を帯びる。
「お前にこれから幾つか質問する。嘘偽りなく答えろ。もし、嘘をついたり、だんまりを決め込んだり、質問と関係ない発言をしたと俺が判断した場合――さっき沈めた秒数に十秒を追加して海に沈める。さっきお前は三十秒耐えた。次、余計なことをしたら三十秒に十秒を足して、四十秒沈める」
……え?
「ひぐっ……!?」
これはまさか……いや、間違いない。
ヤマトはジャックを水責めの拷問にかける気だ。そして――
「それじゃあ――質問を始めるぞ」
有益な情報を絞り尽くした上で――殺すつもりだ。
そのことにジャックも気付いたのだろうか。
表情に絶望の感情がみるみるあらわになっ――
しかし――
「――そッ」
ジャックは何かを覚悟したかのように、首を私に向けて――
「ソーレちゃんッ!!コイツを今すぐ殺してくれェ!!」
最後の頼みの綱と思ったのだろうか――声を絞り出しながら、私に全力で助けを乞いだした。
「女神が言ってた『最悪の事態』が起きてる!!――コイツ、人を操作できる能力が覚醒してるぞ!!」
「え……!?」
…………そうか!
言われてみれば、なぜヤマトはジャックの動きを完全にコントロールできている?
それはつまり――人すらも操作できるようにヤマトがこの短期間で成長した、ということ?
であれば――
「……興味深い話をしているな。だが、誰が話して良いと許可した?」
「考え事をする暇なんてないぞ、ソーレちゃん!!今、ここで――ここでコイツを殺しておかないと、魔王と戦う前に国が滅びる!!」
「ん……?」
女神はヤマトを含むコモン勇者に護衛をつかせる任務を与えた際――私とジャックの二人だけにヤマトの危険性について説明した。
ヤマトの『こゆうすきる』――能力には、成長次第で人を操作できる可能性がある……らしい。
これを野放しにしておくと、魔王を討伐する前に国が滅びる――だからこそ手を打つ必要がある。
だが、そこまで成長するには相当な時間がかかるらしく、その前に手を打てば私たちでも難なく処理できる……らしい。
――国が滅びる。
そう女神に言わしめるほどの力――
――最高だ。
私は最高の勇者の護衛につけた。
国を滅ぼせるほどの力を持つ――それはつまり、魔王を倒しうるだけの力を持つ可能性が高い、ということ。
まだまだ課題は多いにせよ、今後の成長次第でヤマトなら魔王を討伐するところまで行けるはず。
そうなれば――私が魔王を――
「ふふ……」
思わず口から笑みがこぼれてしまった。
「……ふぇ?」
「……………………」
ジャックは呆然と私を見つめ、隣にいるヤマトは横目で――冷たい目線を向けてきた。
「あ……失礼しました……申し訳ありませんがジャックさんの提案には乗れません」
「な、なんで!?」
「仮に私がヤマトを殺せたとして、その後はどうなるんですか?あなたは先ほど私を襲おうとしました。ヤマトが倒れた後、私が無事である保証はありませんよね?」
「そ……そんなことは絶対にしない!!だから――」
「信頼できません」
「……ッ!!」
まぁ……私が最初にジャックを殺そうとしたのが原因だとは思うけど……無力化されて襲われるのは別の話だ。女の敵は滅ぶべし。
「それに、私ではヤマトを殺すことは不可能です」
「ど、どうしてだ!?」
「あなたの今の状況が答えですよ。ヤマトが人を操れる能力に目覚めているならば、変な動きをすれば私も同様に操られておしまいです」
「いやいや、殺れるだろ!今、手に持っている剣でスパッといけば――」
「無茶を言わないでください。能力の発動条件が分からないのに動けるはずがありません。勇者の能力は私たちの想像を超えます。現にあなたはどうやって自分が操られたのか、説明できないですよね?」
「うっ……それは――」
本当に説明できないんだ……まぁ、それはそれで都合が良いけども……本当にこの人って戦闘センスはあるのに頭が残念なんだな……
ヤマトが能力を発動できる条件は『操りたい物質に触れる』
そして、手に持っている道具をかちゃかちゃと動かし始めると、操作が開始される。
――これが今までのヤマト。
今のヤマトはおそらく、物質のみならず、人をも操れる状態になっている。
となると、おそらく条件を満たしたタイミングは――ジャックに蹴られた時。
発動条件は今までと変わらず『対象に触れる』だと思うが、もしかしたら――
自分に危害を加えようとしてきた者を自動的に操作対象にする――といった能力が追加されている可能性もある。
宿舎でジャックに襲われていたタチバナという勇者はカウンター系の能力だったし、ヤマトもそれをヒントに防御面を考えてそういった能力を追加で手に入れた可能性がある。
その可能性が少しでもある限り、私はヤマトに危害を加えることはできない。
ただ、触れずに条件を満たして操作できる――といった能力はまだ手に入れていないはず。
もしそんな能力を持っていたとしたら、無駄に蹴りなんてもらわないはずだ。
それに……ジャックは根本的なことが分かっていない。
ヤマトは国を滅ぼせるような残忍な人じゃ――
「……とりあえず、余計なことしたから四十秒沈める」
「なっ……早く!!ソーレちゃ――」
トプン――とジャックはまたも海に潜らされる。
「い〜ち、に〜、さ〜ん――」
――あれ……でも待って?
今のヤマトは――本当に勇者として活躍してくれるのだろうか……?
……………………
…………
……
「――さんじゅうきゅ〜、よんじゅ〜」
ヤマトは手に持っている道具で、かちゃっと音を鳴らすと――
「――ぶはっ!!がはっ、おぇ――」
ジャックが再び、海面に顔を出す。
「……はぁ……おぇ……はぁはぁ――」
「次、余計なことをすれば五十秒沈める」
「…………ッ!!」
怯え、震え、悲痛な眼差しでヤマトを見上げるジャック。
あ……こっち向いた。
喋らずとも『助けてくれ……』という眼差しを私に向けてくる。どんどん可哀想に思えてきたが――やってきたことがやってきたことなので、同情心が薄れていく。
「人生の中で『絶対にこんな死に方はしたくない』って死に方あるだろ?」
ヤマトはゆっくりと話し始める。ジャックにしっかりと『理解』させるために。
「――例えば、飛行機に乗って……あ、分かんねぇか……物凄く高いところから落下死するとか、家が火事になって逃げ場がない場所で生きたまま焼かれて死ぬ……みたいなさ……あるだろ?」
「……………………」
「その中でも一番怖いって思うのは……『溺死』だと思うんだけど……お前はどうかな?」
「…………ッ!!!!」
「俺が全ての質問を終えるまで……これ以上、余計なことして死なないでくれよ?」
もはや、ジャックに抵抗の意思はない。
全てを諦めたような――目から光が失われていくのが分かる。
それも無理はない……私すらゾッとした。
横にいる勇者は先ほどの言葉を――
――口角が限界まで上がった、不気味なほど気持ちの悪い笑みを浮かべながら、ジャックを苦しめるのが楽しくて楽しくて堪らない声で言うのだから。




