第58話「挑発?」
「しゅしゅっ!――しゅっ!……しゅしゅっ!」
「「……………………」」
目の前で何が行われているのか、私には理解できなかった。
ヤマトは何かと……戦っている?……かのように拳を振り回していた。
両腕を前に構えて……あれはファイティングポーズのつもりだろうか……?
しかも、腰の使い方がまるでなっていない。
腕だけを振り回している姿はまるで素人。
いや、それどころか……まるで子供が喧嘩をしているような感じだ。
「お前……なに……してんだ……?」
「しゅっ!……見て分からないか、しゅっ!……ウォーミングアップだよ…………しゅしゅっ!」
先ほどまでヤマトに相当酷いことをしてから殺してやると息巻いていたジャックが呆気に取られている。
「はぁ……しゅしゅっ!……はぁ、しゅっ!……はぁ……」
息切れしてる……
「……お前は……どこまで俺のことをバカにすれば……」
「はぁ……はぁはぁ……」
血管が浮き出て目が血走るほどの怒りをあらわにするジャックを無視し、ヤマトはその場で息を整えている。
改めて見ると……ヤマトはひ弱で細すぎる。
街の子供達のほうが、まだ力があるし体型もがっしりしているだろう。
「はぁ……はぁ……んく……見て気づかないか……?」
「……あぁ?」
「お前なんて俺の拳で倒せる、って意味だよ」
「…………殺すっ!!」
ジャックが勢いよくヤマトへと走り出した――
「――ヤマトっ!!」
ジャックを止めようと私も走り出したが――間に合わない――
「ちょ……やめ……!」
ヤマトも突然向かってくるジャックにたじろぎ、その場から動けていない。
――ジャックは勢いのまま、その場で軽く飛び――
ヤマトの胴体めがけて思いっきり飛び蹴りを喰らわせた。
「うごぉっ――!!!!」
5メートルは蹴り飛ばされ、ゴロゴロと転がっていき――
「――うぉえ……かはっ!!……あ……あぁが……」
みぞおちに入ったのだろうか……お腹を抱え、芋虫のようにその場で悶絶している。
「……ふぅ……スカッとするぜぇ……悪くない蹴り心地だな」
倒れた相手を見下ろし、愉悦に浸る……いつものジャックがそこにいた。
「さぁ……早く起き上がれよ、なぁ?……まだ始まったばっかだぜ?」
……止めなくては……このままだと本当にヤマトは殺されてしまう。
私にできるか……?
――いや、不可能じゃない。
油断している今なら、背後から――
――『気配消し』
音を立てず……静かに剣を抜く――
私にできるか……?本当に……?
いや、私はヤマトを一度本気で殺そうとした……
できる……絶対にできる……
今、ここでジャックを殺さないと……
ヤマトを生かして……魔王を……
やれ……やれやれ殺れっ――!!
「手を出すなソーレっ!!」
思わず体が硬直する。
「え……?」
ジャックが後ろを振り向く――
「なっ……ソーレちゃん?……え、なにして……?」
ジャックに気付かれた……!
このタイミングしか無かった……なのに……
「なんで……なんで止めるんですか!!」
ヤマトはゆっくりとお腹を抱えながら起き上がる。
「もう……勝負はついてる……」
「え……?」
痛そうにお腹を抱えている右手――
そして、だらんと垂れた左手には――
――いつもの黒い何かが握られていた。
「それは……まさか……」
「……ソーレちゃん……その剣で……まさか俺のこと……」
「でも……なにを……?」
「……もしかしてソーレちゃん……あのガキに……?」
あの手に握られているのは、ヤマトが何かを操作している時にいつも出している道具……
「……ははっ……ソーレちゃんってああいう奴が好みだったの?……へぇ〜……」
でも、ここには操作できる物なんて……
「でもさ……これはさすがに言い逃れできないよね?」
まさか……私たちがここに来る前から――すでに何かを操っていた……?
「これは明確な命令違反だ!そんな悪い子には『おしおき』が必要だよなぁ!!」
でも……一体なにを……?
どこに隠して……
「おっとっと!あのクソジジイの後ろ盾はもう無いんだぜ?アイツはもう兵団を引退したからなぁ」
「……そろそろ黙れよ……気持ち悪いぞお前……」
「やっと起き上がったか……ん〜〜〜……へへっ、良いこと思いついた」
「一応、聞いておいてやる」
「お前をボコボコにした後でお前を助けようとした哀れなソーレちゃんをたっぷりと教育してやるのよ……お前の目の前でな」
「やっぱ聞くんじゃなかったわ……」
「でも、その前に……いつ背後を狙われるか分からないからな……先にソーレちゃんを戦闘不能にさせてもらうよっ!」
「……え?」
気付けばジャックは剣を抜き――私へと襲い掛かろうとしていた。
「あんまり抵抗しないで、ねっ!」
「くっ……!」
「――止まれ」
「――ぐおっ!?」
「……ッ!?」
ジャックは後ろから何かに強引に引っ張られたように動きが止まった――
「…………これは?」
――いや、正確には……その場でいきなり直立不動の状態になった。
「がっ……体が……うご……かねぇ……」
直立不動の状態で首だけをガシガシと動かすジャック……
まるで何かに拘束されていているような……
「なんだ……なにが起こって……!」
必死に抵抗するも……直立不動の状態のまま首だけが動き回っている。
「ジャック……俺の勝ちだ」
砂浜をゆっくりと踏み鳴らし、近づいてくる足音がする。
「……ま、まさか……これは……お前の仕業か!?」
「俺……好きな言葉があってさ……確かあれは……え〜っと……なんの作品だっけか……」
「は、はぁ……?」
「まぁいいや……うろ覚えで悪いんだけども……」
ヤマトは少しだけ何かを警戒するように距離を保ちつつ――固定されて後ろを振り向くことすらできないジャックの背後に立つ。
「ず〜っとお前は言ってたよな?……俺を殺す……って」
「は……?」
「俺を殺す……ってことは、自分が殺されても文句はない……ってことだよな?」
「…………う、うわ……うわあああああああああああああ!!!!」
先ほどよりも強い力で首を振り回し、謎の拘束を振り解こうとする――
――が、首以外は微動だにしない。
星空の光で海面が反射し、ヤマトの背中を自然の光が包む。
光のせいか、顔は影で覆われてよく見えない。
――目を凝らして、背筋がゾッとした。
こんな状況下にも関わらず……なぜ……あなたは……
子供のような笑顔ができるのですか……?




