第57話「交渉決裂」
私はヤマトが指定した場所までジャックを案内していた。
指定の場所とは……今日お父さんとヤマトが戦った砂浜。
あそこなら確かに人目にはつかない……どんなことが起きようとも……
さらに、ヤマト曰く――
『三人一緒に出歩くのはマズい。途中の門番に見つかると後々ややこしくなる。だから、俺一人で先に砂浜に行ってるから、十分後くらいに二人も移動してくれ。砂浜で合流しよう』
――とのこと。
ヤマトは一体なにを考えているのだろうか……
計画通りにいけば、ヤマトは死んだことにして逃亡――女神の魔の手から回避できるし、ジャックはヤマトを殺した恩賞を女神からもらえる……というお互いにメリットがある話だが……
私は賛同しない。
勝手に一人で決めて……お父さんとの修行はどうするつもりなんだろうか……。
でも、砂浜の近くに野宿しつつ、食料はお父さんや私が運べば……不可能ではないのかも……
女神からの暗殺を回避しつつ、魔王を倒すための修行に専念できる……
いや、今考えると……普通にアリかもしれない……
…………いやいや、だったら寮母さんの約束は……?
中央拠点奪還作戦に参加しないと、誰が寮母さんの息子を……
他の勇者たちはアテにならない……期待できるのはヤマトだけ。
必ずヤマトを強くして魔王を……そして私の目的のために……
どちらにせよ、今はヤマトと合流するしかない。
そこでしっかり話し合えば……
…………話し合う?
ふと横を見ると――隣を歩くジャックは、先ほどまで震えて弱々しかった姿が消え――
無言で遠くの暗闇を睨んでいる。殺意むき出しだ。
これは……とても、ヤマトを逃がしてくれそうな雰囲気ではない。
ジャックはヤマトを殺すつもりではないか……?
いや、でもこうなる可能性だってヤマトなら分かっているはず……
……まさかヤマトは、本気でジャックと戦うつもりなのだろうか……?
それは流石に無茶だ。
私が知る限り、ヤマトには戦える術がない。
お父さんも昼間に言っていた。操作できる武器が無いとヤマトは無力……。
……いや、もしかして――
この時間を利用して武器を調達している……?
あくまで体内時計での計算ではあるが、ヤマトが出発してから約十分後に私たちも移動を開始した。
このわずかな時間で武器を調達――あるいは罠を仕掛けておいてジャックを撃退するつもりなのでは……?
「なぁ、ソーレちゃん……」
「……はい?」
「悪いが……俺一人でアイツを殺らせてくれ。手柄は全部貰うが……構わないよね?」
やはり……ジャックはヤマトを……
「……分かりました」
「よし……!」
ヤマトが今のうちに武器を調達したりしてるなら……私が取るべき行動は……
時間を……稼ぐ……?
一応、暗いせいで道に少し迷った……という理由で数分は時間を稼ぐことにしよう。
城下町の道を進んでいくと……見慣れた曲がり角が見える。
あそこを曲がればお父さんの……
……………………
いや、待って……?
もしかしてヤマトは、お父さんのところへ助けを求めるために私たちよりも先に砂浜へ向かった……?
だとしたらヤマトが死ぬことはありえない。
助かる……!
なるほど……そういうことだったんですねヤマト!
……………………
…………
……
「……遅かったな」
「え……?」
合流場所である砂浜に辿り着くと――
そこにはヤマト一人だけが立っていた。
しかも、武器すら持っていない……手ぶらだ……
なにしてるの……?……このままじゃ……
「それじゃあ、今後の話をしようか……」
「話し合いは無しだ」
マズい……
「どういうことだ……?」
「お前をここでぶち殺して、世間には勇者一人が逃亡したってことにし、女神からはキッチリ恩賞をもらう。これが俺にとっての最適解だ。お前を逃がしたとしても、どっかで女神に見つかれば、それこそ俺の信頼はガタ落ちだ」
「……………………」
「こんな当たり前なことにも気付けないなんて……間抜けくんだなぁ」
「本当に逃がしてはくれないのか……?」
「あぁ?物分かりが悪いなぁバカが……お前は本気で許さねぇ……よくも……俺に恥をかかせてくれたな……」
「お前の存在自体が恥だと思うが……?」
「強がってんじゃねぇぞ……いいか?……お前をこれから徹底的に痛めつけて、裸にひん剥いて、百回謝るまで拷問してから殺してやるよ……今度は泣いたって誰も助けちゃくれねぇからな」
「……………………」
「いや……待てよ……?この場にあのデブ女を連れてきて、目の前でお前を殺すってのもアリだな。俺にあんなことをしたんだ……これくらいは当然だろ。いや、お前を殺す前にデブ女の前で裸踊りをさせるってのも良いなぁ」
「…………はぁ」
ヤマトは右手で『くいくい』っと手招きをする。
「俺は最初から『戦いたい』って言ってたのを覚えてないのか?……カス低脳。まぁでも、醜さだけならお前はとっくに魔導士クラスだよ」
「…………決めた。両目もくり抜いてから殺し…………」
ジャックは何かを見たのか……絶句していた。
「は?……なんだ……その手……?」
「……?」
「その右手……指、足りなくないか……?」
星々の光が海面で輝いているせいか、夜なのに指の本数まで確認できた。
「…………あぁ、これか。昼間に無くした。気にしないでくれ」
「……はぁ?」
「戦う前にウォーミングアップしていいか?」
「…………はぁ?」
ヤマトは……謎のファイティングポーズを取り――
「……しゅ……しゅしゅ……しゅ……」
――とても奇妙な踊りを始めた。




