第56話「護衛の末路」
「提案……だと?」
「場所を変えよう。誰も人がいない、邪魔の入らない場所で戦いたい」
「………ははっ、そういうことか。隙を見つけて俺から逃げるつもりだな?――虚勢を張っているとは思ったが……俺は別にここでも構わないぜ?――ほら、さっさと来いよ!」
「これはお前のための提案だ」
「……あぁ?」
「人目があって証拠も残りやすい……こんな場所で俺を殺してみろ……女神のお気に入りである岡守先生が黙ってはいない」
「……おいおい……はははっ……何を言うかと思ったら……まさか他の勇者に庇ってもらうつもりかよ!脅しのつもりか……?」
「違う。女神は岡守先生に嫌われたくないから……勇者たちを納得させるために、女神はお前に全責任を負わせて処刑するだろう。まぁ、トカゲの尻尾切りだな」
「…………は?」
まさか……
いや……ありえる……
あの女神なら……平気で……
一歩間違えれば……処刑されていたのは……
でも……どうしてヤマトは……その発想に行き着く……?
「…………ハッタリだろ?――俺がどうしてそんな…………はぁ?――根拠のねぇ嘘で俺を騙そうったって――」
「根拠はある。お前が橘の護衛につかされてるってことだ」
「……どういう……ことだ?」
話し合いなんて通じる相手ではなかったジャックが……ヤマトの言葉に耳を貸している。
完全にヤマトのペースだ。
「橘の能力は全ての勇者の中でも最強と言っていい。なんせ、自身が受けたダメージや精神的苦痛すら全て跳ね返すからな」
「……でも女神は、あのデブ女を……お前と同じ最弱の勇者だ……って言ってたんだぜ……?」
「なぜ最弱の勇者と判定されているのに、わざわざお前たちを使って暗殺を命令する必要がある?」
「それは……」
「お前は橘の暗殺を命じられていると同時に、封殺する命令も受けているよな……?――先ほど橘を襲っていたのもその一環だと思うが……俺が止めていなかったら最悪の場合……お前、死んでたぞ?」
「なっ……なんだと!?」
「橘……お前さっき、コイツにビンタされてたよな?」
部屋の中で隠れるようにこちらの様子を伺っていたタチバナがピクッと肩を揺らす。
「お前の能力……試しに使ってみてくれないか?」
それはあまりにも酷だ。
先ほどまでジャックに押し倒され、さぞ怖い思いをした少女に……なんてことを……
だが、ヤマトの瞳は拒否を許さない。
「……わ、分かりました……でも、どうすれば……?」
「念じるだけでステータスが確認できたように、コイツから受けた仕打ちや精神的苦痛を全て跳ね返したい……と念じてみてくれ」
タチバナは言われた通りにヤマトに従う。
「ははっ……冗談だろ……?そんな無茶苦茶なことが……あるわけ――」
今まで余裕ぶっていたジャックだが――数秒後には――
「な……なんだよ……これ……」
次第にジャックの体が……何かに怯えるように震え出す。
「や……やめろ……なんなんだよこれぇ……何かが……俺の頭の中に流れこんできて……うぅ……ぅああ」
ジャックの顔色が急激に青ざめていく。
そして――
「うわぁぁぁぁあああああああ!!!!――やめろぉぉやめてくれえぇぇぇぇぇ――――!!!!――いやだいやだいやだぁぁぁぁ!!!!」
その場でくずれ落ち――生きたまま鍋に煮込まれる生き物のように――頭を抱えジタバタと――もがき叫んだ。
そして――最後には――
「――へぶしッ!!!!」
なにか見えないものに殴られたかのように――ジャックの頭が勢いよく跳ねる。
「……くぅ……はぁ……はぁ……なんなんだよぉ……くぅ……なんなんだよコレはぁ……!?」
先ほどまでの威勢は消失し――その場でうずくまり何かに怯え続けるジャック。
イケメンと持て囃されていた青年の姿は見る影もない。
「これが橘の能力だ」
異常だ。異常すぎる――
こんな力が――存在していいの?
「お前はこんなヤバい能力を持つ勇者の封殺を命令された。さすがのお前でも……意味、分かるよな?」
「……うっ……ぐぅ……」
「はじめからお前は、ただの捨て駒の道具として使われてたのさ。橘を封殺できれば良し、お前が壊れて使い物にならなくなっても橘の未知の能力が解明できて今後の対策がとれる……酷い話だよな?」
「……ちく……しょう……」
ヤマトはうずくまるジャックに寄り添うように肩に触れる。
「さっきはバカにして悪かったな、ジャック……お前、将来は魔導士になりたいんだろ?――ということは、一つでも多くの成果を上げたくて仕方ないし……焦ってる。だが、橘を暗殺したり封殺するのは諦めたほうが良い。今ので身に染みて分かったろ?」
「……………………」
「そこで……さっきの俺の提案だ。誰も人がいない、邪魔の入らない場所で戦わせてくれたら……俺を殺せた成果をやろう」
「――ヤマト!?」
「……どう……いうこと……だ?」
「簡単な話だ。ジャックが俺を暗殺したことにして、俺は姿を消せば良い。表向きには俺が今度の作戦に怖気付いて逃げてしまい行方不明、ってことにして、ジャックは女神に『俺の暗殺に成功した』と報告する。そうすれば、お前は処刑されることなく成果も得られるだろ?――人気のない場所なら、それが可能だ」
「…………お前に……なんのメリットが……ある?」
「女神からの暗殺を回避できる。俺もいちいち女神に狙われながら、この異世界を生きるのは面倒だからな。死んだことにしたほうが都合が良い。あと、条件があるとすれば……橘には二度と手を出さないでくれ。まぁ、あんな目にあったんだ……そんなこと出来ないと思うがな」
「…………へへっ……なるほ――」
「ふざけるなッ!!!!」
誰かの叫び声が聞こえた。
いや――これは――
私の声……?
だが……気付いたところで止まれなかった。
「ヤマト……!!――あなたは……魔王を倒すんじゃなかったんですか!?――寮母さんとの約束は……どうなるんですか?」
「え……ソーレちゃん……?」
「……………………」
「……暗殺がなんですか!……そんなことに怖気付く人じゃないでしょう……あなたは……」
……私の……『希望』
「ソーレ……」
「――少し黙れ」
「…………ッ!?」
ヤマトが私に向けた瞳にゾッとする。
「ジャックの件が終わったら幾らでも話を聞いてやる。俺もお前に話したいことができたからな」
明確な怒り……私に対して……?
「さぁジャック……俺の提案に乗ってくれるか……?」




