第55話「ヤマト」
私の隣にいる勇者――ヤマトの横顔をまともに直視できない。
でも……どんな表情をしているかは分かる。
先ほどのヤマトの挑発に激昂し、ベッドから降りて――
ゆっくりと威圧するかのように立ち上がったジャックすら――
ヤマトを見た瞬間……怒りを忘れ――
兵士として、なんらかの危険を察知したかのように警戒を始める。
「こっちへ来いよ。外で話そう」
私は道を空けるように部屋の入り口から離れ――ジャックは黙ってヤマトの背中に距離を空けながら付いていく。
宿舎の通りは、広くはないが狭くもない。城下町の舗装された道ほどの幅はある。
すでに日は沈み――星の光がほのかに人影を作る。夜目はきいてきたが……誰がどんな顔をしてるかなんて分かるはずもない。
だけど――
「おい……さっきはよくも舐めた口きいてくれたな……そして今もだ……俺に対して調子に乗った罪は重いぞ?――徹底的に痛ぶって……昨日の時みたいにワンワン泣かせて……最後は全裸にひん剥いて無様に殺してやるよ」
「一つ提案がある」
――ジャックの方へとゆっくり振り向くヤマトの表情は確かに見えない。
ただ、かすかに見えた瞳には――『あの時』見た……
……………………
…………
……
私は女神の命令でヤマトと試合をさせられた。
しかも、勇者ではあるが私よりも見るからに年下の少年相手に女神は――
『彼は将来、この国に災厄をもたらす存在かもしれません。我々の敵である魔王と同等……あるいはそれ以上の脅威に化ける可能性があります。今ここで彼を事故を装って殺しなさい。殺した後のことは私が責任を取ります』
意味が分からなかった。
最も優先されるべきなのは魔王の討伐。
将来的に魔王と渡り合えるのなら、生かしたほうが良いに決まっている。
それに……先ほどまで兵士の甲冑にダンスをさせる程度の力しか持たない、見るからに弱々しい少年が本当に魔王と……?
意味が分からない。
『無知な私に教えてください。なぜ……あのような少年を殺す必要があるのですか……?私にはどうしても……あの少年が魔王を倒せるほどの実力があるようには……』
女神の表情から愛想笑いが消え――無感情になった女神の瞳の奥には――
まるで私を人として見ていないような――まるで……
『私の命令が聞けないのですか?』
『い……いえ……そういうわけでは……』
口答えをするな――そう言われているようだった。
『……ふふっ……ソーレは優しいのですね……ですが、命令は絶対です。今ここで彼を殺さなければなりません。その理由を話すこともできません。これは女神である私だけが知っていれば良いことです。あなたはこの世界を滅ぼすのと、彼を殺すの……どちらを選択したいですか?』
そこまでの極端な話なの……?
全く腑に落ちない。
……正直、女神のことは信用していない。
過去に女神と会ったことのある、お父さんの話を事前に聞いていたから――というのもあるけど……
この女神は――大昔の勇者伝説の話に登場する女神像とはかけ離れ過ぎている。
初めて会った時から、正直……幻滅していた。
……そして、今この場にいる勇者たちにも幻滅している。
兵士に大怪我を負わせた勇者もそうだが……彼らはまるで娯楽感覚。
緊張感が足りなさすぎる。
街の子供達でも……これほど楽観的ではないだろう。
こんな人たちが勇者なはずない。
そう思っていた――
私の目的のためにも……本気でヤマトを殺すつもりで試合に臨んだ。
本物の勇者であるならば……私程度に負けるなんてことはないだろうが……
――案の定、殺せる寸前までいった。
ただ、『かげおくり』で作った分身体が想像以上に破壊されている。
あのダメージは……最悪、死ぬかもしれない。
女性には手を出せない……とか言っておいて……この男……。
しかも、あっさりと負けを認める……
苛立ちがこみ上げてくる。
甘い……甘すぎる……
もういっそ、一人くらい死ななければ……勇者もどき達は目を覚まさないのではないか……?
魔王に降参なんて言葉は通じない……通じていたなら……パパとママは……
そこからは――ひたすらにヤマトを追い詰めた。
喉を潰し……嘘で脅し……腕をへし折り……『ドレイン』で根こそぎ体力を奪った。
せめてもの情けで……『痛み消し』だけはしてあげることにした。
最後は楽に死ねるように……
一瞬で喉を掻き切って……
その時だった――
ヤマトから――尋常ではない異質な『殺意』を感じた。
いや……『殺意』と呼ぶにはあまりにも醜悪。
お父さんが兵士たちを鍛える光景をよく目にしていたから……『殺意』には見慣れていた。
お父さん曰く、『殺意を持って特訓しないと、アイツら成長しないもん』……とのこと。
『殺意』とは、あくまで相手を人として認識した上で行われる覚悟のようなもの。
家畜を殺す時ですら、決して無感情ではなく――例えそれが作業として慣れたことだったとしても、生命に対しての敬意は感じるもの。
なのに、ヤマトが私に向けていた瞳は――
人を人とすら見ていない――まるで道具でも見るような――
邪魔な埃を捨てる――くらいにしか思っていない『殺意』だった。
誰にでも見せるような瞳ではないのは分かっている。
自分が殺されそうになっているのだ。
『殺意』は当然抱くだろう。
でも――これはあまりにも――あまりにも醜悪な――
この瞳はまるで……先ほど女神が見せていた、あの……
気付けば、私は身動きが取れなくなっていた。
この『歪んだ殺意』に気圧されたのと同時に――
ヤマトから底知れない力を感じた気がした。
必ず訪れる死――それを連想させるほどの――
私という存在が一瞬で破壊されるような恐怖を――
――と、思っていたのだが……
どういうわけか、先ほどまでの圧がみるみるヤマトから失われていく……
先ほどまでとは別人のように……
なにかあったのだろうか……物凄く動揺している……
ただ、野放しにはできない――
このままでは本当に殺されてしまうと思った。
なんとかナイフを握る手に力を加え――喉を切り裂こうとしたが――
そこで勇者たちの責任者……?――に止められた。
――本当にヤマトは不思議な勇者だ。
私のことを半殺しにしておきながら、本気で心配したり――
話せば話すほど……とてもあの『歪んだ殺意』を出した張本人とは思えなくなる。
あれは別人格でした……と言われれば普通に納得してしまうかもしれない。
だが――今、目の前にいるヤマトの瞳からは――
――あの時の『歪んだ殺意』が宿っていた。




