第54話「なんのために、誰のために」
「なに……やってん……ですか?」
俺はなにを言っている……?
絞り出したかのような声が――無意識に喉から出ていた。
橘に覆い被さり、腕を掴んでどうにかしようとするジャックの動きがピタッと止まる。
こちらを振り向く眼光に――俺は蛇に睨まれたカエルのように動けなくなる。
「……なんだ……泣き虫のガキに……お、ソーレちゃん!」
「ジャックさん……これは、どういうことですか……?」
ジャックの背中に隠れていた橘の瞳からは大粒の涙がこぼれ落ちるのが見えた。
橘と目線が合う――
言葉はなかったが、『助けて』という眼差しが俺の心に深く突き刺さる。
「どうもこうも……女神からの任務を遂行してるだけだけど?」
女神からの任務……だと?
ゾワっと背中から湧き上がるような怒り。
チリチリと何かが体内で燃えるような感覚。
今すぐ――ぐちゃぐちゃにしてやりたい衝動。
――だが、動けない自分がいた。
「……ですが、これはさすがに……やりすぎではないですか?」
「はははっ、面白いこと言うねソーレちゃん。俺が親切にも健気な少女を優しく慰めてあげようとしてるんだぜ?大丈夫大丈夫、俺のテクがあればイチコロだって」
こいつは何を言ってるんだ……?
目の前の悪意に思わず頭がクラっとする。
「それは……」
ソーレも俺と同じことを考えているのだろうか……
言葉を選びつつもどうにかこの状況を治めようとしている。
「あ、もしかして……ソーレちゃんも混ざりたい感じ?」
「は……?」
「せっかくだし、そこのガキも一緒に四人で楽しめばソーレちゃんの任務も進んで良くない?」
任務が進む……?
「ジャックさん……それ以上は……」
「……ははっ、冗談だって。さすがに恥ずかしいか。まぁ、ソーレちゃんはゆっくりで大丈夫じゃない?俺はさっさと昇進したいから一気に終わらせるけど」
ジャックは橘のほうに視線を戻すと、再び強引にベッドへと押さえつける。
「いやっ!!――離し……てっ!!」
「……抵抗すんなよ。大丈夫だって、優しくするから」
「待って……ください……!」
咄嗟に出た一言がジャックの動きを止める。
――が、振り向いてはこない。
「……おい泣き虫。なんか文句でもあんのか?」
「……………………」
「邪魔だ。失せろ……でないと殺すぞ?」
体が鉛のように重い――全く動けない。
今日のヴィルトゥとの戦闘を思い出せよっ!
あんな化け物と比べれば――こんなカス野郎なんてミジンコ以下の存在だろ?
なのに――なぜ俺は動けない?
――いや、分かってる。
コイツはヴィルトゥとは違う。
ヴィルトゥには正直……尊敬できるほどの器のデカさと圧倒的な善を感じた。
だから、怖くても立ち向かえた。
純粋に戦ってみたい、自分の力を試してみたい、と素直に思えたからだ。
だが、目の前の男は――『悪』
相手の痛みに無頓着で自分の行動が正しいと勘違いする低脳。
話なんて通じやしない。
ムカつく相手は暴力で黙らせようとする知性のカケラも持ち合わせない害獣。
染み付いてるんだ――カラダに。
不良に暴力を振るわれないように――
目をつけられないように――
見て見ぬふりをし――
何事からも逃げてきた――
――負け犬根性が染み付いているんだ。
「あ、もしかして……泣き虫くん、混ざりたい感じ?」
「え……?」
「はははっ、なんだよ……それならそうと、はじめっから言えって。そこのベッドに座ってな。俺が終わったら使わせてやるから」
必死に抵抗する橘と再び目線が合った。
恐怖……絶望……様々な感情で濡れた瞳に――
胸がギュッと締め付けられる。
俺はこの世界に召喚されて、少しは強くなれた気がしていた。
――でも勘違いだった。
根っこの部分は何も変わっちゃいない。
なりゆきのまま――自分に酔って――
何かができる気がしていただけの勘違いクソ野郎だ――
ジャックは俺のトラウマ――
過去の自分が最も恐れていた存在そのもの。
この場をどうにかしようと思っても――
ヴィルトゥの言葉がチラつく――
――『お前の最大の弱点は『操作できる武器が無いとまともに戦闘できないこと』だ』
俺は手ぶらだ。
操作できそうな武器がない。
俺は無力だ。
この問題を解決できるほどの力を持ち合わせていない。
運が悪かった。
まさかこんなに早く、ジャックが行動するとは思っていなかった。
ジャックを止めようとして戦闘になっても勝てないだろう。
ジャックの魔法に俺の能力は有効じゃない。
ヴィルトゥの時のようにはいかない。
運が悪かった。
運が悪かったんだ。
俺は悪くない。
俺は悪く――
『自分に素直になって生きてみろ。お前はまだ何かに縛られている』
素直に生きる……?
俺が縛られてる……?
『――答えはいつでもお前の中にある。それを忘れるな』
答えが……
俺の中に……?
俺は……何がしたい……?
過去を変えたい……?
いや、違うな……
――『復讐』がしたい。
……誰に?
目の前のチンカス野郎に?
悪意を持つ人間に?
いいや、違うだろ……
――自分への復讐。
――自分の過去への復讐。
そして――
……………………
…………
……
「……抵抗すんじゃねぇよッ!!」
――――バチンッ!!
「………………ッ!?」
ジャックの平手打ちが橘を黙らせる。
「……そうだよ、大人しくしてろ」
橘の両手を片手で押さえつけ、自由になったもう片方の手で――
――服を思いっきり剥ぎ取る。
剥いだ勢いで下着をつけた乳房が暴れまわった。
「……おいおい……へへっ、俺はデブには興味ねぇんだが……ガキのくせに良いもん持ってんじゃねぇか……」
「…………うぅ……ひっ……ぐっ……」
欲望の手が橘の身体に触れ――
「ちょいちょいちょ〜〜〜いっ!!」
この場に不釣り合いな調子の良い声に――ジャックの手が止まる。
「お〜い、そこの――自分に自信や才能がないことを周りにバカにされたくなくて、自分に唯一残されたアイデンティティの容姿を駆使してカッコつけてみたものの……目の前の女の子に嫌がられていることにも気付けない哀れな勘違い野郎く〜ん……聞こえてますかぁ〜〜〜?」
「………………なんのつもりだ?……誰に向かって――」
「お魚さんみたいにピチピチと腰を振ることしか考えられなくなった哀れなド低脳マグロ野郎く〜〜〜ん。俺の相手してくんなぁ〜い?」
「…………あ”ァ?……女に負けて大泣きかいてた雑魚が……イキってんじゃねーぞ?」
「女に負けて大泣きかいてた雑魚に、これから全身の穴という穴から涙と汚物を撒き散らす予定の『自称:俺は未来の魔導士になってやるぅ!!』とかバカみてーに笑顔で言えちゃうイキイキのマグロくぅ〜〜〜ん。密猟しちゃうぞッ?」
「……表ェ出ろや。望み通り殺してやるよ」
――俺が強くなりたい理由が見つかったよ……ヴィルトゥのおっさん……。
俺は――俺自身のために――
自分の過去へと復讐する。
そして――
――あの時、置き忘れてきたものを全部取り返しにいく。
「何秒待たせんだ遅漏マグロ野郎。こっちはさっさと終わらせてお風呂に入りてーんだよ」




