第53話「才能ないのかなぁ……」
「あ……大事なことを伝え忘れていたな……」
薬屋へ戻ろうとしたヴィルトゥは踵を返し俺に近付く。
「坊主……耳貸せ」
「え……?」
ソーレには聞かれたくない大事な話が残っていたのだろうか?
ヴィルトゥは小声で――、
「随分とソーレたんと仲良さそうだが……お前、ソーレたんに変な気ぃ起こしたらマジ殺すからな?」
「はぁ……?」
――しょうもない話をしてきた……。
この親バカが……。
「そんなことにならないから、さっさと仕事してこいよ……」
「お前……ソーレたんに魅力が無いと言いたいのか……?殺すぞ?」
「めんどくせぇ……」
ヴィルトゥはこちらをチラチラ睨みながらも城下町の方角へと消えていった。
「過保護すぎるだろ……あのおっさん……」
「えぇ……本当に……」
「それにしても……」
俺は辺りを見渡した……
最初、この砂浜に来た時は――綺麗な水平線と整った砂浜だけだったのに――
そこらじゅうに大穴が空いていたり抉れていたり――
先ほどまで、いかにとんでもない戦いが行われていたかがハッキリと分かる。
ヴィルトゥに負けはしたが、ここまでの戦いができる力が今の俺にはある。
……だが、まだ足りない。
こんなもんじゃ……話に聞く――魔王に近付くことすら出来ずに殺されるだろう。
そうならないためにも――、
「どうかしましたか……?」
「いや……」
――もっと強くならなくてはならない。
この世界を救うため――約束を守るため――
「ソーレ、早速で悪いが……魔法を教えてくれ」
「……もちろんです」
考えるのはあとだ……まずは目の前のできることから始めよう。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ゴォーン…………ゴォーン…………
「夕刻の鐘が鳴りましたね……今日はこの辺にしておきましょう……」
「……………………」
「……帰りますよ?」
「……うん」
帰路につくソーレの後ろを付いていく。
「…………ヤマト?」
「……はい」
「そんなに落ち込まないでください……」
あれから何時間経っただろうか……
俺は結局、新しい魔法を覚えるどころか……魔力を出すことすら出来なかった。
「……俺ってさぁ……才能ないのかなぁ……」
「そんなこと……ないですよ……」
「なんだよ、その間は……」
「確かに……魔力を外に出す基本中の基本もできないのは……さすがに幸先は悪いかもしれませんね……」
「……ハッキリ言うのね」
「こればかりは……時間をかけていくしかないと思います……」
ソーレの話では――
魔法を使うには、体内を巡っている魔力を外に出せるようにならなければいけないらしい。
そして、外に出た魔力を使って魔法を使うとのことだが……
「そういえば……ソーレは『痛み消し』を使う時、魔力が出てるようには見えないんだけど……」
「それは魔力を見えないように隠しているからですね」
「隠す……?」
「陰魔法の魔力をそのまま出すと――こんな感じで普通に見えます」
ソーレの体から――紫色の光がほのかに溢れ出す。
「うわ……本当だ……」
「これを陰魔法の性質である『消去』を使うと……こんな風に魔力が消えます」
今までソーレを覆っていた紫色の光はスーッと消えていった。
「器用だなぁ……でも、どうして隠す必要があるんだ?」
「理由は幾つかありますね。まず、こちらの魔法適正が相手にバレません。魔法士同士の戦いは情報戦です。魔力の色を見ると使える魔法適正が一目で分かりますから、対策が取られやすいんです」
「なるほどぉ……」
「魔法を出すタイミングが隠せるのも理由の一つですね。魔法を出す瞬間、必ず魔力特有の光が発生しますが……これが隠せると戦闘面ではかなり有利になります」
そういえば、ヴィルトゥとの戦闘でも――
光が見えた瞬間に攻撃が飛んでくると分かったからジャストガードできたけど……
その光が見えずにノーモーションで攻撃が飛んでくるとしたら……
――想像しただけで震えがくる。
「……陰魔法って本当に強いんだな……」
「……まだ疑ってたんですか?」
「あ、いえ……最初から強いと思ってました……」
また大声で叫ばされるのは勘弁だ……
「ですので、陰魔法が使える魔法士はまず最初に『魔力消し』を覚えます。自然と発動できるように何度も何度も……」
「ひぇぇ……」
「ですが、ヤマトはそこまでしなくて良いと思いますよ?――操作できる武器によっては……別に魔力を隠さなくても戦えそうですし、野晒しで『痛み消し』を発動しても問題ないと思います」
「野晒しって……さも魔力が見えるのは恥ずかしいこと、みたいに言うなよ……」
でも、魔力を消すこともできるのか……
使い方次第では化けそうだな……陰魔法。
だが――、
「俺はそもそも魔力すら出せないんですけどね……」
「……元気出してください……」
……………………
…………
……
辺りもだいぶ暗くなってきた。
もうすぐ、今歩いている道の先すら見えなくなるだろう。
「灯りをつけますね」
「お、助かる」
ソーレは光石の入ったランプを出し、道の先を照らしてくれる。
砂浜から林を抜け、草原を歩き続けて――
今は舗装された道を歩いている。
「それにしても……俺たちって相当遠くに行ってたんだな……」
「あの砂浜はお父さんがよく修行で使ったりしてるので。あんな凶悪な魔法を城下町の近くで使えませんからね……」
「そりゃ……確かに……」
さらにしばらく歩くと、城下町や城の明かりが見えてきた。
「そういえば……寮母さんになんて説明しよ……」
「素直に謝りましょう……それにお父さんが修行をつけてくれた、と言えば納得してくれます」
「だといいなぁ……」
ヴィルトゥとの戦闘でボロボロになった服や靴を入れた道具袋が――重くなるのを感じる。
「はぁ……海水でベタベタするから、早く風呂に入りてぇ……」
「今日は色々ありましたからね……寮母さんに謝ったら、すぐにお風呂にしましょう」
「だな……」
城門にいる門番にコモン勇者の手形を見せて通してもらう。
――そういえば、手形が無事で本当に良かった。
頑丈なのか……多少傷付いていた程度で、手形としての形はしっかり保っていた。
――相変わらず、城門をくぐっても辺りは暗い。
暗い夜道を歩くと……なんだかソワソワ、ドキドキする感じがする。
夜空に光る星も綺麗だ。
あの星を見るたびに、なんだか活力が湧いてくる気がする。
まだまだ課題は多いが――必ず強くなってみせる。
世界を救うために――約束を守るために――
「――て――さいっ!!」
昨日のこの時間は静かだった宿舎のほうで――
誰かの声がする――
「――いやっ!!――やめてっ!!」
背筋に悪寒のようなものが走る――
想定していた想像したくもない出来事が起きている予感――
俺とソーレは一言も喋ることなく――すでに走り出していた。
叫び声の出所は――俺が寝泊まりする部屋の隣――
扉を開いた先には――
ベッドで抵抗する橘を無理やり襲おうとしている――
女神直属部隊所属――橘の護衛の任務につく――
ジャックの姿があった。




