第52話「自己理解と自己世界」
「陰魔法は……世界最強ォォォ――――!!!」
「96」
「あと少しだぞ坊主っ!!」
「はぁ……はぁ……陰魔法は……世界……最強ォォォ――――!!!」
俺は海の向こうの地平線めがけて……大声をあげ続ける。
人生でこんな大声出したのは初めてってくらいだ……喉が枯れる……
「97」
ソーレは淡々とカウントを続ける。
「――頑張れェ!!気合いだっ!!気合いだっ!!」
ヴィルトゥは熱く応援してくれている。
…………つか、この二人――、
絶対、楽しんでるだろ。
ソーレはなんだか『ほくほく』した充実感のある表情をしてるし
ヴィルトゥはどんな形であれ……娘を喜ばせられる『おもちゃ』が出来て内心嬉しそうだ。
「陰魔法は……世界最強ォォォ――――!!!」
「98」
「良いぞォ!!あと二回だ!!」
しかし、不思議なことに……大声を何回も繰り返し出していくと、意外と声の張り上げ方にもコツがあることが分かる。
喉だけで大声を出すと、喉がすぐに痛くなるが、腹から声を出すと楽に大声が出せる。
回数を重ねるごとに……意外と楽しくなってる自分がいた。
「陰魔法は……世界最強ォォォ――――!!!」
「99」
「ラストだ、ラストォ!!気合い入れろォ――!!」
「陰魔法は……――」
息を大きく吸って……お腹に空気を溜めるイメージ……
それを一気に下から突き上げ――
「世界最強ォォォォォォ――――!!!!」
――全てを吐き出す。
「100……お疲れ様でした」
「ナイスファイトっ!!――ほら、タオルと水だ!」
「へっ……ありがとう」
ヴィルトゥから投げ出された布と革製の水筒を受け取り、全身の汗を拭き取り、水をごくごくと喉に流し込む。
すでに昼過ぎだろうか……太陽の照りつけが眩しい……
ふふっ……これが青春ってやつか……
「って――なんでじゃぁぁぁ!!!」
布と水筒を地面に叩きつけて思わずツッコミしてしまった。
「……?――どうかしましたか?」
「おいおい、頭大丈夫か?」
「頭がどうかしてんのはお前ら二人じゃぁ!!――拷問みたいなことさせてなに喜んどんじゃボケェ!!」
「……別に……喜んではいませんよ?」
「顔を逸らすな顔を!!」
「まぁ落ち着け……これも修行の一環だ」
「……修行?」
「いいか?坊主。腹から声を出す行為は、魔力を練り上げ放出する基礎的な動作の一つだ。その感覚を掴んでもらいたくてソーレはお前にあえて大声で叫ばせることを命じたんだよ」
「そ、そうだったのか……」
「…………ふふっ……」
ソーレは口を塞ぎ……ぷるぷる震えて何かを我慢しているように見える……
「……それ嘘だろ」
「嘘だ」
「お前ら……」
どうやらソーレ嬢にはSっ気があるようですね。
相当ツボに入ったみたいで、会話に混ざるどころではなさそうだ。
「まぁ、冗談はさておき……だ。――坊主は陰魔法をどのように使いこなしたい?」
「はぁ……そうだな……とりあえず覚えたいのは『痛み消し』かな」
「ほう……良い選択だ。一応その理由も聞かせてくれ」
「おっさんとの戦闘は……正直『痛み消し』抜きじゃ考えられなかった。アレが無かったら……痛みでまともに能力すら使えず終わっていたからな……」
「ふむ、確かにな……他には?」
「ん〜……それ以外はまだ分からないかな。というか、まだ陰魔法で何が覚えられるか……ってのが分からん」
「違う違う。何が覚えられるか、じゃない……『何を覚えたいか』を聞いている」
「……?どういうことだ?」
「陰魔法の性質は『消去』『低下』『奪う』『闇』『影』が基本だが、解釈次第で覚えられる魔法は変化するしオリジナリティが生まれる」
「……えーっと……やっぱ全然分からん……」
「例えば、俺が戦闘で使った氷矢だが……」
ヴィルトゥは手の平に氷の塊を作り上げる。
「魔法には『氷』という適正は存在しない。だが、なぜ氷が出来上がると思う?」
「え……っと……」
「実は……この氷矢は水魔法の応用で作っている」
ヴィルトゥは一度、氷の塊を握り砕いた後、手の平に藍色の光をもう一度出現させ――藍色の光に集まるように水の塊が形成され始める。
「俺も詳しくは知らんのだが、王が言うには……水は流動的だが、その水を細かく繋ぎ合わせることで氷となるらしい」
「……あっ!確か理科の授業で習った気が……したっけ……?水が氷になるのは分かるけども……」
「りか?……ってのが何か分からんが、ともかくその原理でいくと、この手の平にある水の塊を細かく繋ぎ合わせると……」
水の塊から徐々に白く濁った筋が形成され、みるみると氷になっていく。
「こうすることで、水魔法から氷が生成できるってわけだ」
「おぉ……!」
「他にも、火魔法でも氷が出せるぞ」
「え……?火魔法で……?」
ヴィルトゥは再び、手の平の氷を握り砕いたあと、地面に手をつくと――
――砂浜一帯がヴィルトゥを中心に凍り始めた……
「……これは!?……おっさんの店で体験した……めっちゃ寒くなったやつ……」
「まぁ水魔法みたいにゼロから氷を作ることは出来ず、こうやって霜が降りる程度しか凍らんが……海でやるとちゃんと凍るぞ」
「これはどういう原理なんだ……?」
「火魔法は『温度』に干渉できる性質を持っていてな、普通は火なんだから温度を上げることしか考えないだろ?火は熱いもんだからな。――だが王は、『温度』に干渉できるなら氷点下まで下げたら凍らせられるんじゃないか、と提案してきた。すると、面白いことに……できたんだよ」
「あっさりし過ぎだろ……というか、ちょくちょく王様出てきてない……?」
「つまり、何が言いたいかというと……陰魔法も解釈を広げることで様々な魔法が覚えられるし、覚えられる魔法も坊主の考え方次第ってことだ」
「なるほど……」
「自己理解と自己世界……」
「……へ?」
「魔法の真髄とはすなわち、自己理解と自己世界にある」
「……なんだ、それ?」
「自己理解ってのは、簡単に言えば自分を知れってことだ。自分の好きなもの嫌いなもの、得意なこと苦手なこと、好きな女のタイプ嫌いな女のタイプ、自分はどんな性格でどんな目的を持っているか――」
「なんだその自己分析シートみたいな……つか、なんで女のタイプ……?」
「大事だぞぉ、自己理解は。自分の現在地を知らないやつは砂漠の中心で地図も方角も分からない遭難者と同じだ。魔法でも同じことが言える。自分の適正を知っただけでは意味がない。なぜ自分がその適正を授かったのか、どのように魔法を使っていきたいか……そこが分かってないと魔法は極められん」
「はぁ……」
「そして、自己理解の先にあるのが――自己世界だ。様々な価値観に触れ、己の世界を広げた時……魔法という奇跡はお前にギフトを与えてくれる」
「ギフト……?」
「ギフトとは……『気付き』だ。例えば、好みの女がいたとして、抱きたくて抱きたくてたまらないとしよう――」
「急に話が下ネタになってんだが……」
「――その女を抱いた瞬間……あれ、なんか違うな?――と感じるのも『気付き』だ」
「バカじゃねーのか……?」
「いやいや、これは非常に大事な話だ。魔法とは、その『気付き』があってこそ……新たな可能性が開かれる。俺が王との会話で見識を広げ……氷の魔法を習得したように、お前もまた……様々な出会いと経験が多くの気付きを与え――お前を強くする」
「……そういうもんか……?」
「現にお前は、俺との戦闘を経て――以前とは比べ物にならないほど強くなっている。おそらく、自身の能力にも様々な気付きがあったはずだ」
「……そう言われると……確かに……」
「お前の能力は――魔法と同じく自己理解と自己世界が関係している可能性が高い。『かすたむすきる』とかいう勇者だけが持つ成長の可能性も、魔法で置き換えると新たな魔法を生み出す過程と同じように思えるからな」
「……あ」
なにか……なにかが……あと少しで繋がる気がする……
この異世界に来てから……ずっと感じていた違和感……
俺自身が……どうして『コントローラー使い』とかいう意味不明な能力を手に入れたのか……
俺はこの能力で何をしたいのか――?
「自分に素直になって生きてみろ。お前はまだ何かに縛られている」
「……素直に生きる?……俺が縛られてる?」
「自分のことは案外、自分では分からんもんだからな。だが、こればっかりは自分で見つけるしかあるまいよ」
「見つけろ……ったって」
「まぁ、今のお前に教えられるのはここまでだな」
「え……?」
「これからたった数日でお前を怪物共とまともに殺り合える段階まで育ててやる……だが、俺にも一応――薬屋としての仕事があるからな。今日の残った時間で数日分の仕事を片付けて、明日から毎日死ぬまで特訓してやるよ。だから今日は一旦〆だ」
「あ、そういうことか……」
「だが、お前には課題を与える。その課題が明日までに終わっていなかった場合……俺はお前に魔法を教えてやることができん」
「はぁ……!?――約束が違うぞ!」
「教える気が無いわけじゃない……教えることができんのだ。武器が無いのに戦闘訓練しても本番じゃクソの役にも立たんし、自己理解が中途半端なお前にいくら魔法を教えようとも非効率だ。まぁ、陰魔法の『痛み消し』はソーレたんに今日教わっても良いとは思うがな」
「た、確かに……」
「というわけで、お前への課題は二つ。一つ目は『武器のアイデアを考えてくること』……多ければ多いほど良いぞ。それを明日検証してみて、良さそうなものがあれば鍛治職人に依頼しよう。そして二つ目は『お前が強くなりたい理由』を見つけてこい」
「一つ目は分かるとして……なんだよ、強くなりたい理由って。そんなの魔王を倒すために決まって――」
「いいや、違うな――お前の根源の――さらに奥底に眠っている本性から見つけてこい。お前は魔王を倒すために強くなったわけではない。俺との戦闘を思い出せ。お前はあの時――確かに強くなった。だが、その時――魔王のことを1ミリでも考えていたか?」
「え……?」
「俺からの今日最後のアドバイスだ――」
ヴィルトゥは俺の眉間に人差し指を押し付ける。
「――答えはいつでもお前の中にある。それを忘れるな」




