第49話「まるで別人」
「くそォォォォォ――!!考えることが山ほどありすぎるっ!!」
「まぁ落ち着け。ソーレたんが帰ってくるまでに話せることは話しておきたい」
「……まぁ、そうだな……」
考察はあとからでも出来る。今はヴィルトゥの言う通り、ソーレ抜きでしか聞けない情報を聞いておくべきだ。
「では続きを話していくぞ。俺は魔王から聞いた話を一刻も早く王に報告するため首都に戻ったんだが……魔王がいる場所はかなり遠い場所でな、帰るだけでも数日はかかった。そして、ようやく帰ったと思ったら……いたんだよ……女神が」
ヴィルトゥは見るからにイライラしている。顔がくちゃくちゃになるくらい嫌そうな顔……相当、嫌な思い出があるんだろう。
「あの女神……いや、クソ野郎は……俺がいない間に勝手に色々とやらかしてくれてな……」
「例えば……どんな……?」
「どうやら次の勇者たちを召喚するからってんで、勇者の育成や護衛のために強い兵士が欲しいと言ったらしくてな……俺の魔導兵団から戦闘員をごっそり引っこ抜いていきやがった」
「……今の魔導兵団に戦える人がいないのは、そういう経緯があったのか……。そして引っこ抜かれた人員で構成されているのが……ソーレも所属している女神直属部隊……」
「それくらいならまだ良い……俺が一番許せないのは……兵士に志願できる規定年齢を二十歳から十八歳へと引き下げたことだ!」
「あ、兵士になれるのって二十歳からだったのか……まぁでも、魔王が侵攻してきたことを考えると兵は多いに越したことはないんじゃないか……?」
「実戦経験のない若造共を兵士にしたって大した戦力になんねーよ。練兵する時間も人員もねぇし、兵糧面だって圧迫する。だが、一番の問題はそこじゃない――」
「というと……?」
「――ソーレたんが兵士に志願できる規定年齢になってしまったことだ……!」
「親バカが……」
「そういう単純な話じゃない……」
いつもは茶化すとキレるフリをしてくるくせに……ヴィルトゥの顔には重い影が落ちていた。
ソーレを兵士にさせたくないマジな理由が冗談抜きであるのだろう。
「女神や王様を説得しなかったのか……?」
「当然したさ……だが、クソ野郎は聞く耳なんて持ち合わせてはいなかったし、王は女神のことを信奉しているからな……」
「なるほどね……あの女神、兵士を少しでも多くして勇者の経験値にしたり、あわよくば盾代わりにしようとしてんのかもな」
「経験……ち?ってのがどういうものかは知らんが、盾代わりにしようとしてるってのは同感だな」
「魔王と直接会話した内容は伝えたのか?」
「王には話したが……クソ野郎には伝えていない」
「なぜ?」
「直感だ。あのクソ野郎に伝えてもロクなことにならんと思ったからな……」
「まぁその辺は同意するけど……相当嫌いなんだな、女神のこと……」
「いや……アイツは女神じゃねぇ……」
「え……?」
「一年前に見た女神とは雰囲気や態度がまるで別人だった。言葉遣いも気持ち悪くなってたしな」
「…………勇者を全員死なせてしまったことへの後悔で人格が変わってしまった、とか?」
「ふむ……その可能性もあるか……確かにな、悪くない考察だ。……だとしたら、大分ちょろい神経してんな」
「どういう生き方したらそんな考えになるんでしょうかね……」
「女神だぞ……?この世のあらゆる惨劇を今まで放置してきた神のクセに……魔王が現れた時だけ助けにくるような奴が今更、勇者の数十人が死んだくらいで人格変わるまで凹むもんかね」
「鋭いご指摘ですな……つか、おっさん普通に神とか嫌いなタイプ?」
「俺は無神論者だからな。一生貫くっ!」
「このおっさん、めんどくせぇ……」
「ともかく……俺はあのクソ野郎が気に食わんのだ。だから魔導兵団も辞めてやったさ。アイツの下で働くくらいなら隠居したほうがマシだってな」
「えぇ……厄介ジジイかよ……でも、そりゃ無責任ってもんじゃないか?……おっさんの力があれば、今度の拠点奪還作戦だって余裕で……」
「……俺はこの首都を動けん」
「はぁ?」
「魔王は現在、侵攻を約束通り止めている。侵攻が止まってなきゃ、今頃はガチで餓死者出てるからな。本当にギリギリだ」
「でも……確か、国境中央拠点?……って、つい先日落とされたばっかじゃなかったけ?――本当に侵攻って止まってんのか?」
「あそこは国境の監視、防衛を目的としているし、周りには畑もない平地だからな。別に落とされても食糧事情にはなんら問題ない。それに相変わらず死傷者はゼロだそうだ。だがまぁ、怪物共との戦闘で恐怖を植え付けられて戦闘不能に陥っている兵士は出始めたみたいだがな……」
「……そうか」
「だが、今度の拠点奪還作戦で魔王がどう動くかが読めん……奴は、『復讐の邪魔をするなら俺たちを敵とみなす』と言っていた。その”邪魔”に今回の作戦が該当した場合……この国は最悪滅ぶかもしれん」
「え……?」
「そして俺は、国を見捨ててでも……王族とソーレたんを国外へと逃がす」
「はぁ……?――あんた、それでもこの国最強の魔導士かよっ!」
「世界最強の魔導士が……こんな惨めな方法しか取れんことの意味が……お前に分かるか……?」
「……ッ!?」
ヴィルトゥは歯軋りをして悔しがることもなく……怒りのあまり拳を握りしめて血が流れる、といったこともなく……
全てを悟ったような……諦めのような表情をしていた。
「ソーレたんと坊主は……確信をつくことを言っていたな……『自称』世界最強……その通りだ。俺は世界最強じゃなかった。俺は今まで逃げたことなんて一度も無かった。どんな強者だろうとこの手で踏み潰して分からせてきた。だがな……人生で初めてだったよ……プライドなんて捨ててどんな卑怯な手を使って立ち向かったとしても……絶対に勝てない相手と対峙したのは……」
「おっさん……」
「俺が今も未練たらしく世界最強を白昼堂々と名乗っているのは、国民を安心させるためだ。俺が首都にいるから、最後の盾として存在するから、もしかしたら魔王とも渡り合えるかもしれない最終兵器が控えていると思えるから……国民は安心して明日を迎えられる。それが俺の……『魔導士』の責務だ」
ヴィルトゥは何かを思うように天を仰ぎ見る。
「だが……俺はそんな国民たちを裏切る。裏切ってでも、王族とソーレたんだけでも生かす……俺は魔導士失格だ……」
「……まぁ、別にいいんじゃねぇの?」
「ん?」
「俺が魔王を倒せば……全部まるく収まるだろ」
「お前……言ってる意味分かってんのか?」
「おっさんこそ分かってんのかよ。俺は『勇者』だぜ?――勇者は魔王を必ず倒す。これはお決まりパターンなのよ」
「……ふっ……恐れというものを知らんクソガキが……」
「おっさん……あんたを初めてカッケェって思ったよ。国民からの期待?魔導士としての責務?――そんな同調圧力に屈することなく、自分のやりてぇことをやろうとしてる……カッケェよ、マジで……」
「変わった世界観を持っているな……お前は……」
「なんだそれ……」
「坊主……自称世界最強からの最初で最後の頼みを聞いてくれんか?」
「え、なんだよ……気持ち悪りぃな……」
「まぁ聞け」
ヴィルトゥは俺に向き合い――頭を下げた。
「ソーレたんを死なせず……魔王を誰よりも先に殺して欲しい」
「……ッ!?――ど、どういうこと!?」
「ソーレたんは、両親を魔王に殺された」
「は……?」
なんとなくだが……ヴィルトゥがこれから言うこと――その全てが頭の中で自然と浮かんでいた。
「復讐……か」
「そうだ。あの子は魔王を直接……自分の手で殺すために兵士に志願した」
頭の中の『ソーレ』という人物像が一瞬で書き換わっていく。
「あの子は魔王と差し違えてでも……復讐を果たそうとしている」
「だから……俺にソーレよりも早く魔王を殺して欲しい、と?」
「…………そうだ」
今まで感じていた違和感の正体はコレか……。
「おっさんはソーレのじいちゃんなのか?」
「いや、俺は親代わりだ。ソーレたんの両親は、魔導兵団の『諜報部隊』に所属していてな……一年前は『北』に潜入していた」
「……なるほど」
「そして……あの子の両親に『北』へ潜入するよう命令したのは……俺だ」
「……そりゃまぁ……重いな……」
「アイツらは……よく任務で家を空けていてな……ソーレたんの面倒は寮母のエルミナと俺がよく受けもっていたもんさ……そりゃもう可愛くてな……たまに間違えて俺のこと『パパ』って呼んでくれたりしたんだぜ?」
「いやいや、そんなこと聞いてねぇって……」
「ソーレたんは優しく聡い子でな……両親が家を空けることが多くても文句一つ言わなかった。だが、やはり親子なんだなぁ。両親はソーレたんを愛していたし、ソーレたんも両親のことが好きで好きでたまらなかったんだろう。任務が終わって帰ってきた時は家族全員、ぽろぽろ泣きながら抱きつく姿は……そりゃもうグッとくるぜ。生涯独身を貫く俺でも……親子って良いなぁって思えるほどだからな……」
「……………………」
「本当は……俺がアイツらの代わりに任務に出てやりたかったが、俺は陰魔法の適正は無いから諜報なんて出来んし……いっそ『北』を俺が滅ぼしたほうが早いんじゃないかと思ったくらいだ」
「むちゃくちゃだなホント……」
「だが……なにもかもが遅すぎた……たった『七日間』だったらしい……」
「え……?」
「一年前、魔王が出現した日から――たった七日間で北の国『アーグヌス王国』は滅んだ」
「……ソーレの両親は逃げ遅れた……ってことか?」
「アーグヌス王国の首都は、大陸の北西の端っこにあるからな……女子供、赤子に至るまで皆殺しだったそうだ」
「……そうか」
「俺はその事実を……女神から教わった……もう何もかもが……終わった後だった……」
「……………………」
「俺は仇を討てなかった……そして、ソーレたんもこのままだと無駄死にしてしまう……それだけは……」
「死んでいった人のことを想うなら……ソーレを監禁してでも止めるべきじゃないのか……?」
「……お前、やっぱイカれてるな……そんなことはさすがの俺にも出来ん……だが、いざという時は気絶させてでも国外へ逃がす」
「そうかい……」
「お前にはソーレが護衛についているんだろう?――だったら、なるべく魔王からは遠ざけつつ、死なないように守ってやって欲しい」
「護衛の立場、逆になってるじゃん……」
「俺の見立てでは……すでにお前はソーレたんよりも強いはずだ」
「どうかな……今回の戦いで浮き彫りになった自分の弱点をつかれたら100%負けるな。それと、俺が寝てる時、トイレしてる時、風呂入ってる時に襲われたら間違いなく殺される」
「クソガキ……ソーレたんがそんな真似すると本気で思ってんのか……?」
「思ってねぇよ……ただの可能性のハナシだ」
「……冗談でも次言ったら殺す」
「へいへい」
「お前は弱い」
「え、突然ひどくない……?」
「だが……底知れぬ可能性を秘めていることは確かだ。お前の不可思議な能力は魔王と………………」
「……ん?」
「いや、なんでもない……ともかくだ、俺がお前を魔王が倒せるレベルまで鍛えてやる……だから約束してくれ……」
「んん〜〜〜〜…………」
俺は大量に手に入った情報を頭の中で
ある程度、整理し終えると――
「全部は無理だな」
「……なんだと?」
「だが、これだけは約束する――」
「ソーレは絶対に死なせない」




