第47話「裏ボス」
夢を見た――
暗い部屋の中で黙々とゲームをしていた過去の自分を――ただ横から見つめている夢。
何もかもから逃げ続けてきた人間――世界で最も嫌いな人間――何も成せず約束も守れなかった人間――
ただ無意識に――俺はそいつに近付き――首を絞める。
そいつは無感情のままにこちらを見てくる――死んだ魚のような目、目の下のクマ――首を締める力をさらに強める。
「――きて……」
そいつは口を開き何かを伝えようとする。
「――起きて」
そう言い残し――以前も聞いたことがある骨が折れた音が鳴ると――そいつ――過去の俺は、微笑みながら死んでいった。
残されたコントローラーを手に取り――俺は――
……………………
…………
……
「――起きて……起きてください……ヤマト……!」
「ん……?」
目が覚めるとソーレが俺を見下ろしながら心配そうに顔を覗かせる。
「……ッ!!」
「なんとか……間に合ったようだな……」
「え……なにこれ……?」
意識が徐々にハッキリしていき、現状が少しずつ分かってきた。
俺の全身が白く光っている――ヴィルトゥが俺を治療してくれているのだろうか――全身からみるみる生気が溢れてくるように感じる。
ソーレは両手で俺の顔を覆うように――両頬に触れていた――痛みが一切感じない――もしかしたら『痛み消し』を使ってくれているのかもしれない。
後頭部に柔らかい……枕のようなものがある――これはまさか……膝枕か……?
「これは……一体どういう状況だ……?」
「無理に喋らないでください。これから足をくっ付けます」
「え……?」
足の方を見ると、両足の膝から下が見事に千切れていた。分かってはいたが、直視すると血の気が引いてくる。R-18は余裕で超えてるグロさだ。
「足から血が出始めたな……頃合いだ。――いくぞ坊主……ソーレたんの『痛み消し』があるとはいえ、相当痛いが我慢しろよ」
おそらく俺の千切れた両足たちが――宙を浮きながら、ジャストフィット――接続部分から物凄い量の白い光が発生する。
「うぐっ……!!」
「ソーレたん、もっと『痛み消し』を」
「やってる……でも、これが限界……」
「ぐぅぅ……!!」
以前、へし折れた腕を治療された時とは比べ物にならないほどの痛みと不思議な感覚に襲われた。
千切れた部分の骨、筋肉、皮膚が少しずつ『ぷつぷつ』と音を立ててくっ付いて元に戻っていく感覚――その度に激痛が走り脳みそが冴えてくる。
どうして……
どうして……ヴィルトゥ――
――アンタ、どうして素っ裸のまんまで治療してんだよ……丸見えじゃねーか……
……………………
…………
……
「よしっ!とりあえず、応急処置は完了だ!――坊主、調子はどうだ?」
「あ……ありがとう……ございます……」
「こんな人にお礼なんて言わなくて良いですよ……この事態を引き起こした元凶ですから」
「そんな……」
全身の感覚を確かめる。
両足は無事くっ付いているが服はどこかにあるのだろうか――千切れた先から素足だった。せっかく寮母さんからいただいた服と靴……失くしてなければいいが……
――そして、右手だが……
半分失ったままだった。
「ははっ……そうか……負けたん、だな……」
右手を見ていた視界が濁り始める。
「ちくしょう……負け……た……」
なぜか溢れてくる涙を隠そうと、半分失った右手で顔を覆う。
「ヤマト……」
「俺に負けて泣いた奴は久しぶりだな……坊主、誇っていい。お前は強くなれる」
「黙れクソジジイ……なんで治した?――殺すなら放置してろよ……回復させて改めて殺そうってか?――趣味悪りぃぞクソが!」
「はははっ――口の利き方から躾けてやろうかぁ?クソガキ――だいたい……いつまでソーレたんの膝に頭置いてるつもりだ……?今度こそ殺してやろうか?アァ”!?」
――――バッチーン!!!!!
両頬を思いっきりソーレに叩かれた。
「二人とも黙って。私は怒ってるんですよ」
普段、何考えてるか分からないソーレだが、誰がどう見ても目から殺気が漏れ出ているのが分かる。
「まず、お父さん。服着て。不愉快」
「あ、はい」
砂浜の近くにある林の方から植物のツタやら葉っぱが浮遊してきて、それをパンツ代わりとしてヴィルトゥが恥部を隠す。
「お父さん、やり過ぎ。手加減ってもの知らないの?バカなの?」
「ええ……いやでも坊主も本気だったし……それに応えてあげてこそ……」
「言い訳は聞きたくない」
「はい……」
ヴィルトゥはその場に正座していた。
「どうせ、どんどん成長していくヤマトを見て、テンション上がって、歯止め効かなくなったんでしょ」
「……はい」
「私は……多少手荒なことになっても、ヤマトの特訓相手になると思ってお父さんに任せたのに……正直、幻滅した」
「え……そん、な……」
殺し合い……という名の特訓。
ソーレが途中で介入してきた時に、なんとなく予想はしてたけど……
ソーレも無茶苦茶なことしてる気がする……せめて事前に言ってくれよ……。
いや、でも……本気の殺し合いだと思わせることが――俺の成長のために必要な嘘だったとしたら……
……うん、でもやっぱりヴィルトゥもそうだが、ソーレも相当イカれてる気がする。この世界の常識なのかな?
でも、怖いから今それを言うのはやめとこう。
「ヤマトの右手、治して」
「いや、これは流石に……欠損した指とかが残ってれば良いんだけども……おそらく粉微塵だし……」
「探してきて」
「いや、そんな無茶な……」
「世界最強なんでしょ?それくらい出来て当然だよね?」
「パパを神かなんかと思ってない……?」
「ただの戦闘狂のバカとしか思ってない。せめて自分の尻拭いくらいはしてよ。いっつも他の人に言ってることがまさか出来ないとか言わないよね?」
「うっ……!!」
……怖ぇ……ヴィルトゥが母親に叱られる子供に見える。
でも、これは……これだけは言わないと――
「ソーレ……右手は大丈夫だ……このままで。これは俺が負けた証みたいなものだよ。それに……ソーレを殺しかけたことへの贖罪の証でもある……ほら、ヴィルトゥさんには話しただろ?せめて勇者を殺すのではなく指を切り落として娘を傷付けた落とし前にしてやってくれって。それが俺に還ってきただけのことだよ……」
「ぼ、坊主……お前……」
「ヤマトは口出ししないでもらえますか?――私……まだアナタに喋って良いと言ってませんよね?」
「「え……?」」
あ、分かった……ソーレがイカれてるのは父親がヴィルトゥだからだ。
ちゃんとこの二人は親子なんだわ。
親を見て子は育つもの……ははっ、ちゃんとイかれてやがる。
「お父さん、ダッシュ」
「は、はい!!」
ヴィルトゥは爆散して粉微塵になった俺の右手のカケラを集めにダッシュで現場まで向かい、何やら魔法を使い始めた。
「ヤマト……」
「……………………」
「喋って良いです」
「……はい」
怖い怖い怖い……説教が来る……
「どうして……逃げなかったんですか……?」
「……え?」
説教……というよりも、これは……
「敵わないと思ったら逃げるべきです」
「ええ……いや、でも……あれはソーレが俺を焚き付けたから……」
「うっ……」
まさかまさか……ソーレ自身も非があることを認めてるのでは?
だったら……
「ふっ……女の子にあんなこと言われて……立ち上がらない男はいないさ……ありがとうな、ソーレ」
「うぅ……」
これは……この流れは……!
イケるっ!
「俺は今まで逃げてばかりだった……でもお前のおかげで変われたんだ……ありがとうな、ソーレ」
「うぅぅ……」
このまま押し切れる……説教ルートを回避できるっ!
「改めて約束しよう!――俺は必ず、魔王を倒してみせる!」
「……はい」
よっし!
押し切ったぞ!
これで説教は――、
「それで……なぜ途中で目的が『生き残る』から『勝つ』に変わったんですか?」
「……へ?」
「特訓の前に言ってましたよね……?生き残ってみせるって……でも、あなたはさっき『負けた』と言った。これって目的変わってますよね?」
「あれ、え……そんなこと言ってましたっけ?」
「言ってました。そう言って悔しそうに泣いてましたよ」
流れ変わったな。
「いやいやいや……アレは生き残れなかったことを負けたって意味で言っただけで――」
「いえ、ヤマトはお父さんと戦っている途中から明らかに戦闘を楽しんでいる節がありました」
「うっ……」
「どうせ、どんどん強くなる自分に酔って、本来の目的とか忘れてたんじゃないですか?」
「うぅ……」
そう言われると……確かに……
「自分の命すらどうでも良いほど、戦闘を楽しんでましたよね?」
「いや、さすがにそれは……」
「あの時のヤマトの顔……お父さんにそっくりでした」
「え……」
俺が……あのイカれジジイと……そっくり……だと?
「ヤマトはまだ弱いんですから……あんな無茶はダメです」
「いやいや……でも俺、結構強かっただろ?」
「お父さんが本気を出してたら、瞬殺ですよ。瞬殺」
「えぇ……マジか……」
あれで本気じゃないってのか……?
「お父さんは教え子に対して、特訓中に気付きや弱点などを丁寧に教えてくれたりします。まぁ……殺傷能力の高い魔法ばかり使ってきますが、生死がかかった時でしか人は成長できないのと……怪我は回復魔法で治るから大丈夫という考え方をしているので……人によっては恐怖でしかありませんが……」
「あぁ……」
そういえば、あのじいさん……戦闘中にも関わらず、懇切丁寧に俺の弱点とか教えてくれてたっけ……
「私は直接見たことは無いですが……噂によると、お父さんが本気で戦闘する時は、無言で淡々と敵を始末していくそうです。本気でヤマトのことを敵だと思っていたなら、会話すらさせてもらえずに殺されてたと思いますよ」
「そうでしたか……」
なんなんだよ……あのじいさんは……
「そんなお父さんですら……魔王には勝てる気がしない、と言ってました……」
「……え?あの人……魔王に会ってるのか?」
「いえ、そこまでは聞いていません……お父さんは……私に魔王に関する情報を教えてくれませんから……」
「ふむ……」
自称世界最強でも勝てない魔王……か。
確かに、今の俺じゃ太刀打ちすらできない……。
「ですので、自分の力を安易に過大評価しないでくださいね。その傲慢さはいずれ必ず死に直結します」
「わ、分かったよ……ごめんて……」
「本当に……分かってますか?」
ソーレの両手が俺の両頬を勢いよくつねる。
「い、いででで……!!」
ソーレの鋭い眼光は、真っ直ぐにこちらを見つめている。
「いいですか……?今度また、命を粗末にしたら――私がトドメを刺しますからね?」
「…………はい。申し訳ありませんでした……」
ソーレは怒らせないようにしよう……と、心で固く誓った。




