第46話「VS世界最強の魔導士④」
焔蛇に乗れたら強いんじゃね……?――と、軽い気持ちで考え何かできないかとコントローラーをいじっていたら――
何も書かれていないオプション画面が表示され――
――文字が打ち込まれていく。
『”焔蛇”に乗りますか?』
▶︎はい
いいえ
なんだコレ……
とりあえず『はい』を押す。
すると焔蛇が俺の身体に纏わりつくように絡みつき、あれよあれよとされるがままに――気付いたら座るような楽な体制で蛇の胴体に絞めつけられ固定された。
まず不思議に思ったのは――熱くないってことだ。
さっきまでは焔蛇に触れただけで右手半分が爆散するほどの高熱だったのだが、全く熱さを感じない。都合良く俺の着ている服が燃え尽きて素っ裸になることもない。
もしかしたら――ヴィルトゥが言っていた、
『熱いわけないだろ。コイツは俺の魔法で出したんだぞ?いわば俺の身体の一部みてーなもんだ』
あの発言も含めて考察すると、支配権を持つ者には無害なのかもしれない。
そして一番不思議なのは――乗り心地抜群ということだ。
というか、親父の仕事を手伝って必死で貯めて買ったゲーミングチェアとほぼ同じ座り心地だ。正直、このまま寝落ちでき……そうにはないな。右手が痛すぎる。
左目だけ閉じ、焔蛇をTPS視点でグルッと一周しながら自分の状況を見てみるが――焔蛇にぐるぐる巻きにされ、俺の頭だけぴょこっと出ているのが誠にシュールだった。
「さて坊主、これをどう凌ぐ?」
俺は遥か高いところからこちらを見下ろす海水で作られた竜――『リヴァイアサン』を右目で観察する。
液体で形成され半透明のリヴァイアサンは太陽の光でキラキラしている――綺麗だなぁ。
「なんでもデカけりゃいいってもんじゃないことを教えてやるよ」
左目で焔蛇を背後から見るようにTPS視点を固定し、右目はリヴァイアサンをなるべく視界に捉えるようにする。首を上向きにしないと見えないから体制的にキツイな……。
焔蛇を迷わずヴィルトゥへと直進させる。
「うぉ――!!」
まるでジェットコースターに乗りながらゲームしてる感じだ――しかも両目で別々の視点を見ながらの移動はやっぱり酔う……。
「直接俺を叩きに来るか……まぁそうするわな」
焔蛇は十数メートル離れた場所にも攻撃できる長さを持つ大蛇だが、俺を身体の中央に固定させている関係で攻撃射程が相当短くなっている。おおよそ5メートルってとこか……。
俺が焔蛇の中央に固定させたのは、移動用の尻尾の長さを確保する必要性と――守りを考えてのことだ。この尻尾で投擲物を弾いたりできそうだ。
「まずは様子見だな」
ヴィルトゥは常に前進に白い光を纏っているが――瞬間的に輝きを増す。
肉体強化の魔法……向かってくる?……いや違う……
ヴィルトゥの元いた地面が爆発――したように見えて一瞬で遠くへと後退。こちらとの距離を離してきやがった。
「逃げんのかァ!?クソジジイ!!」
「挑発には乗らんぞクソガキィ!!――これが一番お前が嫌がる行為だろォ!?」
さすがに世界最強でも焔蛇は怖いっすか――中遠距離戦法なのは変わらず、ね。
「それじゃ、味見と行くかァ――!!」
頭上のリヴァイアサンの喉あたりが急激に膨張する。まるで何かを放出するための準備をしているかのようだ――
――さらにヴィルトゥは、両手から橙色の光を出しながら――地面に流し込むように放出している。
「さっきの氷矢じゃあ、さすがに焔蛇に溶かされそうだ。だったら――」
ヴィルトゥの周りから砂が山のように幾つも盛り上がっていく――
大きな砂山が捩れるように凝縮されていき――『ギギチ……バキ……』歪な音を立てながら――大人一人分もある巨大な杭が出現する。
そんな現象が全ての砂山でも同時に起こり――ヴィルトゥの周りには複数の杭が浮遊していた。
「この大きさなら貫けるだろ。穴だらけになれやァ!!」
巨大な杭たちから緑色の光が発生する――これは氷のつららを高速で飛ばしてきた時にも発生した光――
焔蛇の移動を止め、高速で飛んでくる杭の迎撃に備え――
リヴァイアサンの口が開く――
本命はそっちかよ!
迎撃はダメだ……間に合わない……だったら――
巨大な土杭が発射されると同時に――
リヴァイアサンの口から超高密度に圧縮した海水がレーザーのように発射された。
……………………
…………
……
「なぜ……生きている……?」
「……俺も同じこと思ってる」
辺りは、そりゃもうめちゃくちゃだった。
リヴァイアサンから放たれた海水レーザーで砂浜は大きくエグれて大きな池が出来ちゃってるし、巨大な土杭の残骸がその辺に散らばっている。おそらく海水レーザーに当たったからだろう。
「お前は確かに直撃していた……なのになぜ無傷なんだ?」
「避けれたから……?」
「はぁ?――いやいや、避けれてなかったぞ?――確かに当たっていた!」
正直、俺も良く分かっていない……普通では考えられないことが起きたからだ。
咄嗟に迎撃から回避に判断を切り替えた俺は――さすがに全ては避けきれないと思い相応のダメージも覚悟してボタンを押した。
だが、タイミングが良かったのか――特殊な回避モーションが発生したように見え――
その時、時間はゆっくりと流れ始め――残像を残すように焔蛇は海水レーザーや土杭を避けた――いや、残像には当たっていたが――すでにそこに焔蛇は存在しないことになっているのか、海水レーザーと土杭はぶつかり――
「あ、ごめん……ちょっと……」
「ん……?」
「おぇぇえええええええええ――」
「うぉ!?」
思いっきり吐いてしまった。
おそらくあれは『ジャスト回避』で、過去にやってきたゲームでもあんな感じの回避を見たことがあるが……生身であんなの経験したら普通に気持ち悪くなってしまう……。
なんなんだアレは……時間が――いや空間をまるごと支配するような感覚――当たっていたのに『避けたと判定された』――なんなんだこの能力は……
「大丈夫か……?」
「もうちょっと待っ――おぇえええええ――」
最悪だ……焔蛇に巻き付かれ首だけ出ているせいか……汚い池ができてるし……服もびしょびしょだ……本当に最悪だ……。
おまけに相手から心配される始末だし……
「はぁ……はぁ……」
「どうやら、それなりの代償があるようだな……にしても、さすがに……せめて水で流してやろうか?」
リヴァイアサンの口から滝のように優しく水が流れて近寄ってくる。
「……はぁ……いや別に良い……まだ終わってない……からな」
「……そうか、水を差して悪かったな……じゃあ、遠慮なく――」
リヴァイアサンは再び海水レーザーを放つために喉あたりが急速に膨張していく――俺は焔蛇をヴィルトゥへと直進させる。
海水レーザーが発射され――前方へとジャスト回避――さらに距離を詰める。
「おぅえ――」
「やはり当たっている……のに無傷だと?」
もはや胃液しか出ない……好都合だ……頭がぐわんぐわんする……でも辛うじてだが、右手の痛みで意識はハッキリしてくれる……
距離がまだ遠い……また後退されて距離を離されたらマズい……そろそろ魔力量も限界かもしれないし……ここで勝負を決めたい……どうすれば……
こちらが移動するのに合わせてリヴァイアサンも並行移動させてくる――俺に触れられるのを警戒してか海から出てこようともしない――リヴァイアサンの喉が急速に膨張する――
……もうコレしかない……!
海水レーザーが発射され――ジャスト回避――
――だが、海水レーザーは放出され続け、回避地点へと追尾してくる。
「回避した後ならさすがに攻撃は当たるんじゃねぇのか!?」
「このタイミングで――!?」
ジャスト回避――ジャスト回避――ジャスト回避――
「おいおいマジか……これが――」
ジャスト回避――ジャスト回避――ジャスト回避――
「――勇者か……!」
……………………
…………
……
「――ぐおぉ!?」
ヴィルトゥの両足に焔蛇の攻撃が当たる。
さらに続いて、頭部――胴体――
「――ッ!!」
まだだ……当たった箇所は皮膚が爛れ溶けているくらいで爆散してはいない……『肉体強化』の魔法か……
間髪入れずに連打する。
主に頭部――逃げられないように両足――たまに胴体。
焔蛇の高速ラッシュがヴィルトゥへと叩き込まれる。
何度も何度も何度も何度も何度も――やりすぎなんてことは無い――この程度では倒れない――その証拠にまだ立っていやがる――まだだ――まだ――魔力が切れるまで……叩き込んでやる……!!
ヴィルトゥは両腕でガードし始め、全身の白い光がより強くなる。
「――ぷはっ!!」
俺はリヴァイアサンの海水レーザーで出来た大きな池の中から上半身だけをなんとか出して――コントローラーのボタン連打をさらに早める。
「……なるほど……あえてリヴァイアサンの攻撃を同じ場所で回避し続け、大きな池を作り――そこへ隠れるように焔蛇から離れた――焔蛇が自由になることで攻撃射程が元に戻り……その距離からでも俺に攻撃が届くようにした、か……」
全身の服は焼け落ち、ほぼ全身の皮膚が爛れて筋繊維が剥き出しの状態――にも関わらず、この男は倒れない――両腕の隙間から鋭い眼光がこちらを捉えている。
「だが、早計だったな。その状態だとリヴァイアサンの攻撃は避けられんぞ?――今すぐ焔蛇に守ってもらったらどうだ?」
「……その状態で……あのデカブツ動かせんのかよ」
「ふはっ……さすがに見抜いているか……」
ヴィルトゥの全身からは常に白い光が尋常じゃないほど溢れ出ている……おそらく全開で『肉体強化』と『回復魔法』を使っているはず……皮膚が再生しては焼け落ちるのを繰り返し、筋繊維から先の骨や臓物まで攻撃が届かない……だが一気に全回復しないあたりダメージも相当通ってるはず……それだけの魔法を同時に使用するにも限界があるはず……俺だってそうだ……操作できる対象は一体だけだし視界が2つだけでも脳処理がギリギリ追いつくかどうかだ……
焔蛇を巻き付けられたら良いんだが……今から距離を詰めるために移動なんてしたら余裕で逃げられるだろうし……せめて噛み付きとか出来れば良いが……焔蛇はそういった攻撃はできずシンプルに伸縮攻撃のみしかできない……何かルールがあるのか、それともこの焔蛇は噛み付くようには作られていなかったか……そもそも移動しながら攻撃できたら良いんだが……射程がギリギリすぎて焔蛇の全身を使った伸縮攻撃でないと今は当たらないし……移動させたらその間に逃げられて……逃げられ……あれ?
「なぜ……後ろに逃れないんだ……?――焔蛇の攻撃でそのまま後ろに吹っ飛ばされたら……射程外に出るだろ……?」
「無粋なことを言うな……そんなことをすればお前の覚悟に負けたようなものだ……ふふっ、本当に無茶をする……お前が浸かっている赤い池……その血の量は……足でも千切れたか?」
「両足ともイカれたわ……海水で沁みて痛ぇけど……ソーレのおかげで意識は保てる……」
「そうか……やはりソーレたんは素晴らしい……」
可能な限り――ボタン連打を早める――そろそろ手が痙攣してきた……意識も朦朧としてくる……
「ふふっ……さらに早くなるか……さすがに回復も追いつかないな……だが坊主……その出血量だ、さすがに死ぬぞ?」
「死ぬより怖いのは逃げることだ……手ぇ止めるわけねぇだろ……」
「イかれてるな……互いに……」
「アンタの魔力にも底があるんだろ?――俺の魔力が切れるor出血多量で死ぬか……アンタの魔力が切れるか……根比べだ」
「……良いだろう」
今、自分が何を言ってるのかすら曖昧になってきた――だが、今は……今だけは……ボタンの連打を止めない……もっと早く……もっと早――もっと――




