第45話「VS世界最強の魔導士③」
『焔蛇』と呼ばれていた炎の大蛇は、俺をいつでも襲えるよう首の位置を微調整し真っ直ぐ頭をこちらへと向ける。
「今から焼き殺されるクソガキに一応説明しておく。『焔蛇』は小振りだが――」
小振り……だと……?俺を一飲みできる太さに十数メートルも離れた位置から一瞬で俺が操作していたマドハンドを爆散させられるリーチを持つ大蛇が小振りだと……?このジジイの感性、どうかしている……。
「――温度は相当高めに設定したから、まともに触れると肉体が爆散する。確か……体内の水分を瞬時に沸騰させると、熱膨張……?ってのが起きて爆発が起きる……って感じらしいな」
「なんて曖昧な説明だよ」
一瞬でマドハンドが爆散したのも、砂浜から作ったからか水分を含んでいて……焔蛇が直接攻撃したから爆散した……ってことか?
「まぁ何が言いたいかって言うとだな……お前はこいつに触れて操れるか?ってハナシだ。さっきのマドハンドや氷矢は形のある物質だった。だが焔蛇は魔法で作った炎そのものだ。お前の能力は炎という物質と呼べるか曖昧な存在を操れるのかどうか……操れる確証がないのに一か八か肉体が爆散しようとも触れる覚悟があるかどうか……どうなんだ?」
「……それを聞いてどうすんだよ」
「別に?ただの好奇心だ。どうせお前が死ぬのは確定してるんだ。何を考え死ぬのか、知っておきたいだろ」
「……狂ってんのか?」
死の一歩手前に直面した状況なのに、なぜか心は妙に落ち着いていた。
「ちなみに補足だが、ソーレたんの『痛み消し』って優しい魔法は残念ながら消せる痛みの量に限界がある。俺の焔蛇が与える痛みは余裕で『痛み消し』の許容量をオーバーするから、まぁ頑張って足掻いてくれや」
「鬼畜か」
いつも俺は逃げてきた。
敵わない相手がいると、立ち向かわず避けて逃げて関わらず自分を守ってきた。
目の前で友達が不良にいじめられている光景を俺はただ傍観していた。
俺に力があれば止められただろうか?
格闘技を習ってて不良たちをボコボコにできる力があれば傍観なんてしてなかった……のか?
『今の俺には無理だ』『今は準備が整っていないから』みたいな言い訳を並べて、その時は悔しくて、自宅に帰って俺は何をしていた?
――いつものようにテレビゲームをしてたさ。
友達のために格闘技を勉強したり筋トレしたり……みたいな努力はせず、ただただゲームに逃げた。
友達の精神をケアしてあげる……?その後、関わりさえしなかったさ。
友達をいじめていた不良が憎い……?そりゃ憎いさ。でも……
一番憎いのは、俺自身だ。
俺は俺自身のことが許せない。
今だから分かる。
友達を庇って、次の標的が俺になったとしても、あの時……俺は友達を庇うべきだった。
友達のために庇う……のではなく、俺のために庇うべきだった。
今もこうして後悔して苦しむくらいなら……あの時、どんな酷い目に遭おうとも……俺は俺らしく今を生きられる選択をしたかった。
でも、過去は変えられない。
じゃあ……どうするよ?
「ははっ……あははっ……」
「……ん?」
「あっははははははははっ――!!」
「……狂ったか?」
変わらないものに縛られるのは、もううんざりだ。
俺みたいな最低な人間が今更、友達にあの時庇ってやれなくてごめんね、とか言うのか?
バカか。嫌なこと思い出させるだけだろうが空気読め。
友達をいじめていた不良に制裁を加える?
それが俺にとってなんのメリットがある?オナニーと変わんねぇだろうがよ。
「あ〜〜……バカバカしぃわホント……俺って奴は……」
「はぁ?」
「今は答えが出せないけど……今やるべきことは決まってたんだ……」
「なにを言って……」
俺は今出せる全力で前に出た――。
「向かってくるかっ!!」
左足は出血で服もずぶ濡れ――醜く足を引きづりながらも一歩ずつ前へ進む――、
焔蛇が俺に照準を合わせるかのように頭を向けてくる。
『あなたは……本物の勇者になれる気がします』
『どうか勇者様……この国を……ウチの息子を……どうか……よろしくお願いします……』
『期待しています……ヤマト』
こんなクズでどうしようもない俺に……まだ期待してくれる人たちがいる。
過去は変えられない。
でも今なら、今だけは、今の選択は変えられるんじゃないのか?
変えさせてくれよ……
焔蛇は頭をわずかに後退させ――消え――、
……………………
…………
……
「…………ありがとうな、ヴィルトゥさん。アンタのおかげで少し目が醒めたよ」
「……ふふっ……あっはははははは!!!……そうか、坊主!気付いていたのか!」
俺は焔蛇を自分の周りに円を描くように侍らせる。
「焔蛇は攻撃の瞬間、頭を後ろに下げてタメを作る。その瞬間を狙ってお前は右足で体制を変え、右手を犠牲にして焔蛇に触れた……そしてやはり、お前の能力は物質か曖昧な焔蛇すらも操作できている……これが勇者の力か……常識が一切通用しないな」
「これでアンタを倒せるかもな……」
「…………その右手でか?」
俺の右手の半分は跡形もなく爆散していた。
「お前の能力は、手に持っている妙な道具を使って対象を操るんだろう?――残った左手だけじゃあ十分に焔蛇を操れないんじゃないかな?」
「……俺は焔蛇に小指だけ触れることができた。まぁ……おかげで小指が爆発して右手半分は失ったが……」
残った右手の親指と人差し指をコントローラーに添える。
「俺は本当に運が良い。指が二本もある。十分だ」
「痛みはどうなんだ?――汗が凄いぞ……?」
「もちろん痛いさ……正直、今すぐその辺転がって叫びたいくらいにな。――でも、今の俺には丁度良い痛みだ。問題ない」
「……良いだろう」
ヴィルトゥは右手を海のある方へと向け、藍色の巨大な光のビームを海面へと放つ。
注がれ続ける魔力に反応し、海面からみるみる巨大な何かが形を成し始める。
焔蛇を作った時と同じ感じだが――圧倒的に違うのは――
――大きさだ。
焔蛇が子供に思えるほどの巨大な竜がこちらを見下ろしてくる。
「『水竜』ってとこか……?――あ、でも海水で作ったから……『海竜』……いや、『リヴァイアサン』にしておこう」
俺は焔蛇を身体に纏わり付かせ、まるでゲーミングチェアに座るように焔蛇に寄りかかり、身体を焔蛇に固定させるように優しく絞めてもらう。
「さて坊主、これをどう凌ぐ?」
「なんでもデカけりゃいいってもんじゃないことを教えてやるよ」




