第40話「世界最強の薬屋」
「忠告しておきますが……ジャックさんに手を出すのは控えた方が良いかと……」
「んー……何のことかな?」
城下町へ出るため、城門へと向かう道中で後ろから付いてくるソーレが何か言っている。
「ジャックさんは確かに日々の修行を怠ってはいますが……それでもあのような態度ができるのは、戦闘センスが周りの兵士よりも群を抜けているからです。そのような相手に……私に負けたあなたが戦おうとするのは無茶がすぎます……最悪、殺されますよ?」
「なんで俺がジャックって奴と戦うのよ……意味が分からんぞ……」
「……え?……でも先程、彼女に『なんとかする』……って言ってたじゃないですか」
彼女……とは、さっき洗面所でバッタリ会った橘のことか。
「ああ……あれは少しでも泣き止んでもらうための方便だよ。お隣さんが毎晩メソメソ泣かれたら寝つき悪いだろ?」
「……あなたという人は……それでも勇者ですか……?」
「お前が俺のこと、どう思おうと勝手だけどな……勇者って存在に夢を見過ぎなんじゃないか……?なんでもかんでも困った人を助けてくれる白馬に乗った正義のヒーローじゃねぇぞ俺は……」
「では……寮母さんとした約束も……嘘だったということですか……?」
「えー……そこ引っ張り出すの?……あれはさすがに嘘じゃないだろ……あれ、嘘じゃない……よな?……うん、嘘じゃないぞ」
「ハッキリしませんね……」
「ただ、寮母さんとの約束と橘の置かれてる問題は種類が違う……バカみたいに正面からジャックって奴と戦う、だって?……俺でもそれが無謀だって分かるさ」
「…………では、本当に嘘だったのですね……」
「……それをお前に言う必要はないな」
その後、俺とソーレは口を交わさず淡々と例の薬屋へと向かった。
……………………
…………
……
『世界最強の薬屋 ヴィルトゥ=オーソ』とデカデカと書かれた相変わらず主張の激しい店だ……
窓から店の様子を伺うと……灯りがついている……
昨日は誰もいなかったが、この早朝ならさすがにいると思ったぜ。朝食を取らずに直行して良かった。
「……あの、本当に入るのですか……?」
さっきまで黙って俺の背後からチクチクと睨みつけていたソーレが口を開いた。
「入るよ……けど、お前は来なくて良いからな。嫌なんだろ……?ここ」
「別に……嫌というわけでは……いえ、やっぱり嫌でした……」
「お前もハッキリしないな……とりあえず、そこで待ってろ」
俺は『営業中』と書かれた板が下げてある扉を開く…………
中は灯りがついているが……人はいなかった。
一応、店内を見て回ると……
見たこともない草や……瓶に入った粉……などなど薬屋というだけあって色んな品が棚に並んでいた。
「あのぉ〜すみませ〜ん!誰かいませんかぁ〜?」
一応、誰かいないか呼んでみるが…………誰もいな――
「おぉ〜う……ちょっと待ってな!今、調合してる最中だからよ!」
店の奥のほうから声がする……
しばらく待つと奥から表れたのは――
「待たせて悪かったなぁ……ん?子供じゃねーか……その服は兵士の……?今は養成学校は休止してるはずだがな……なんの用だ坊主」
黒のローブに金細工が施された高級なローブに身を包んで分かりづらいが……相当鍛えられている肉体が隠れている。
歳は相当いってそうで、顔にはシワもあり、髪も白髪だが……てっぺんがツルッツルだ……禿げてる範囲が尋常ではない……。
そして眼光……黄色の瞳は虎を感じさせる威圧感を放っている。
「あ、あの……魔導兵団のダナー団長さんの紹介で来ました……」
「お?……ダナーってもしかしてダナー=サンクリットのことか?」
「あ、はい!そうです!」
「へぇ……今はあいつが団長やってんのか……まぁ適任だわな。それで?……ダナーにおつかいでも頼まれたのか?」
「いえ、その……こちらに魔法を教えてくれる方がいるとダナー団長に言われまして……その方に魔法を教わりに来ました……」
「俺がお前に魔法を教える〜?……何の冗談だそりゃあ……」
おじさんの顔が厳しくなる……眼光だけで殺されそうだ……
「おい坊主……まさか……お前まで魔王を倒すとか言うんじゃねーだろうな……?」
「え、ええ?」
これは正直に言った方が良いのか……?
どっちだ……?
「言っとくが……嘘を言ったら、どうなるか分かってんだろうな……?」
あ、ダメだ……これ嘘つけないわ……
「……僕は、魔王を倒すために少しでも戦力を上げるため……魔法を習得したいと考えておりましゅ……」
「お前みたいなガキが……どういう脳みそしてたら魔王を倒すとか言えちゃうんだ……?ああ?……親でも魔王に殺されたってのか?『復讐』か……?『復讐』は俺が一番嫌いな言葉だぞ?」
「いえ……それが僕の『使命』なんです……一応、勇者なので……」
「は……?お前……が……?」
おじさんはポカーンとしながら……なぜか、店の奥へと戻っていった……
え……?これ、どういうこと……?
しばらくすると、おじさんと……ティーポッドとティーカップが二つ、宙を浮きながらやってきた……
「まぁ座れや坊主……さっきは威圧して悪かったな、はははっ」
先程とは打って変わって……優しい微笑み……逆に怖い。
おじさんが指先でちょちょいとすると……棚にある細かく切られた葉っぱがティーポッドの中に入っていき……突然、空中から水の球体が出たと思ったらボコボコと音をたて湯気が出始めた。そのお湯をティーポッドに入れつつ、奥の部屋からテーブルや椅子二つがやってきて……ものの数秒で二人がお茶できる空間が出来てしまった……
「ほら、座りな。昨日、良い紅茶が手に入ってよ〜」
「は、はぁ……失礼します」
俺が椅子に座ると……おじさんも向かいの椅子に座り……目の前には紅茶が注がれたティーカップが着地した……。
「飲んでみな……?美味いぞぉ〜」
「あ、ありがとうございます……いただきます……」
紅茶なんて美味しいとか分からねぇよ……と思っていたが……
「これ……凄くいい香りですね……」
「だろ?坊主のくせに分かってるじゃねーか」
「あ、いえ……紅茶に詳しくはないんですが……こんなの初めてで……」
マジで良い香りだ……
ゆっくりと火傷しないように紅茶を口に流し込むと……
「これは……口に入れた瞬間……鼻腔の中にも香りが広がって……これが紅茶なんですね……凄い……」
「良いセンスしてるぜ坊主……大人に一歩近付いたな」
さっきの怖い顔がウソのように、なんて優しく面倒見の良いおじさんなんだろうか……
「坊主……魔法を教えてやっても良いぞ」
「え、ええ!?本当ですか!?」
「ああ……ただし条件がある……」
「じょ、条件……?」
あれ……空気がちょっとピリついてる……?
「坊主の他に勇者が召喚されてるだろ?」
「え……?ええ、そうですが……」
「俺は今、とある勇者を探していてな……そいつの情報と居所を教えてくれ。そうすればお前に魔法を教えよう」
「は、はぁ……あの……失礼かもしれませんが……どういった理由と目的か……伺っても良いですか……?」
「実はな……勇者の一人が俺の娘を殺しかけたそうでな……そいつを見つけて殺そうと思ってるんだよ……」
「そうなんですね……………………え?」




