第39話「なんで平気なの?」
「――てください。朝ですよ」
「ん……んん?」
重い瞼を開くと窓から差し込む光で白銀のローブが輝いている。
「まさか……俺の人生で母親以外の女に起こされる日が来るとは……」
「相変わらず変なこと言いますよね……」
ソーレに起こされた俺は重い身体を起こし、朝一で必ずやろうと決めていたことを行う。
――ステータスを確認。
―――――――――――
<手繰 大和:Lv3>
【 生命力 】43/43
【 魔力量 】54/54
【物理攻撃力】35
【物理防御力】50
【魔法攻撃力】52
【魔法防御力】59
【 素早さ 】26
【固有スキル:コントローラー使い】
触れた物を顕現したコントローラーで操ることができる。
―――――――――――
よし、魔力量はちゃんと全快している。
ソーレが言っていた『休んだり寝たら魔力は回復する』という情報は正しかったようだ。
「今って何時だ……?」
「時間は正確には分かりませんが……朝日が出てそんなに時間は経ってないかと」
「マジの早朝じゃねーか……」
多分、元の世界で考えると朝六時とかその辺か……
こんな早起きは久しぶりだ……
「こんな朝早くから動くのはこの世界じゃ当たり前なのか……?」
「基本的には日が出たら皆、活動を開始しますよ」
「本当に健康的ですこと……」
俺はベッドから起き上がり、机に置いている歯ブラシとコップ、歯磨き粉を手に持つ。
「まだ眠いけど……目ぇ覚ますために顔洗いに行くか……」
「分かりました」
部屋から出ると、澄んだ朝の空気が心地よい。だが――
「ちょっと寒くないか……?」
「まだ春に入る手前ですからね……朝や夜は肌寒いかと」
「どおりで……つか、この世界って季節が存在するのか?」
「ええ、今は冬を終えて春になる時期ですね」
宿舎から少し進むと、トイレの位置から割と近いところに洗面所がある。
昨晩、道具袋の中身を漁ってみた中で歯ブラシなどを見つけたのと、『歯磨き粉』と書かれた瓶があったので、歯磨きがてらに洗面所も見つけていた。
「ん……?」
洗面所にはすでに誰かが歯を磨いているのが見える。
あれは……
「えーっと……確か、橘……だっけ?」
俺と同じもう一人のコモン勇者『橘 日和』がそこにいた。
橘は慌てた様子で俺に見えないように口を濯ぐ。
「あ、ごめんごめん!変な時に声かけちゃって……」
「…………う、ううん……大丈夫。手繰くん……おはよう……」
「ああ、おはよう……」
橘の顔を見ると……目の下が腫れぼったい……
昨日、橘の護衛であるジャックが言っていた通り、泣いていたからだろう。
だが、あまり触れるべきではないのかもしれない……
俺は黙って洗面所の蛇口をひねり、水を顔にこすりつけていく。
昨日の大浴場もそうだが……蛇口ひねったら水が出るって……どんな異世界だよ。
「冷てっ!!なぁ……これって温水でないのかよ……」
「贅沢言わないでください」
「まぁ、こっちのほうが目が覚めるけどさ……風邪引くぜこんなん……」
続いて、歯を磨く。
ハーブ系のスーッとした感じと、どこか塩っぽい味の歯磨き粉だが……まぁ使い心地は悪くない……にしても歯磨き粉まであるって本当に文明レベル高いなこの異世界……
「……ねぇ……手繰くん……」
「んん?」
橘はまだこの場にいた。
何か話したがってた感じがしたので待っていたが……なんだろうか。
「怖くないの……?」
「んんん?」
俺は歯磨きを手早く済ませてコップに水を入れ、口の中をスッキリさせる。
「怖いって……この世界に突然召喚されたこと?」
「……うん……」
「怖いよ。でも同時にワクワクもしてる」
「……そうなんだ……やっぱり手繰くんもクラスのみんなと一緒なんだね……」
「どういうこと?」
「だって……いきなりこんな世界に連れてこられて……魔王を倒すまで帰れないなんて……おかしいよ……おかしいのに……」
橘の目が濡れ始める。
「なんでみんな平気なの……?おかしいよ……こんなの……」
「いや、おかしいからこそ……だよ」
「え……?」
「他の奴らは、このおかしい状況を受け止めきれてないだけだと思う。今はまだ、テーマパークに招待された……くらいの感覚にしかいないと思うが、今日……目が覚めて思い知るだろうな。これが遊びじゃない現実だってことに。まぁ……中にはこの状況を楽しんでるやつもいるが……橘みたいに考え出す奴は今後増えてくるだろうぜ」
「………手繰くんは……そこまで分かってて……なんで平気なの?」
「平気じゃないさ。女神には暗殺されそうになるわ……俺は国の支援もロクに受けられないコモン勇者の判定を受けるわ……数日後には無理やり拠点奪還作戦に参加させられて、またまた暗殺されそうになってるわ……平気なんてとんでもない」
「え?…………え、え?」
「こんな酷い状況に追い込まれたらさ……やることは一つじゃん?」
俺は橘に――、
「魔王さっさとぶっ倒して、女神ぶん殴って、晴れやかな気分で元の世界に戻る……そんだけさ、はーはっはっはっはっ!!」
精一杯の作り笑いをしてみる。
「え……?え、え?」
「あ、それと橘に一つだけ忠告だけど……」
「え……あ、うん……」
「これから数日、絶対に人目のある場所に居続けろ。護衛のジャックと二人きりには絶対になるな」
「…………え?……それってどういう……」
「城外に出ると、王立図書館が城下町にあるから、そこでのんびりと本を読んで過ごすと良いかもな。明るい受付嬢もいるし、少しは気がまぎれるかもだぜ」
俺はその場をあとにしようとする。
「ちょ、ちょっと待って!どうして……」
「今は知らないほうが良いかな……大丈夫、必ずなんとかするから」
「え…………」
「あなたは……何を企んでいるのですか……?」
「さーてね……分かったら飴ちゃんやるよ……持ってねーけど」
頭が冴えてきたところで……今日の目標である『世界最強の薬屋』へと歩を進めた。




