第36話「風呂上がりの誘惑」
女神直属部隊の回復班であるバルトさんとアベルさんと一緒にお風呂から上がり、脱衣所にて大きめの布で全身を拭く。
正直な話……異世界に召喚されてワクワクした反面、不安なことも多くあったが……やはり風呂は偉大だ。なんとかなるって気持ちになる。
「そういえばお二人とも……凄い荷物の量ですね……」
全員が新しい服に着替えて、前の服は道具袋に入れるわけだが……バルトさんやアベルさんの道具袋は俺の三倍以上はあり、しかもパンパンだ。
「俺たちは軽装備を着込んでいるからな。これくらいは量があるんだ」
「女神直属部隊のローブも意外とかさばるからねぇ〜……」
「装備を脱いでから大浴場に来るってわけじゃないんですね」
「まぁ通常の兵団のようにフルプレートだったらさすがに脱いでから来るが、軽装備だとどうしてもな……」
「わざわざ宿舎まで戻って脱ぐのも面倒ですもんね……」
丁度、他の女神直属部隊の兵士が白銀のローブを脱いでいたので、軽装備がどんなものか確認すると……
全身は身動きが取りやすいように基本は革や布で出来ているが急所となる場所には所々に金属で出来たプレートのようなものがくっ付いている……。確かに、これくらいならわざわざ宿舎に戻って装備を脱いでくるのは手間かもな……。
俺たち三人は着替えも終わったので脱衣所を出て、広間に出ると……
すぐ近くにお風呂上がりで着替えたソーレが立っていた。
「意外と長風呂でしたね」
「悪い悪い、バルトさんとアベルさんに中で会ったからさ」
「お!ソーレじゃないか!怪我の具合は大丈夫か?」
「はい、おかげさまで。昼間はありがとうございました」
「構わん構わん!はははははっ!」
「ソーレちゃんと随分仲良くなってるなヤマトくん……やるねぇ〜」
「仲良くなったかは分かりませんが、頼んでもないのに護衛するとか言われて一日中一緒でしたからね……ははっ」
「仲良くはないと思いますよ」
「……そうなのね」
確かにソーレとは情報収集のために色々と会話をしたし、なんか変な癖?……みたいなものも分かってきた。嘘が下手とかな。
…………そういえば、普段はソーレってローブで全身覆ってるから、今の服装は割と新鮮だな……
俺が寮母さんからもらった一般的な普段着は、男の兵士に支給されるものなんだろう。バルトさんやアベルさんもサイズ違いのものを着ている。
ソーレの着ているものは同じ材質ではあるものの、所々に女性らしさを感じさせるデザインになっている。
…………にしても、ソーレって意外と……ローブで見えなかったが……部屋でローブを脱いだ時は、軽装備を着込んでいたからかあまり目立ってなかったが……
結構大きい……。
シンプルな部屋着だが、身体のラインは割と分かる……やはり鍛えてるだけあって身体のラインが……
「あの……なにジロジロと見てるんですか……?」
「え……!?」
ヤバい……見過ぎた……!
「あ、あああいや……男と女で服のデザイン違うんだなぁ〜〜って思ってさ……ほらデザイナーさんのセンスが問われる部分じゃん?」
「……あなたも大概、嘘が下手ですよね」
「いやいやいや、そんなことないって!」
女の目は鋭い……気をつけよう……
「あら……?あらあらあら!?……もしかして昼間の勇者様じゃない!?」
どこからか女性の声がする……。
俺は声の方向を振り向くと――――
デッカッ…………
思考が停止する。
歩くと不規則に揺れる二つの……ダメだダメだ視線を逸らせ失礼だろやめろやめろ……
俺は今日一番の思考スピードの末、わずか二秒間で顔を真上に向けて情報を遮断する選択が取れた。素晴らしい反射神経だ。
「あら……?どうしたの……?おーい」
「すみません……僕、貧血気味なので少し立ちくらみしまして……」
「…………あなたは本当に嘘が下手ですね」
落ち着け落ち着け……思春期の男の子にとって……あまりにも刺激が強すぎる……なんて兵器が存在するんだ……
あんな光景、現実の世界でも見たことがない……くそっ!あんな兵器を使われたら俺は一瞬で暗殺されてしまう!
平常心だ……落ち着け……
俺はゆっくりと顔の位置を正面に戻し、目を開けた。
「もう大丈夫です……ははっ……僕の名前は『ヤマト=テグリ』と申します。あなたのお名前をお聞かせ願えますでしょうか?……ははっ」
「なんで目線を逸らすのぉ……?」
「……………………」
ソーレの目線が痛い。そんな目で俺を見るなッ!俺だって戦ってるんだよ!!
「ヤマトくんって言うんだね!お姉さん覚えたよ!私は女神直属部隊の回復班に所属する『リリー』って言います」
女神直属部隊……回復班……女性……
「バルトさん……もしかしてこの方が……」
「ああ……彼女が俺たちと一緒に、ヤマトくんを治療したメンバーの一人だ……」
「あれれ、バルトさんにアベルじゃない……どうしてここに?」
「白々しいな、絶対俺たち見えてたろ……ヤマトくんと風呂で会ってさ、せっかくだしこのまま飯行こうってなってんだ」
「ええ〜〜!私もいくぅ〜!」
バルトさんやアベルさんが危険って言ってた意味はこれか……確かに刺激が強すぎるお方だ……
だが……!!
「昼間は僕を治していただきありがとうございました!本当に助かりました!」
「…………あらあら、嬉しいわ。ほら、頭を上げて……お姉さんは当然のことをしたまでだから」
「そう言っていただきありが――」
リリーさんと目が合った。
リリーさんは長く綺麗なブロンドヘアで、色気のある唇から……まさに聖母を感じさせる大人の女性だった。
整った顔立ち……美人……イメージで言うなら教会にいるシスターのお姉さん……
もちろん、絶対に首から下は見ないぞ……
だが、一番気になったのは……瞳……
吸い込まれそうな赤茶色の瞳……の奥に……
潜んでいる何かを感じた。
背筋が凍る……
何かのモンスターを見たような恐怖ではない――、
別に敵だと感じたわけでもない――、
悪意は一切ないのに――、
俺が抱いた感情は――、
恐怖。
俺はただの餌でリリーさんは捕食者だと本能で察した。
「あら……やっぱり可愛い顔してるわ……ヤマトくん……」




