第34話「入浴のお時間」
地面に散らばった石たちを拾い上げ、自室の棚に置いているとソーレはさも当たり前のように俺の部屋に入ってくる。
「服が少々汚れてしまいましたね……食事の前にお風呂に入ったほうが良いかと」
「お風呂かぁ……そうだなぁ……」
さすがに現代のお風呂みたいに温かいシャワーが出たり湯船に浸かれるってわけじゃなさそうだし……桶に入れた水とかでタオルを濡らして体を拭く、みたいな感じだろうか……。
ただ、昼間は日差しもあったり、歩いたりしててそうでもなかったが……夜になるとどうも肌寒さを感じる……。
こんな中で濡れたタオルで全身を拭くと風邪ひくぞ……。
「それでは、寮母さんから貰った替えの服を持ってください」
ソーレは棚に置いてあった俺の服をさも当たり前のように別の新しい道具袋にまとめて手渡してくれた。
「え……?お母さん……?」
「バカにしてるんですか……?行きますよ」
暗闇の中を小さな灯りを頼りにソーレに付いていくと俺の部屋がある宿舎が並ぶ列とは、また違う列の一部屋の前に辿り着いた。
「私も替えの服を持ってきますので、こちらで少しだけ待っていてください」
するとソーレは部屋へと入っていき……しばらくすると俺が持っているのと同じ道具袋を手に持っていた。
「では行きましょう」
「あ、ここお前の部屋だったのか」
「はい、この辺一帯は女性専用の宿舎です」
「なるほど……」
女性専用の宿舎と聞いて……少しだけソワソワする……。
改めてソーレに付いていくと……何やら灯りのついた建物が見えてきた。
「なんだここ……?結構デカい建物だな……」
「大浴場です」
「……だい……よくじょう、だと?……え、マジで!?」
確かに言われてみれば……建物の上に湯気のようなものが見える気がする。
「す、すげぇ……この世界って大浴場あんのかよ……」
「……?どういう意味ですか?」
「あ、いや……なんでもない……」
「それでは入りましょうか」
「お、おう!」
大浴場の入り口をくぐると……そこには様々な人たちが往来して賑わっている大きな広間があった。
建物の中は外とは違い、天井や壁に光石がふんだんに設置されていて、昼間のように明るい。
「では、まずはここで靴を脱いでください」
どうやらこの建物では靴を脱いでから広間にあがるらしい。
……あれ?なんか既視感あるな……
「靴を持ってこちらへ」
ソーレに付いていくと……壁一面にビッシリと……これは、まさか……!?
「こちらの下駄箱に靴を入れて、この木の鍵を抜いてください」
「…………銭湯でよく見るやつだ」
「せん……とう?」
俺は言われた通り下駄箱に靴を入れて、木の鍵を抜き取った。
「その鍵は、また靴を取り出す時に必要ですので無くさないようにしてくださいね」
「うん、分かってる……つーか知ってる……」
あれ……どこからか美味しそうな食べ物の匂いがする……
「どっかに食べ物でもあるのか?……お腹空いてきたな……」
「この建物は食堂とも繋がってまして、向こうの廊下を行くとありますよ。お風呂から上がったらご飯にしましょう」
「すげぇ……なんだこのファンタジーらしからぬ世界観は……」
「何を言ってるんですか……?」
しかし、ここで俺に電流が走る…………
周りにはおそらく兵士だと思われるガタイの良い男たちが往来しているが……
もちろん女性だっている。ソーレと同じく兵士か……もしくは城内で働いている人たちか……
もしかしてだけど……もしかしてだけどぉ……
ここって混浴だったりするのだろうか……
それは思春期の男の子である俺には刺激が強すぎる……心の準備ができていない……だが、こんなチャンスは滅多にない!!
「それでは、ここで別れましょう。お風呂からあがったらこの広間で待っていてください。男湯はあちらです」
「うん、だよねー。だと思った」
宿舎だって男と女で分かれてるんだ。当たり前だよなぁ?
よく見ると、男湯と女湯が分かりやすいように絵が描かれた布が壁にかけてあるし。いや、気付いてたよ最初から……うん。
俺は少しガッカリしながらも、男湯の入り口へと入っていった。
外から中が見えないような造りのグネっとした廊下を少し進むと、男たちが装備を脱いでいたり、濡れた身体を大きめの布で拭いているムワッとした光景が広がっていた。
この世界の大浴場の使い方は詳しく知らないが、俺は周りの男たちを見ながら、見よう見まねでやってみることにした。
まずは、壁に鍵付きの棚があったので、その中に道具袋を置き、着ていた服も置いて鍵を閉める。鍵は簡易な形をしており何かの金属で出来ているのか硬かった。手首に巻けるような紐も付いており、周りの裸の男たちも手首に巻いていたので、俺もその通りにする。
次に身体を拭く布だが……この脱衣所の一角にまとめて置かれており、俺と同じタイミングで服を脱いだ男たちもそこから布を持っていくのを見たのだが……布には大きいやつと小さいやつがあり、小さいやつを先に取っていったことから、おそらく大浴場で身体を洗うために使うのだろう。俺も小さい布を取ることにした。
そして、大浴場へと入っていくと――そこには、
中央に大人数が浸かれる大きな湯が張られており、大きさは学校のプールを正方形にしたようなデカさだ。
壁際には身体を洗うスペースがあるのか、男たちが小さい布で全身をくまなく洗っていたり、頭を洗っていたりした。
…………?泡立っている……だと?
俺も身体を洗うために空いたスペースに行くと、そこには茶色の石鹸があった。
周りを見ると、どうやらこの石鹸一つで頭から全身まで洗えるようだ。
マジで……ちゃんとしてる。
ファンタジーの世界ってもっと、こう……衛生面とかは劣悪な環境だと思っていたのだが、想像以上に揃っているぞ……この世界。
トイレもそうだったし……文明レベルが相当高い世界で良かった……。
「見慣れない少年がいると思ったが……君はもしかして昼間にソーレと試合をした勇者様じゃないか?」
「え……?」
後ろを振り向くと、そこにはガッシリとした筋肉を身に纏う短髪のブロンドヘアをした優しく力強い男が立っていた。凄い筋肉だ……それに……なんて逞しい物を付けていやがる……
「えーっと……」
この人は……誰だ……?
昼間のソーレとの試合を見ていたってことは……兵士だよな……?
でも、全員……甲冑とか白銀のフード付きローブとかで顔とか分からなかったしなぁ……
「おっと、すまない!あの時はフードを被っていたから分からないよな……俺は女神直属部隊の回復班リーダー『バルト』だ。よろしく!」




