第33話「不穏な護衛」
「さ、例の薬屋へ行こうか」
「え……?どうしてですか……?」
「だって、もう店長が戻ってるかもしれないだろ?」
もう夕刻の鐘もなって、さすがに薬屋の店長も戻ってる頃だろう。
今日、魔法を教えてもらえなかったとしても挨拶だけはしておきたい。
「ダメです。明日にしましょう」
「いや、行っておきたい。お前が行きたくないのは分かってるけど、俺一人だけでも――」
「確かに行きたくありませんが……この時間に行くのは失礼にあたると言ってるんです」
「え……?」
「あなたのいた世界がどういう常識かは知りませんが、この国では夕刻の鐘のあとは余程のことがない限り仕事をしない・持ち込まないのが常識です」
「え……?そうなの……?挨拶だけでも――」
「挨拶だけでも逆に失礼に値します。魔法を教わりにいくなら、最低限の礼節は守るべきです」
カルチャーショック。
……まぁでも、元いた世界でも深夜にピンポンなんて鳴らしたらそりゃ失礼だし、この世界ではその時間帯が早いって話か……
「分かった……はぁ……そんな常識があったとは……止めてくれてありがとな……」
「いえいえ……」
「でもさ……なんでそれ先に言わなかったの?」
「え……?」
「もしかしてお前……これを狙ってたな……?」
「そ、そんなことは…………」
ソーレは俺に顔を合わせようとしない。
「お前……やっぱ嘘下手だろ……」
「……………………」
「はぁ…………」
とりあえず今日は大人しく帰ろう……。
「それにしても、一気に暗くなってきたな……」
先ほどまで微かに夕日で明るかったのに、今ではほとんど前が見えないほど暗くなっている。
月明かりが多少あって歩けなくはないが……いや、さすがにもっと暗くなるとヤバいぞ……?
「そうですね……灯りを点けましょう」
ソーレはどこからか小さな入れ物を取り出し『カシャ――』と何かを回転させる音がすると……ほのかに明るい光が漏れ出てきた。
「それは……?」
「光石です。虹色石のような魔石の一種ですね。石自体が光を放ちます」
「うわ……ほんとだ、石が光ってる……」
「夕刻後は辺りが真っ暗になりますから、外を歩くときには必須の道具です。確か、寮母さんから渡された道具袋の中に入ってるはずですよ」
「え、そうなの?……今度から持ち歩くようにしよう……」
光石の光量はそこまで大きくはないが、足元を照らすくらいはできたので、転ばずに帰れそうだ。
「あ、そうだ……!ちょっと寄り道しても良いか?」
「え……?どちらへ行かれるんですか?」
「ちょっと拾っておきたいものがあってさ」
城下町から少し外れたところに移動すると、まだ道になっていない草木などが見えた。
「えーっと……この辺だったら落ちてるかなぁ……」
「何を拾うんですか……?」
「お、あったあった。これだよ……ただの石」
俺はクルミくらいの大きさの丸い石ころをソーレに見せる。
「なぜ……ただの石を?」
「ふふふ……ちょっと試したいことがあってな……せっかくだしもっと拾っておこう」
俺はさらに、同じ大きさの丸そうな石と
両手を使ってようやく持てそうな大きさの丸そうな石を拾う。
「大漁大漁〜」
「石を拾って喜ぶ人……はじめて見ました……」
石を抱えながら城門まで戻ると、交代したのか新しい門番に勇者手形を見せて通してもらう際に――
「このような少年が……伝説の勇者様だったとは……失礼しました……」
また同じようなことを言われた。
「伝説の勇者ってどういうイメージ像なんだよ……」
「その辺は統一されていませんね。人によっては老人だったり青年だったりバラバラです」
「そりゃまぁ……童話やらロマンス小説でイメージぐちゃぐちゃになってたらそうなるわな……誰か本物を知ってる人はいないのか……?」
あれからさらに辺りは暗くなり、ほのかに城から漏れる光は見えるものの、城壁の中も相当暗く光石がないとまともに歩けない。
「こりゃ夕刻後に仕事をしないって理由も分かるわ……暗すぎる。もっと光石があれば、その辺に沢山置いて明るくなるのになぁ」
「光石が採れる鉱山は現在も魔王に支配されてますから……それは叶いませんね」
「なるほどね……ただ……」
俺は立ち止まり、夜空を見上げた……そこには
今まで見たことがないほどに綺麗な星空が広がっていた。
「こんな星空が見れるのは……まぁ悪くないかな」
「確かに綺麗ですが……そんなに珍しいですか?」
「ああ、俺がいた世界だとこんな満天の星空なんて見えないよ……」
思わず、見惚れてしまう……。
ネットとかでしか見たことがない星空は、異世界に来て良かったと思わせるインパクトがあった。
「早く魔王とか倒して、女神から殺されることもなくなったら……のんびりと星でも眺める時間が欲しいな……」
「…………そうなるといいですね」
「そうするのさ…………あ、なんか一気に疲れがきたわ……さっさと飯とか食おうぜ」
「今日は色々ありましたからね」
「だな……」
俺は拾った石ころを一旦、自分の部屋に置くため宿舎のほうへと戻った。
すると……自分の部屋の隣に一つの灯りと誰かが座っている人影が見える。
「あれ、ソーレちゃん!遅かったねぇ」
人影は立ち上がり、灯りを持ってこちらに近付いてくる。
近付いてくると徐々に姿がハッキリしてくる。
白銀のローブ……女神直属部隊の人間か。
そしてフードは脱いでいたので顔が見える。
おそらく茶髪で高身長、顔の整ったイケメンの青年だ。
「ジャックさん……なぜ一人なんですか?」
「んーっとね、俺が護衛してる勇者ちゃんがさ、ずっと部屋で泣いてんだよね……」
護衛……勇者……泣いてる……俺の部屋の近く……
俺と同じコモン勇者の橘が泣いてる……?
「あの……その勇者ってなんで泣いてるか分かりますか……?」
俺は少しだけ嫌な予感がした。
「ん〜〜〜…………」
ジャックと呼ばれてる男は俺のことをジーッと見つめると…………
ドンッ――――!!
一瞬、俺は何が起こったか分からなかったが腹部の痛みや散らばった石たちを見て、理解した。
いきなり蹴られた……だと?
「げほっ……ごほっ……!!」
「……ッ!?……ジャックさん、何をするんですか!」
「え?だってさ、俺に名乗りもせずいきなり質問っておかしくない?」
「彼は勇者様なんですよ?……それにいきなり蹴りかかるなんて……」
「知ってるよそんくらい。コイツってあれだろ?ソーレちゃんに負けて大泣きしてたガキじゃん。そんな奴がいきなり生意気なことしたら蹴られて当然でしょ」
なんなんだこいつは……。
「それよかソーレちゃんさ……女神から言われてる件、進捗どうなの?」
「……それは話せません」
「そっかぁ……まぁ、俺はさっさと終わらせるよ。なんで俺が子守なんてしなきゃいけないだっつの。女神って意外と見る目ねーよなぁ」
「……先ほどは失礼しました……僕はヤマト=テグリと言います……」
「ふむ、まぁいいだろう。次はないからな」
「……それで、あなたが護衛されている勇者が……泣いている理由を教えてくれますでしょうか……?」
「んー、それが俺もよく分からないんだよね。部屋に案内したら突然泣き出してさ、めんどくさいから外で待機してたワケ」
……良かった……まだ何かされたわけじゃないのか……
「つか、ソーレちゃん!この後ヒマ?一緒にご飯食べようよ」
「いえ、私は勇者様の護衛がありますので……」
「別にいいじゃん〜もう夜だしさ……」
ジャックはジロジロとソーレの全身を舐め回すように見ていた。
「申し訳ありませんが……」
「ちぇ……相変わらず真面目だなぁ……それじゃ、俺は行くわ」
そう言うと、ジャックは暗闇へと消えていった。
ジャックが見えなくなったと同時にソーレは俺に近寄り、手を握ってきた。
「……大丈夫ですか!?」
「うぉ!?なぜ手を……?……まぁ、石ころ持ってたからかな……そこまで痛くない……つか、全然痛くなくなってきたわ……」
「それは良かった……」
ソーレはそのまま手を引いて俺を立ち上がらせてくれた。
「それで……さっきの奴は一体なんだ?」
「彼は女神直属部隊の一人でジャックと言います。もう一人のコモン勇者の護衛に選ばれた人です」
「まぁ、その辺は大体察しはついてる。それで、奴も魔法が使えるのか?」
「ええ、使えますが……なぜそれを聞くんですか?」
「…………まぁ、純粋に興味があるからかな」
別にクラスメイトを助けたい……とか考えてはいない。
だが――俺は本能で理解した。
アイツは俺が嫌いな人種であり――、
始末しなければいけない人間だと。




