第3話「同調圧力」
「先生やば……惚れそうなんだけど……」
「かっけぇ……」
「やっぱり岡守先生……しゅてき……」
大人としての責任感を
背中でも語って魅せる岡守先生。
俺の『岡守先生:好感度メーター』が
グググっと上昇する。
「本気ですか……?」
「もちろんだ」
女神から、今まで浮かべていた笑みが消え
何か品定めをするような目で先生を見る。
「ふふっ……」
「?」
「ふふふふっ……おもしろいです……ふふふっ」
「何がおかしい?」
「あ、いえいえ。むかし召喚した勇者の中にあなたと似た人がいまして……ふふっ。私のあなたに対する好感度メーターは上昇しました」
「なんだその気持ち悪いメーターは」
好感度メーターは気持ち悪いか……
俺は少しだけ悲しくなった。
「残念ではありますが、あなた一人だけで魔王討伐に行かせるわけにはいきません」
「……ッ! どうしてだ!?」
「理由は2つ。1つ目は、あなた一人よりも後ろの子供達と協力したほうが生存率は100%に近くなること。魔王を侮ってはいけません」
「…………」
もっともな意見だ。
魔王という存在がどういうものか、
俺たちは見てすらいない。
「2つ目は、全員で協力しなければ、先に国が滅びるかもしれません」
「……それは……」
「我からもお願いしたい」
あなたはッ!見るからに『王様の人』!
今まで女神が喋りまくるせいで
存在感ゼロだった王様!
「我が国はすでに5割の土地を侵略されているのが現状だ。幸いにも死傷者はいないが、各地から生き延びてきた民たちを生かすため、全ての備蓄と財政を駆使してギリギリまわせている状態……もしも、この状況が続けば……万を超える民が死んでしまう……」
王様は涙を浮かべながら深々と頭を下げる。
「どうかお願いだ……もちろん最大限の援助もする。謝礼も十分に行う。だから……どうか……」
でっぷりと太った体型をしているので
私腹を肥やす系の王様かと思っていたが
人は見かけで判断しちゃダメだな……。
「我々からもどうか!! お願いしたい!!」
王様の後ろにいた
甲冑の集団のリーダーと思われる人が大声で叫び
それに呼応するかのように
甲冑の集団とマントの集団も
全員が深々と頭を下げた。
「この国をあなたたち勇者の力で救ってほしい!!」
俺たちの親と同じ、
いやそれ以上の歳の大人たちに
こうも懇願されると……
「ですが……」
先生も揺れている。
自分のエゴで多くの人々が悲惨な目にあう……。
普通に生きていたら、まず遭遇しないだろう
人の生き死にがかかった『本物のトロッコ問題』
「事態は一刻を争います。もし、この国の土地があと1割でも奪われたなら……先ほどの倍の数を覚悟せねばなりません」
女神もさらに後押しする。
もう先生の心のダムはギリギリだ。
溢れちゃう。あと少しで決壊しちゃう。
「先生……一人で抱え込むなって……」
ぽんっと先生の肩を優しく持つのは
クラスのリーダー『唯有 武尊』
「先生が俺たちを守りたいのと同じように、俺たちも先生を守りたいんだ」
唯有は心からの微笑みを先生に贈る。
「なぁみんなぁ!! 俺たち3年1組に出来ないことはねーって!! そうだろ!?」
唯有の演説が始まる。
「みんなで力を合わせれば、必ず全員無事に元の世界へ帰れる!」
一人、また一人と男子生徒たちは立ち上がる。
「先生を一人で見殺しにしてーのか!?」
女子生徒たちも一人、また一人と――
「この国の人々を見殺しにしてーのか!?」
気付けば、生徒のほとんどが立ち上がり――
「んなわけねーだろ〜って」
「やってやろうじゃん」
「岡守先生に……死んでほしくない……」
「フッ……我の力をもってすれば造作もない」
「腕がなるなぁ!」
「さっさと終わらせて帰るぞ」
「……お前、ら……」
先生ダムが決壊した。
先生の周りには多くの生徒たちが取り囲み
今までの空気が嘘のように和気藹々としている。
「勇者のみなさま……本当に!! ありがとうございます!!」
王様はさらに深い涙を流し
また深々と頭を下げた。
「ふふふっ……岡守先生……生徒さんからも愛されているのですね……」
おそらく女神の好感度メーターがさらに上昇した。
なんだ……このドキドキ……
胸の中で何かが熱く反応する……
気持ち悪い……
なんだ、この同調圧力。
糞尿を熟成させてドブ臭くなった汚物よりもくせぇ。
この引き金となった
『唯有 武尊』の細目の笑顔を見ると
胃がムカムカする。
クラスのリーダー……ではなく支配者。
学校中の不良の中のトップ。
俺が2番目に嫌いな奴だ。
こいつはそんな酔狂なことは微塵も感じてない。
『自分も勇者としてこの世界で遊びたいから』
『王様の口から謝礼がもらえることを確定できたから』
この状況に持っていくために
伺っていたのだ……機会を。
蛇のように。
だが、ここで孤立するのはマズい。
俺は立ち上がらずに今も三角座りをしているが
このままだとハブられる。
異世界でハブられるのは本気でマズい。
命に関わる。
俺は立ち上がり、その場の空気に溶け込むように……
「俺もやるよ!!」
と、今まで悩みに悩んでたけど決心したぜ!
的な演技をしながら集団にすり寄った。
横目にちらっと、俺と同様に
数名ほど座っていた奴らも
同様に立ち上がり寄ってきた。
そうなんだよ……
この狭い世界……
少数が多数に勝てるわけがない。