第25話「寮母さんとの約束」
「……どうしてそんなに離れて歩くのですか?」
「いやいや、近くにいると……人気のないところでお前に殺されるかもしれないだろうが……」
ソーレに今後寝泊まりする部屋を案内してもらっているのだが……
暗殺が怖くて5メートルくらい距離を離しながら歩く。
「なるべく人気の多そうなルートで案内してくれよな……」
「もはや病気ですね……その疑り深さ」
「……人を可哀想な目で見るな……」
おやおや……?
今歩いてる方向って……さっきソーレと試合した訓練場の方向じゃないか?
「なぁ、俺の部屋ってどんなとこなんだ?」
「兵士が普段使っている宿舎となります。現在多くの兵が遠征しているため沢山の部屋が空き状態ですので、そこに案内しろと指示されました」
「へぇ〜……」
あのクソ女神ぃ……
「部屋へ行く前に、まずは宿舎周りの管理をしている寮母さんのところへ案内します。そちらで服や下着などが支給されますから」
「あ、寮母さんがいるのね」
『宿舎管理室』と書かれた看板がかけてある建物へと入っていくと、受付の奥のほうで寮母さんらしき人が作業をしていた。
「エルミナさん……今日からこちらの宿舎でお世話になる勇者様を連れてきました」
「……お!ソーレちゃんじゃないか!……ん〜っとその子が例の……」
寮母であるエルミナさんはジロジロと俺のことを見てくる……
「は、はじめまして……僕は『手繰 大和』と申します。これから色々とご迷惑をおかけするかもしれませんが、何卒よろしくお願いいたします!」
「あらまぁ!なんて礼儀正しい子なんだろうねぇ!私はエルミナだよ。ここで寮母として働いてるのさ。何か困ったことがあれば気軽に相談に乗るよ!」
「はい!!……ありがとうございます!!」
ソーレが何やら目を細めてこちらを見てくるが今は無視だ。
寮母のエルミナさんはあらかじめ用意してくれてたのだろう。
俺の服や下着なんかを綺麗に畳まれた状態で渡してくれた。
おそらく3日分くらいはあるかも。
「衣類の洗濯はこっちでやるから、汚れたものからそこのカゴに入れておいてね。あと、こっちに来て靴を選んでくれよ」
受付の奥へと案内されると、革でできた靴が沢山並べられていた。
「お古にはなっちゃうけど、全部ちゃんと綺麗にしてるし、よく使われてる分良い感じに伸びやすいと思うからすぐに使い慣れると思うよ。サイズは任せるから好きなものを選びな」
「おお……ありがとうございます!」
お古なだけあって、傷が所々あるが、ちゃんと手入れがされてるのか光沢もあって履きやすそうだ。
とりあえず、自分の靴のサイズにあった良い感じのものを選ばせてもらった。
「あと、これが基本的な生活や活動に必要そうな道具が入った袋ね。水筒なんかも入れてるけど、もし足りないものがあればいつでも言いな」
「なにから何まで本当にありがとうございます!」
おお……意外と色々用意されていて
これはマジでありがたい……
「にしても……まさかあの伝説の勇者様がウチの息子より一回りも若い子供だとはね……そんな子供にこの国を託す私たちをどうか許しておくれ……」
「え……?」
今まで明るかったエルミナさんの表情に暗い影が落ちる。
「話には聞いてるよ……今度の作戦に参加するんだって?……そこにはウチの息子もいてね……」
俺の手をエルミナさんが優しく、力強く握りしめてくる。
……この手は……
「どうか勇者様……この国を……ウチの息子を……どうか……よろしくお願いします……」
エルミナさんは頭を下げながら震えていた。
俺たちは遊びでこの世界に連れてこられたわけじゃない。
この国を……大切な家族のいる人々を……守るために召喚された。
そんな重い現実を突きつけられて
俺はただ……固まることしか……
「エルミナさん。安心してください。俺が必ず……この国を……息子さんを守ってみせます」
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「あんなこと約束して本当に良かったんですか?」
「……うるせぇ……なんか言わないといけない気がしたんだよ」
俺はエルミナさんから渡された物資を抱えながら
ソーレの案内で部屋へと向かっていた。
「でもあなたは、コモン勇者で主戦力ですらないんですよ?……それなのに、この国も……最前線で戦っている兵士たちをも守るなんて不可能です。守れない約束をするのは良くないかと」
「…………お前、エルミナさんの手……触ったことあるか?」
「え……?」
「パッと見じゃあ分からなかったが、触れた時……骨ばった手だったんだよ……この国はすでに国土の5割以上を失って食糧難って問題まで抱えている。あの人……多分まともに飯食えてねーんじゃねーかな……」
「……そうですね」
「そんで次の作戦にもし失敗なんてしたら、さらに国土が減って……マジで餓死者が出るぞ……」
「……………………」
「確かに俺は弱いかもしれない。でも……弱かったら何もしなくて良いって理由にはならんだろ。どのみち、今回の作戦を完遂できるだけの力を手に入れないと死ぬ運命だからね俺。だったら、あれくらいの約束は守れないと」
「……それが口だけではないことを願っています。自己陶酔だけで言っているのなら……この先、生き残れませんよ」
「言うねぇ…………って、あれ?……でも確かになんであんな約束しちゃったんだろう……」
「もう遅いですよ」




