第2話「俺らの先生」
俺たちの担任『岡守先生』は、
普段から淡白な人で
『黙々と業務をこなす』みたいなイメージが強い。
ただ、一人でいる俺に
『最近はどんなゲームしてんだ?』と
気さくに話しかけてきたり
クラス内でいじめが起きそうになると、
どこからともなく現れて、いじめっ子に対し――
『お前ら、内申点どうなってもいいのか?』
と脅す。
まぁ、それでも
いじめをやめない奴もいるわけで、
そういう奴には――
『親にチクるぞ』
と脅す。
やり方はどうであれ、俺は
岡守先生のことが嫌いではない。
そんな岡守先生は今――
「規則とは、一体?」
「異世界から召喚された勇者は、『特別な力を得る代償として世界の歪みを正さなければ元の世界へは帰れない』これが規則です」
「世界の歪みとは?」
「この世界においては『魔王』という存在そのものですね」
「百歩譲って、今までの話が本当だったとしても、私の後ろにいる彼らはまだ15の子供達なんですよ?」
「それが何か?」
「――――あ?」
――キレた。
「あんたそもそもなんなんだ?ふざけた格好しやがって」
「私はこの世界を管理する女神です。見て分かりませんか?」
「分かるか!ただの変質者にしか見えんだろ」
確かに、『女神』と言われても
どうもしっくりこない。
格好のせい……もあるかもしれないが
それよりも、愛想がないから……?
いや……なんかもっと……
大事な何かが欠落してるような違和感を感じる。
「女神なんだったら、自分で魔王を倒せばいいだろ」
「私は女神ですから、この世界の存在には直接干渉ができません」
「はぁ?それはどういう――」
「証明してみせましょうか……?」
女神は後ろに控えている白銀のフード付きマントの集団から一人を呼びつけ……
「今からこの者に私の腹を刺してもらいます」
「――は?」
先生は思わず固まる。
「ふふっ、直接見せたほうが早いでしょ?」
女神は両手を広げると、意図を理解したのか
白銀のフード付きマントは、腰にある剣を抜き――
――何の躊躇もなく、背後から女神の腹を突き刺した。
「キャーーーーーーー!!」
女子生徒たちが思わず悲鳴をあげる。
ざわつく生徒たち……
だが、女神は微動だにせず、その場に立っている。
というか、腹に刺さっている剣が
うねうねと8の字を描くように動き出した。
普通の人間がこんなことされたら
内臓がどっぴゅんどっぴゅん飛んで
モザイクがかかるが
女神の腹は傷すら付いておらず
剣がすり抜けているようだ。
「この通り私は本物の女神ですので、この世界の存在には直接干渉できないのです」
女神のお腹を貫通した
血もついていない綺麗な剣が
うねうねと8の字を描く。
立体映像のように――
幽霊のように――
触れようとしても
触れられない。
「どうです?信じていただけましたか?」
女神の頭に剣が貫通して
角が生えてるようだ。
「わかった……あんたが女神だってことは……信じる」
非現実的なことを見せられたからか
いつもの冷静な先生に戻っている。
生徒たちも落ち着いたようだ。
女神の顔面に剣が貫通して
長い鼻が生えてるようだ。
「……もういいですよ」
剣を動かしていた
白銀のフード付きマントさんは
無言で剣を納め集団に帰っていった。
そして、集団の人たちから
ゲンコツを食らっていた。
「……話を続けてもいいか?」
「どうぞ」
「女神様の後ろに並んでいる人たちでは、魔王を討伐できないのか?」
「無理ですね。彼らでは全員でかかっても10秒、長くても1分で全滅です。この国の全戦力をかき集めて挑んだとしても、死体の山を無駄に増やすだけですね」
ギギギ――
甲冑を着ている集団は、何かを思い出したのか
拳を力強く握りしめ、体を震わせている。
白銀のフード付きマント集団も
顔や腕は見えないが、同様に――。
「そんな化け物を相手にしろと……?」
「ご安心ください。前にもお伝えしましたが――あなたたち勇者には、この世界を救うべく与えられた『特別な力』があります。力には個人差はあるものの、うまく使えばたった一人で魔王を討ち倒すことも可能です」
「え、マジで!?」
「おぉ……」
「クックック……ようやく来たか……」
特別な力と聞いて、男子生徒たちは
テンションエナジーMAX。
一国を滅ぼせるほどの力を持つ魔王と
同等の力を自分が持ってるかもしれない……
その期待値は、男たちを興奮させた。
俺も……少し興奮してる……。
ただ、女子生徒たちは違うようだが……。
「お前ら、少し黙れ!」
聞き慣れない先生の怒声に
男子生徒たちは静まり返った。
女子生徒たちもビクッとする。
いつもの先生とは明らかに様子が違う。
それは他の生徒も感じていた。
「これは遊びじゃない……うまい話でもない……殺し合いなんだぞ……」
先生は俺たちに……というより
自分に言い聞かせているようだった。
でも確かに先生の言う通り、
これは遊びじゃない。
普通に死ぬかもしれない話だ。
怪我だって当然するだろう。
骨折……で済めばまだ良いレベル。
腕や足がもがれ、千切れ、切断され、
今まで味わったことのない苦痛で
泣き叫び、助けを乞いながら
惨めに死ぬかもしれない。
逆に魔王を殺すにしても――
生きてる鶏や豚すら
直接殺したことのない子供に
魔王が殺せるのか?
想像しても意味がないほど
想像を超えてくる壮絶な絶望と体験が待っている……
魔王討伐とは、そういうことなのだろう。
先生の言葉は
俺たちをファンタジーから
現実へと引き戻してくれた。
先生は何かを必死に考え込んでいる。
息が荒かったが、次第に落ち着き、
目を閉じ、眉間をギュッと指で掴み
「ふぅ――――……」っと息をゆっくり吐いて――
覚悟を決めたように瞼を開けて
岡守先生は告げる――
「俺一人で魔王を倒す。生徒は俺が守る」