第13話「勇者の一人くらい……」
俺は操作している甲冑にガードの体制を取らせる。
相対するソーレは剣を構えたまま動かない。
今のうちに目を閉じて、視界をTPS視点に切り替え
甲冑とソーレが視界に入るようにカメラ位置を調整する。
ひとまず、準備は整った。
さて……どうするか……
いくら兵士だからといってもソーレは女。
傷付けるのは後味が悪い。
でもなぁ……そんな甘いこと言ってられないよなぁ……
ソーレはおそらく女神から
『何らかの指示』を受けているはず……。
何かされる前に、この試合を早く終わらせたい。
…………わざと負けるか?
でも、兵士に負けたとあっては
勇者のランクが相当下になりそう……
…………よし、決めた!
ソーレには悪いが、早々に倒させてもらう。
甲冑が装備しているのは木剣だし、死なせてしまうことはないだろう。
それに、回復魔法が使える人もいるし多少の怪我は許してくれ……
あとで謝るからさ――。
俺は甲冑のガード体制を解き
揺さぶりのために左スティックを左右にかちゃかちゃさせて
軽快なステップを踏ませる。
少しずつ……少しずつ……
ソーレとの間合いを詰めさせる。
甲冑――お前の性能……確かめさせてもらうぞ!
俺は攻撃ボタンを押し、
甲冑もそれに従い、木剣をソーレに向かって縦に振るが
ソーレはそれを最小の動きで横に回避――、
ソーレが反撃に甲冑に対して剣を突くが
すかさず回避ボタンを押して
甲冑は大きな音を立てながら後方にドッチロールをして回避――、
なるほど……甲冑の挙動はこんな感じが……
じゃあ次は……
甲冑は左右に軽快なステップを踏みながら
ソーレに近づいていく。
だが――攻撃しない。
煽るようにステップを踏み続ける。
ほれほれほれ〜〜〜
ソーレは警戒したのか、後方に飛び距離を取ろうとするが
俺もすかさずステップを踏みながら距離を詰める。
ほれほれほれ〜〜〜どこへ行こうというのかね。
ソーレも煽られていることに気付いたのか
目が鋭くなっているような気がする。
ソーレは後方に飛ぶのをやめ
瞬時に甲冑へと剣を突く――、
待ってましたよ、っと――。
俺はガードボタンをソーレの攻撃に合わせて押し
ソーレの攻撃を弾く。
出来る気がしてたぜ……パリィをよ……。
ソーレは剣が弾かれたことで
腹部に隙ができた。
美味しくいただきまーす。
俺が攻撃ボタンを押すと、甲冑は
木剣の先端をソーレの腹部に思いっきり突き刺した。
「ぐほっ……!」
ソーレは思わず、膝を落とし
その場に倒れ込んでしまった。
…………あ。
やっちまった……。
つい楽しんでしまった……。
ソーレはその場でピクピクと痙攣している。
あれ、大丈夫だよな……木剣だから……多分大丈夫だよな?
「女性と戦いたくないと言う割には、結構容赦ないことしますね」
「いやいや、あそこまで強い攻撃になるとは思ってなく……」
……………………。
俺の背後で女の声がした。
いや、この声――――
「あぐっ!!」
気付けば俺は、背後から押し倒され
両腕を後ろに拘束されていた。
「一体……どうやって……」
俺を拘束していたのはソーレだった。
「あなたに教える義務も理由もありません」
「へぇ……いじわるしますね……」
俺は甲冑が戦っていた場所をチラ見すると――
確かにそこには今もなお
倒れてピクピク動いているソーレがいた。
どうなってる……ソーレが二人……?
……もしかして魔法ってやつか……?
「くっ……!」
拘束を振りほどけない……
こいつ……力強ぇ……
これは……仕方ないな……
「降参だ……」
悔しいが俺の負けだ……
両腕を後ろで拘束されて、コントローラーも扱えない。
だが……これで試合は無事終わる。
特に何か起こるわけでもなくて良かった……。
ギュ――――
しかし――、拘束は未だに解かれない。
「おい、降参だ。俺の負け。だから早く離し――うぉぇッ!?」
ソーレは肘で俺の喉を押し潰し、無理やり黙らせてきた。
「っ――――な……にを?」
ソーレは俺の耳元で小声で囁く。
「私……勇者が嫌いなんです……」
はぁ……?
知らねーよ。
ぐっ……息が……ぐるじ……
「だからさっき女神様に確認したんです。『勇者の一人くらい殺しても良いですか?』って……」
…………なに……言って――?
「そしたら許可をもらえたんです。『別に構いませんよ。一人くらい』って……」
…………!?……おいおいおい――!!
「試合の前に女神様が言いましたよね?――『この試合においていかなる被害があったとしても不問にします』って……この意味、分かりますか?」
メキョギ……ブチッ――――
俺の右腕から鳴ってはいけない音がした。
「んんんんんんんんーーー!!!!んん!!んんんーーーー!!!!」
痛みで叫ぼうとする俺の口をソーレは強引に塞ぐ。
今までの人生で味わったことのない痛みが走り続ける。
小指をタンスの角にぶつけた時?
鉄棒していた時に誤ってキンタマを思いっきりゴリっとした時?
全然、比にならない――。
血の気が引いて、冷や汗がびっしょりと体にまとわりつく。
意識が朦朧としてくる……。
どうやら失禁はしなくて済んだようだ……
少しずつだが痛みに慣れてきた……
いや、やっぱ痛いわ……。
けど……大分マシになってきた。
全身から力が抜けていく。
全然力が入らねぇ……
ガバッ――――
俺はされるがままに、ソーレに
うつ伏せの状態から仰向けにされて……
ソーレが俺に馬乗り状態だ。
なんだこれ……。
ソーレは俺の右手に手を合わせてきた。
最悪だ……女と手を繋ぐのは小学校の体育会以来だぞ……
こっちは右腕が折れてんだぞ……
離せよ……
ソーレは顔を近づけてきて――囁く。
「では、死んでください……」
どこかに隠し持っていたのか、
俺の首元にはナイフが添えられていた。
女にこんな密着されて
嬉しくないって思うのは人生、最初で最後にしたいね。
条件は揃っている。
右手はソーレの手と密着し、触れているし
俺の左手にはコントローラーが握られている。
俺は朦朧とする意識の中で
たった一つのことしか考えられなくなっていた。
こいつを殺す――。




