クレメンス家長男ヘンリー02
特等席とはいいがたい狭い席だったが、ジュエルボックスのライブに入ることができた。
ただ、この劇場、音の増幅装置があるみたいで、歌も声も問題なく聞こえる。
また、聞いたことのない旋律、リズムの曲。
いままで、貴族のたしなみとして聞いていた楽団。
古典劇、古典舞踊。それらは退屈なものだった。
ぼくなんか、眠気を我慢するのに必死。
眠ったら叱られるし。
それなのに、彼女たちのパフォーマンスは一切ぼくを退屈させなかった。
というより、自然にその世界に引き込まれていった。
あっという間の出来事だった。
気が付いたら、ライブは終わっていた。
あと物品販売とか握手会とかあるみたいだが、これは人数制限で入れなかった。
凄かった。素晴らしかった。
まだ、最後の曲が耳に残っている。
また、見たい。
でも、これは庶民の娯楽だ。
貴族の娯楽ではない。
しかし、どんな芸術よりもすばらしいと思う。
これは庶民には過剰なものだ。
なんとかジュエルボックスをぼくたちのものにできないだろうか。
庶民にはまがいものがお似合いだ。
「ぼっちゃん、どうでした?」
家に変えるとカシウスが話しかけてくる。
「うん。まあまあだった」
「そうですか。なかなかの人気だって聞きますが」
「でも、古典舞踊よりましかな。
できたら、次のライブも頼みたい。
握手券つきで」
「わかりました。
といいたいところですが、あれはなかなか手にいれるのが困難でして」
「わかってるよ。
何かあったとき言ってよ」
「ありがとうございます。
それで、少し内密なお話があるんですが。
なあに、すごくいいお話です。
お父さまの裏商売にもかかわることです」
父の裏稼業?
確かに何かやっているのはわかるけど。
それに関わる話。
ぼくはカシウスの顔を見る。
そして、言う。
「詳しく聞かせてもらおうか」
カシウスは満面の笑みを浮かべ、ぼくの耳元に口を近づけるのだった。