ベルナ劇場支配人01
「明日のジュエルボックスの公演の特等席を用意してもらおう」
目の前には、高そうな服をきた小太りの若者。
最近、こういうことが多くなった。
それは、ジュエルボックスのライブが連日大入りとなっているためだ。
わたしもライティングルームから、見ているが、彼女たちのライブはすごいものだ。
今までの公演は、歌とダンスが別れていた。
彼女たちは、それをいっしょにしてさらにいろいろ付け加えていく。
それだけでなく、その曲も完成されたものだ。
とにかく、一度見たら夢の世界に入ったようになってしまう。
一種、見る麻薬だ。
そのお手伝いをできるなんて、わたしは幸せ者だ。
「それは無理です。
もう一か月先まで売り切れています」
わたしは毅然とした態度で彼の目を見る。
「おい、おっさん。
このお方をどなたと心得る。
このお方は、クレメンス家の第一子、ヘンリー様だぞ。
平民が貴族に逆らったらどうなるか、わかっているよな」
とりまきの一人がわたしの前に来て声を荒げる。
こういうのは慣れっこだ。
こういう輩は、次に金、権力、暴力、そういうものを見せてくる。
わたしはそういうものには動じない。
なぜなら、リム様より怖い人なんてないからだ。
たしかにリム様とそのご友人の前に出たら足が震える。
ただ、それ以外のものにはまったく恐怖なんて感じない。
「ええ、たしか準男爵家でしたよね」
王都の貴族は全部頭に入っている。
わたしも元は王立劇場で下働きをしていたことがある。
あの時は音楽や演劇に身をささげるという夢を持っていた。
しかし、王立劇場での演劇や演奏に失望をしていた。
自由な気運がないのだ。
古典をできるだけ忠実に演じる、または演奏する。
それしか求められていないのだった。
わたしは芸術というものに失望した。
しかし、少しは期待もしていたのかもしれない。
それで、王立劇場で働いていたことを押し出して、小劇場に入り込んだ。
そして、経営者を騙し、自分が劇場主となったのだ。
ただ、わたしの力量で小劇場を中くらいの劇場にすることはできた。
あんまり、ほめられたことはやっていないけどな。
だから、多少の修羅場はくぐっている。
少なくとも目の前の青二才に舐められるようなことはない。
「知ってたら、なぜ、ヘンリー様のいうことを聞かない!」
「ないものはないのです。
手に入れたければ、次の売り出し日にならんでいただくしかないですね」
わたしは少し薄笑いを浮かべながら若者に言うのだった。