どうやら悪役令嬢のようです。ヒロイン入学後結構経っているけれど、今からでも参加しようとしてたら、王太子殿下が協力してくれると言い出しました。
「私って、悪役令嬢だったの…っっ」
私は、学園の教室で一人うなだれていた。
つい先程までは、普通に暮らしていた。いつものように学園の授業を終え、頼まれていた先生の手伝いを終えたあと、帰ろうとしていたときに、ある集団とすれ違ったのだ。
美少女と美男子数名の、やたら顔の良い集団がいるなと思い、なんとなくそちらに目がいった。
そしてふと美少女と目が合った。
その瞬間に思ったのだ。「あ、私はこの光景を知っている」と――――。
『王国学園で恋体験♡』。無料配信されているブラウザで出来る乙女ゲームだ。
平民のヒロインが貴族だらけの学園に入学し、四人の攻略対象との恋を繰り広げるありきたりなものだ。
攻略対象たちの、『さぁ、恋を始めよう。』というセリフと共にオープニングが始まり、ストーリー展開していく。
そしてその攻略対象との恋路を邪魔するアレッタ・バング公爵令嬢、これが私だ。権力を使ってプレイヤーが選んだ攻略対象を自分のものにしようとするのだ。つまり、特定のキャラの婚約者とかではなく、オールキャラに対応するオールマイティ悪役だ。無料のゲームだったので経費を節約した結果なのかもしれない。
しかし、前世の記憶と言えるのか何なのかよくわからないが、ゲームのことを思い出しただけで、その他は何も覚えていない。わかるのは、この世界が私の知っているゲームと酷似しているということと、前世を生きていた世界のことをざっくりとだけ。
私、仕事とか何してたんだろう。何か特別な仕事をしていたりして、それを思い出せれば、知識チートが使えたかもしれないのに…!
しばらく記憶を探ったが、残念ながら何も思い出せないので諦めるしかない。
そういえばうちの学園は、貴族はほぼ義務的に試験を受けて入学することになっているが、試験さえ通れば平民も入学出来る。勉強する機会が少ない平民にとって、入学試験はなかなか難しいものであるが、やはり志高い人はいるわけで、毎年平民も数名いる。ヒロインもそうやって入った一人なのだろう。
「そういえば噂になっていましたね、優秀と言われる平民の女の子が。」
思い起こせば、なんかすごい平民がいるらしいことは噂になっていた。しかし正直興味がなかったので気にしていなかったのだ。実際、どれだけすごかろうが、これまで私の生活に関わってこなかった訳だし。
攻略対象たちとは顔見知りだが、学園生活では挨拶を交わすくらいでほぼ関わっていない。
「…………」
そう、関わっていないのだ。
「…大丈夫かしら?話の流れ的に…」
私はなんだか急に不安になってきた。別に何も悪いことをしていないのだけれど、ヒロイン入学後結構経ってしまっているし、私が意地悪をしなかったことによって、話が全く進んでいなかったりしたらどうしようかと。
しかし、例えヒロインが誰とも結ばれなくても、世界滅亡の危機は無いのでそこは安心なのだが。
このまま知らんぷりすることも出来る。しかしよく考えてみると、ヒロインは成績優秀、容姿端麗、そして性格もいい。そんな素晴らしい人間が、これから国の中枢となっていく攻略対象たちのうちの一人の傍にいて支えてくれるとなると、国の利益になるのではないか。貴族のマナーなどは、ヒロインのポテンシャルでどうとでもなるだろうし。
「やはり、今からでも話に参加したほうがいいかしら…」
私の役割は、ヒロインと攻略対象がよりラブラブになるためのスパイスのようなもの。無いよりはあった方がいいはずだ。
悪役というのは不本意だが、公爵令嬢として、国の利益になるかもしれないことを見過ごしたくはない。
ヒロインの恋愛が今どのくらいの進捗かは知らないが、今からでも私が攻略対象にちょっかいを出すくらいは出来るだろう。
「うん、そうしていきましょう…」
そうと決まれば計画だ。私は紙に攻略対象たちの情報を書き出して行く。第二王子に侯爵家の長男、別の侯爵家の次男で第二王子の護衛、そして伯爵家の三男(父は宰相)の四人。実にありきたりなメンバーだ。学年は皆一つ下だがなんとかして接点をもつしかない。
ある程度書き出したところでふとペンを止める。
「そういえば、この攻略対象に王太子殿下は入ってないわね…さすがに平民とじゃ畏れ多いってことかしら?」
「誰が畏れ多いって?」
「ぴゃ」
いきなり背後から声をかけられ肩が粟立った。ゆっくりと振り返ると、そこには我が国の王太子、クリストファー・ヘンウッド殿下が立っていた。つやめく銀色の髪に同じ銀色の瞳。その容姿は驚くほど整っていていつ見ても麗しい。しかしもう帰っているはずの殿下が何故こんなところにいるのだろうか。
「クリストファー殿下…どうしてこちらへ?」
「そりゃ公爵令嬢が青い顔をして帰宅とは逆方向に歩いているのを見かけたら心配にもなるさ。」
なんと。私のせいでしたか。
「まぁ、わざわざ足を運ばせてしまい申し訳ございません。」
「いや、謝る必要はないが…元気そうだね?」
「えぇ…気分は良くなったのでもう大丈夫です。ご心配おかけし申し訳ありませんでした…」
殿下は本当に心配してくれたのだろう。元気な私を見てほっとした様子だ。
「大丈夫なら良かった。気にしないで、君と僕の仲じゃないか。」
「…ふふ、ありがとうございます。」
『君と僕の仲』というのはあながち冗談ではなく、私とクリストファー殿下は仲が良いと言えるだろう。幼い頃から顔見知りでもあり、遊び相手になることもあった。歳も同じため、この学園では毎日顔を合わすし、ある程度言いたいことも言い合える。そしてたまに二人でお茶なんかしたりもするのだ。
私が殿下の優しさにほくほくしている一方、視線を落とした殿下の表情が急に暗くなる。何故だろう。今のやり取りでハートフルメモリーが刻まれこそすれ何かやらかした記憶はないが。
すると殿下がトン、と机の上の紙を指でさす。
「…これはなんなの?」
「それは…!!」
先程私が書き出した、ゲームと現実を照らし合わせた攻略対象たちの情報だ。やらかした記憶はなかったがこれを見られたのは現在進行系で非常にやらかしている。
「な、なんでもありませ…」
慌てて私が紙を回収しようとするよりも先に、殿下が紙をひょいと掬い取る。
「『第二王子、俺様、好みはお淑やかな子』。」
殿下が書かれている内容の一部を読み上げる。猛烈に恥ずかしいからやめてほしい。
「なんでもなくて何故こんなにも詳しく男の情報が書かれているのかな?」
「えっと…」
殿下が一歩私に詰め寄る。圧に押され私は反射的に下がろうとしたが、窓際に座っていたため逃げ場がない。ちなみに何故わざわざ窓際に座っていたかというと、単純に私の席だからだ。
「それも何人も。君は男漁りでもするつもりかい?」
「あの…」
殿下の顔がずい、と私に近づく。普段なら美しさを拝むところだが、今は殿下の気迫でその余裕はない。
「公爵令嬢たる、君が?」
「ひぇ…」
こわい。とてもこわい。
私は殿下の凍てつく眼差しに負けて、身の潔白のために洗いざらい話す羽目になった。
□ □ □
「…そんな不思議なこともあるもんだね…」
「……え、信じてくださるのですか…?」
ことのあらましを説明し終えた私は、恐る恐る殿下の顔を見上げたが、殿下の表情は、驚いてはいるものの至って普通だ。
「嘘を言ってるようにも見えないし。それに、こんな嘘を言ったところで君になんの得にもならないだろ?」
「それはそうですが…」
あっさりと受け入れてくれた殿下に拍子抜けした。
「確かに平民の彼女、驚くほど優秀だよ。」
「そうでしたか、確かお名前は……」
まずい、顔はわかるが名前が思い出せない。口篭もる私に殿下は呆れ顔でため息を吐いた。
「では殿下は御存知なのですか?」
「もちろん。マリア嬢だよ。」
反撃したつもりだったがさすが王太子殿下。いろいろな情報に精通してらっしゃる。完敗した私は口を一文字に結ぶ。
「で、君は彼女の恋路を邪魔したいのかい?」
「えぇ、今さらですが邪魔しようかな、と…」
正確には邪魔という名の助力だが。すると殿下のまわりの空気がすぅっと冷えた、気がする。
人の恋路を邪魔するのは良くないとか説教されるのだろうか。でも理由は先程説明したので理解はしてほしい。
「な、何か…?」
意を決して聞いてみると、殿下は一瞬迷った後に口を開いた。
「…君はこの中の誰かが好きなわけ?」
殿下が紙に書かれた攻略対象たちの名前を指さす。まだ持ってるんですか。返してほしい。…ではなく、予想外の質問で拍子抜けしたが、怒っている訳ではなさそうなので、質問に答えるべく私は攻略対象となっている四人の人物を思い浮かべてみた。
「えっと、うーん……」
◆第二王子、ジョージ・ヘンウッド。
髪色、瞳の色は王太子殿下と同じ銀色。長い髪を一つに束ねている。割と俺様キャラ。
◆侯爵家の長男、キース・コーシャック。
黒髪のストレート短髪で、青色の瞳。インテリキャラ。
◆別の侯爵家の次男であり、第二王子の護衛をしているロバート・ガレン。
茶色の短髪で、赤色の瞳で、硬派担当。
◆伯爵家の三男、ルイス・ピークリー。
ピンク髪のふわふわウェーブ、瞳もピンク。可愛い担当。父が宰相。
どの男子たちも、性格、家柄、特に容姿、どれも問題ない。しかし…
「残念ながら、お慕いしていると言える方はおりませんわ…」
今までの学園生活で関わってこなかったくらいだ。好きならば過去の私がもっとぐいぐい行っていたはずだ。
「そう、よかった。」
「よかった?」
てっきり残念がられると思ったのに喜ばれたので思わず聞き返してしまった。
「うん、君に好かれては大変だろうからね。」
「失礼すぎますわ殿下。私だって容姿と家柄は申し分ないはずですよ。」
そう、自分で言っちゃなんだが、公爵令嬢だし、容姿もヒロインのライバルになるべく整っている。ふわふわの金髪と長い睫毛に縁取られた琥珀色の瞳がチャームポイントだ。そして極めつけに成績もいい。
「もっとモテてもいいはずなのに、おかしいわ…」
公爵令嬢という立場上あんまりモテても困るのだが、改めて考えてみるとおかしい。この外見でただの一度も愛を乞われたことがないとは。
「皆、中身の残念さに気づいているんじゃないの?」
私は真剣に考えているのに薄ら笑ってきた殿下はなかなかにいい性格をしてらっしゃる。
「外面は完璧ですのでそれはありません。」
私は先程から殿下にビビって間抜けな言動もしているが、外面だけは完璧なのだ。学園では皆から尊敬されていると自負している。あ、もしかして完璧すぎて近寄り難いのかしら。高嶺の花、それかもしれない。そう考えると少し気分がいい。
「そう、きっと私は高嶺の花なのですわ!」
「じゃあ今は内面なんだ?」
人がせっかくいい気分になっていたのにスルーした上に茶々をいれないでいただきたい。
そんなことはない、と声を大にして言いたいところだが、昔なじみのクリストファー殿下の前だとどうにも素が出てしまう。現状のように。
「……そうですわね、殿下の前だと昔なじみだからか気が緩んでしまいますわ。」
本来、自国の王太子の前となると逆なのだろうが。私が渋々認めると、殿下はなんだか満足げだった。また負けた。悔しい。
「だがこの中の誰かと平民の彼女が結ばれるには、さすがに身分が違いすぎないかい?」
ここで強引に話題を戻してくるとはとても自分勝手だが、天下の王太子殿下に文句は言えない上、私も話したい内容なので素直に応じる。
「そこは、カミール伯爵令嬢が『カミール家の養子にならないか』と提案するのです。それで身分問題も万事解決ですわ。世間ではカミール伯爵令嬢は“神令嬢”と呼ばれていました。」
「確かに彼女はカミール伯爵令嬢と仲がいいね。なんとも都合の良い話だが。」
“神令嬢”は華麗にスルーされてしまった。殿下は私の話を流しがちだと思う。“神令嬢”というこの呼び名を、「ぴったりすぎて思いついた人天才!」と思い気に入っていた私が恥ずかしいじゃないか。
「…基本的には易しいお話ですからね。でも、カミール伯爵令嬢との友情を深めていないとこの話も出ませんので、多少のゲーム性はありましたよ。」
それにしても、殿下はよくカミール伯爵令嬢とヒロインの仲なんて知っていたな。私は全く知らなかったのに。
「彼女とカミール伯爵令嬢との仲なんてよくご存知でしたね。」
実はよく気にかけて見ていたとかそういうことだろうか。
「まぁ、立場上色々な情報は集まってくるし知っとくべきだからね。」
「あぁ、彼女は優秀ですものね。注目されて当然でしたわ。」
殿下の立場となると、将来有望な人材発見は欠かせない。ヒロインの名前ももれなく挙がっているのだろう。納得だ。
「妬いた?」
「………………え、私が?」
「他に誰がいるの。」
なぜこの流れの中で私が妬く要素があると思ったのだろうか。突拍子もない発言に思わず半目で殿下を見てしまった。
「はぁ、残念。」
殿下はわざとらしく肩をすくめてみせた。ちっとも残念がっていないじゃないか。その証拠に殿下はあっさりとまた話を戻した。
「じゃあ君は彼女の恋が実るために邪魔をしていくわけだね。」
「えぇ、そうなります。まずは現状を知るところからですわ…」
「出来ることがあれば僕も協力しよう。」
「よろしいのですか?」
他人の恋愛に首を突っ込むという面倒なことに殿下が協力を申し出てくれるとは意外だった。
「あぁ、面白そうだからね。」
「面白い…ですかね…」
面白いのかどうかはさておき、日々学業に公務に忙しい殿下は息抜きが欲しいのかもしれない。私としては協力者がいるだけで心強いのでとても嬉しい。私たちは顔を見合わせて微笑み合った。
「ところで、さ…話は変わるけど…」
ここまで鋭角に話を戻してきた殿下が今度は話を変えると言い出したことが不意にツボに入った私は笑いを必死に堪えながら続きを促した。
変な表情をしている私に怪訝な顔をしたものの、殿下は話を続ける。
「明日のパーティーのことだけど…」
「明日?…あぁ、王城で開催されるものですね。」
「うん、それで…」
「はっ!!明日のパーティー!?」
殿下が何か言いかけたところだったが私は急激に重要なことを思い出した。
王城で開かれる明日のパーティーには、ヒロインも成績優秀者として呼ばれているはずだ。これはゲームイベントで、一番好感度が高いキャラに、アレッタ(私)がエスコートされて入場するのだ。
それを見たヒロインがショックを受けているのを見て、勝ち誇った笑みを浮かべる私。
傷心のヒロインは会場を去ろうとするが、攻略対象が追いかけてきてくれるのだ。
『彼女(私)には無理矢理誘われ断れなかったのだ』と言って。
「なんということでしょう、私不在でも案外物語は進んでいたのかもしれませんわ…!!」
熱くまくしたてる私に少し焦った様子の殿下が口を開く。
「で、でも君、明日のパーティーって、何のためのものかわかってる?」
「えぇ、ゲームで言うイベントのためのパーティーですわ!」
もちろんそう決まっているので断言した。ヒロインが入学してから王城で開かれるパーティーは明日のものが初めてだし、時期的にも合っている。
「…………そう、かもしれないね…」
しかし何故かうなだれた殿下は、何かを諦めた様子で大きなため息を吐いた。そしてなんとか気を取り直したように私に向き直る。
「……じゃあ明日、君はどこかで落ち合うつもりなの?」
「そうですね。会場の入り口付近だと分かりやすいかと思いますのでそこにしようかと。」
この国では、エスコートのパートナーと会場付近で待ち合わせることも珍しくない。
前世の記憶を一部思い出した今、貴族が外で待ち合わせ?と疑問にも思うが、前世の時代での“普通”がこの世界にもところどころ影響しているからだろうと考えられる。
「…それ、僕もついて行って見ててもいいかい?」
「構いませんが…何故?」
「…面白そうだから。」
殿下は暇なのだろうか。
「…でも、殿下は抜け出すのは難しいのでは…?」
殿下は王族だ。そう簡単にうろうろ出来るとも思えない。
「大丈夫だよ。明日は少し自由がきくからね。」
「そうなんですね…」
本当に暇なのかもしれない。
「それに僕より君の方が難しいと思うけど。」
「え?」
なんでだろう?と首を傾げる私に、殿下が「思い出して」と続ける。
「きっと君はまず王城に着いたら来賓用の待ち合い部屋へ通される。そこからうまく抜け出すには、僕と一緒の方が都合がいいだろう。」
確かに、私は一応公爵令嬢だからVIP扱いなのだ。一度通されてしまうと会場へ入るまで部屋を出る理由が無い。
もし父が一緒ならなおさらだ。これまで毎回父が私のエスコート役をしてくれているので明日もそうなるだろう。
「失念しておりましたわ…確かに殿下がいてくださると大変助かります。」
「じゃあ決まりだね。明日は部屋までお迎えにあがるよ。」
殿下はキザったらしく綺麗な礼をした。
「お迎えだなんて…なんだか照れくさいですわね。ふふ、お待ちしております。」
正式な申し込みを受けているかのような美しさに、私も思わず笑みがこぼれた。攻略対象たちなんかよりもよっぽど輝いている。
「そういえば、どうして殿下は攻略対象ではないのでしょう?」
「はは、知らないよ。」
ふと湧いて出た私の素朴な疑問は笑いながらあしらわれてしまった。でも、おかしいと思う。だって、
「だって、クリストファー殿下って、学園の中で身分も当然一番高いし、顔だって格好いいし…」
そう、恰好の攻略対象スペックなのだ。
「……格好いい?」
「えぇ、むしろ顔も一番だと思って――って、何を言わすんですかっ」
「君が勝手に言ったんだろ。」
急に恥ずかしくなり殿下をポカポカ軽く叩いたが、殿下は楽しそうに笑っていた。あら、ご機嫌だ。普段から言われているだろうに顔を褒められたことがそんなに嬉しかったのだろうか。
「まぁ、今日はそれが聞けただけで満足だよ。」
そう言いながら私の気が済むまでポカポカに付き合ってくれた殿下はなんだかんだ優しい。
「じゃあ、僕は帰るね。明日のパーティー、よろしく。」
「は、はい…こちらこそ…」
「任せて。」
しばらく雑談をしたあと、殿下はひらひらと手を振りながら教室を後にした。
そして今気づいたが、あの攻略対象たちの情報を書いた紙がない。絶対に持っていかれた。
殿下はそんなにあのメモを読みたかったのだろうか。私はただただ不思議だった。
□ □ □
翌日、私は案の定父と共に王城の来賓室へ通された。
しかも今日の父はなんだかずっとそわそわしており、私を監視するかのようにずっと張り付いているため、部屋を出てもついてきそうだ。
まさか抜け出そうとしていることがバレているのかと不安になったところで、ちょうどクリストファー殿下が私を迎えに来た。
「えっ王太子殿下っ!?何故もうこちらへ…」
父が素で驚いていた。そりゃいきなり王太子殿下が現れたら無理もないだろうが、自国の王太子に対しては少し失礼だ。しかしそんな父の態度にも殿下は笑顔で応えてくれた。
「突然すみません。待ちきれずに来てしまいました。」
待ちきれずに、ということは父には事前に殿下が部屋に来ることを伝えてあったのだろうか。しかし父の驚きようからして、もともとは誰かが先触れをしてくれる予定だったのなら納得がいく。
そして殿下はにこにこ笑顔のまま父を見据えた。
「時にバング公爵。貴殿は情報管理を徹底されているようですね?」
確かに公爵家は杜撰な情報管理はしていながこのタイミングでわざわざ言うことではないような。しかし褒められたのは喜ばしいことだ。だがそれを聞いた父はなぜだか顔を青くして気まずそうにしている。
「それは…疎い娘が知ったら驚いて逃げ…ごほん、いえ、失敬。申し訳ありませんでした…」
なんの話だ。何故私が逃げるとかいう言葉が出てくる。そして何故父は謝っているのだろう。
「何です?私は逃げませんわよ?」
なんのことかはわからないが、公爵令嬢として私はそう簡単に困難から逃げ出したりはしないのでとりあえず反論させてもらった。
そうしたら何故か殿下と父の二人から残念なものを見る目で見られた。解せぬ。
そして殿下が呆れたように首を振ったあと、ふと笑みをこぼす。
「ふ、でも逃げていないのならいい。公爵、よくここまで連れてきてくれました。」
「は、はい…」
父は殿下に笑顔を向けられほっとした様子だ。そして殿下は父との話は終わったとばかりに私に向き直る。
「さて、アレッタ。」
「はい、?」
殿下は私をしばし眺めると、眩しそうに目を細めた。
「今日の君はとても美しいね。」
「…!ありがとうございます!えぇ、着飾りましたからね!」
褒めてもらえた。今日の私は綺麗な自信があるのでとても嬉しい。なぜなら、今日の侍女たちは久々のパーティーだからか私を磨き上げるのに鬼気迫る勢いだったからだ。
ドレスも気合が入っており、淡いクリーム色をベースに、スカート部分にはレースが重ねられている。胸元やレースの裾に金糸や銀糸を使った細やかな刺繍も施されていて、私はこのドレスを見たときひと目で気に入ったのだ。
髪の毛は途中まで編み込んだハーフアップになっていて、やはり全体的にとてもいい仕上がりだと思う。
「殿下こそ、とても…」
褒められて嬉しかったので褒め返そうと思い、改めてしっかりと殿下を見た。
今日の殿下は、私のドレスに似た色の衣装を身につけていた。服の装飾に負けないくらい輝いている。
学園では下ろされている前髪も、今日は半分掻き上げられており、残っている前髪がさらに色気を醸し出している。
本当に整っていて、目が合うと――思わずドキリとしてしまった。
「…とても、素敵ですわ…」
私が呆けたようにそう言うと、殿下は嬉しそうに「ありがとう」と頷いた。
「公爵、少し散歩をしてきます。」
殿下が父にそう断りを入れて私の手を引く。
父のそわそわ具合を心配していたものの、今は何故か感動したようにこくこくと頷いていたので、何もバレていないだろう。
私は殿下に手を引かれるまま安心して部屋を出た。
「…すんなりと出られましたね。」
「だから僕が居たほうがいいって言ったでしょ?」
殿下が得意気に、流し目で私を見た。いちいち無駄に色気を振りまかないでほしい。なんだかそわそわしてしまうではないか。
先程からざわざわする心臓を不思議に思っているうちに、会場の入り口付近に辿り着いた。
どこで待とうか迷った結果、私たち二人はあまりに目立つため、対象を見つけるまで人目につかないところで待機することにする。
「うーん、まだ来ていないようです…」
物陰からのぞいてみるが、どこにも攻略対象の姿は見当たらない。しばらく待ってみたが待てども待てども誰も来ない。
そうしているうちに、入り口付近で待っている人も、もうまばらだ。ほとんどの人が会場に入ってしまっている。
「おかしいですね…」
さすがに焦ってきた私は思わず呟く。殿下もなんとも言えない表情をしている。
「…本当に今日のパーティーなの?」
「えぇ、一番ヒロインの好感度が高い方が、今日私のエスコートをしてくれるのですが…」
「君はあいつらのうちの誰かを誘ったのかい?」
「いいえ?」
「えっ」
「えっ?」
え?あ、あれ。イベントのパーティーは確かに今日のもののはずだ。なんだかわからないが雲行きが怪しい気がする。もともと胡乱げだった殿下からだんだんと表情が消えていく。
「……じゃあ、誰が来るの?」
「…だ、誰が一番好感度が高いのか知らないのでわかりません…」
「…………」
「…………」
無言で殿下と見つめ合った後、ぶわりと汗が噴き出す。
え、待って、つまり、これって私が誘わないと誰も来ない感じなの…?
ゲームの自動装置的な感じで勝手に現れると思っていたのだけれど…
まずい。これは、非常にまずいのではないのか。
「これじゃいけないわ…!」
焦って飛び出そうとする私を、殿下がそっと押し戻す。
「…もう会場に入ってる時間だよ。君と入るつもりの誰かがいたとしても、もう諦めているさ。」
「そんな……」
好感度高い攻略対象さんは一人で入場してしまったのだろうか。
そしてそうだとしたら、必然的に私も一人で入場しないといけなくなる。
この時間から公爵令嬢が一人で入るなんてとっても無様だ。だけど誰も来ないのなら仕方ない。事前に下調べをしていなかった私のミスだ。失敗した失敗した失敗した。
もういっそ仮病で欠席するか。しかしこれまで元気だったことを知っている父になんて言えばいいのだろう。
「あれ、そういえば、こんな時間でも何故お父様は私を探していないのかしら…」
混乱の中ふと疑問が湧き出る。父に事情を話していなかったので、この時間まで私が帰ってこないとなると普通は心配するものではないのだろうか。
「まぁ、僕が一緒だからね。『帰ってこなくても時間には間に合わせるから大丈夫だ』と護衛を通じて伝えてもらってもいるし。」
「それは…ありがとうございます…」
私はなんて無計画だったのだろうと気がついた。私は今回の件に対して「スッと抜けてパッと合流してサッと離れる」くらいにしか考えていなかった。殿下が手を回してくれていなければ、抜け出すことも叶わなかったのだし、こんな穴だらけの計画じゃ成功する方がおかしかったのだ。
自分の無力さが悔しくて涙が浮かぶ。私はこんなに頭が悪かっただろうか。でも泣いている場合ではない。そうだ、自分の戒めのためにも、一人で入場するべきだ。父に後で何か言われたら、素直に謝ろう。
私はそう決めて、一歩踏み出す。
「アレッタ…?」
「…私、一人で行きますわ…殿下、お付き合いいただき本当にありがとうございました。そして、こんな無駄な時間に付き合わせてしまい申し訳ありませんでした。」
「いやいやいや、」
殿下が再び私を押し戻し、ため息をつく。
「あのさ…もう仕方ないから、今日は僕が君をエスコートしてあげる。」
「え…」
思わぬ提案に、私は目を見開く。
「さすがにかわいそうだし…それに、」
殿下が私の髪の毛をひと房掬い取る。
「こんなに綺麗に着飾った君を一人でなんて居させられないよ。」
「あわ…」
また心臓がざわざわした。もしかして体調が悪くなる前兆なのだろうか。
「僕が一緒なら君も、お父君も安心だろう?」
「えぇ、それはもちろん…」
むしろ攻略対象なんかの誰よりもすごい相手だ。
「それに今から一人で行くなんて。ここまで付き合った僕を置いていかないでよ。」
そう言って困ったように笑う殿下に、今度は心臓をぎゅっと掴まれたような感じがした。…今夜はあたたかくして寝よう。
「で、でもそんな、こんな私…いいのでしょうか」
「さぁ、もう時間も迫っているし行こうか。」
「あ…は、はい。」
狼狽える私の言葉は遮られ、殿下に優しく手を引かれた。そして殿下は見えている入り口から遠ざかるように進み出す。
「え、あの、クリストファー殿下…?」
「ん?」
「あの、入り口はあちらですよ…?」
「そうだね。」
「で、ですから、早くあちらから入らないと遅れてしまいます…」
だって入り口の扉は今にも閉められようとしているのだから。
「うん、だから遅れても大丈夫な場所から入るよ。」
「へ?」
そう言って殿下はどんどん建物の中に進む。もしかしたら、裏口につながっているのかもしれない。遅れているなら、目立たないに越したことはないし。
「遅れても大丈夫な場所って、目立たない出入り口があるのでしょうか?」
「ん?王族用のところだよ。」
「それってすごく目立つ場所なのでは…?」
青褪める私をよそに、殿下はどんどん歩みを進めていく。
「殿下…?王族用でも裏口的なところですよね…?」
不安になり再び尋ねるが、殿下は無言で笑顔を見せるばかりだ。くぅ、時間が経とうが何回見ようが相変わらず完璧と言える格好良さだ。
それにしても、攻略対象をほったらかしにしておいて、一国の王太子殿下にエスコートしてもらうなど、私に都合が良すぎやしないだろうか。仮にも悪役令嬢なのに。と、思ったところで私ははたとある考えに辿り着く。
「はっ、まさか殿下が隠しキャラとかで、実は好感度が一番高いとか…?ひっそりと愛を育んでいたなんて、全く気づかなかった…!」
きっとそうだ。そういえば殿下は今のヒロイン事情に私よりも詳しかった。気がつかないうちにゲーム通りにことは進んでいたのだ。
一人で感心していると、呆れたような目で見られた。
「君、恋愛に疎いと言われないか?」
「え?えぇ、まぁ。それに関しては多少の自覚もあります。」
「自覚あるんだ。」
私の答えが意外だったのか、殿下が目を丸くし立ち止まる。
「そもそも、私は公爵令嬢なので政略結婚の道具です。自己暗示とでも言うのでしょうか、恋愛感情というものにブレーキがかかっているのでしょうね。だって、その方が政略結婚する時に便利でしょう?」
「なるほどね…君は優秀なのに、そこに関してだけ驚くほどバカな理由がわかったよ。」
「直接的に失礼ですね。」
「うん、湾曲的には伝わらないわけだね。」
「なんの話です?」
「こっちの話。」
怪訝な顔で尋ねると、殿下は意味ありげにそっぽを向いた。本当に何なんだ。
私が眉を寄せていると、殿下が「でも、そうか…」と呟きこちらを見る。
「そうやって将来の自分を守ってきたんだね。」
「え…」
「政略結婚に便利、と君は言ったけど。恋愛をしていなければ、想い人ではない人と政略結婚して傷つくなんてことにはならないしね。」
今度は私が目を丸くした。まさか肯定してもらえるとは思っていなかったのだ。
「そうか、そうですよね…」
これまで、私は自分のこの感情の欠如のことをどこかマイナスだと感じていたのだが、自分を守るためだったのだと思うとすとんと納得できた。
なんだ、別に悪いことではなかったんだ。
そう思うと、幾分か身体が軽くなった気がした。
「でも、結婚する気ではあるんだよね。」
「それはもちろん。いつかは。」
「じゃあ君の言い分だと、結婚してからだと恋愛感情は解禁ということだね。婚約の間は?」
思いがけない問いに困惑したが、なんとか答えを絞り出す。
「え?えーと、こ、婚約は結婚を前提としているのでもう同等と言えるのでしょうし、理論的には解禁となりますが…」
正直そこまで考えたことはなかったが、そういうことになる。私だって結婚したなら人並みに幸せを築きたい。しかしいくら頭でそう思っていても、人間の感情のことなのでそこはよくわからないのだが。
しかし殿下は私の答えに満足したのか口角を上げて頷いた。が、殿下は何かに気がつき一瞬動きを止め、ぽつりと呟く。
「でも、恋がわからないのか…どうしようかな。」
どうしようとは、もしかして、まだ見ぬ結婚後の私の心配までしてくれているのだろうか。
「一般論はさすがに理解しておりますよ?でも私は誰かから好きと言われたこともないですし…恋という感情が自分にとってどんなものかは想像つきませんわ。」
私の答えに殿下は「ふーん」と少し思案し、何か「それって感情の欠如って言うよりただ自分で気づいてないだけなんじゃ…」ぼそぼそと私に聞こえない声で呟いていた。
ある答えに行き着いたような殿下は、軽く頷きながら私を見た。
「うん、要するに免疫がないんだね。そりゃ散々防いできたものなぁ…。じゃあ、これから僕が教えてあげよう。」
意味がよくわからないが、それはつまり、これから殿下とヒロインの恋愛模様を見せつけてくれるということだろうか?
その様子を想像していると、なんだか胸の奥がチクリと痛んだ気がした。
「…?」
今朝食べた魚の小骨かもしれない。シェフが完璧に抜いてくれていたはずだけれど、おかしいな。
多少の引っかかりはあったものの、私は気を取り直し殿下と共に再び歩き出した。
「そういえば、これも今更だけど、悪役というからには君は彼女のことをいじめたりもしていくのかい?」
「まさか。ゲームでも邪魔をしていただけでいじめてはいませんでしたし、したくもありません。」
私は真っ当な人間。いじめはダメ、絶対。だ。
「それに、いじめろと言われましても、私だって忙しくなったのでそんな暇ありませんわ。」
「忙しいの?」
「えぇ、お妃教育で。」
「………………へぇ。」
王太子は一拍置いたあと、とてつもなく冷ややかな目を私に向けてきた。
「なんですか、その目!真面目に厳しい教育を受けた結果、ほら、今日の所作も完璧でしょうっ!」
「うん、素晴らしいね。…ブレーキの効力が。」
はて。肯定されたのに、殿下が貼り付けたような満面の笑みを向けてきたのが腑に落ちない。
そうこうしてるうちに会場につながる扉の前に着いたらしく、殿下が足を止めるのに合わせて私も止まる。扉の向こうからは、皆の声が聞こえてくる。もうパーティーは始まっているようだ。
「ところでさ、」
扉を見据えたまま、殿下は私に言葉を投げかける。
「誰の妃になるための教育なんだろうね?」
「え…――――」
アレッタが考える間もなく、目の前の扉が開き、煌びやかな光が目に飛び込んできた。
「まぶし…」
思わず目を細める。明るさに目が慣れると、大勢の人がこちらに注目している様が目に入った。
やはりめちゃくちゃ目立つところではないか。殿下を責め立てたいが注目されている今そんな真似は出来ない。
令嬢の微笑みを携えたまま視線だけで苦情を訴えると、殿下はいたずらが成功したようにふふんと笑った。少し可愛いと思ってしまうくらいに顔が整っているのが余計に悔しい。
しかし皆のこの歓声、まるで私たち二人を待っていたかのように錯覚してしまいそうで――――…
「…彼女、そこにいるよ。」
殿下が小声で言った。その言葉に私は一気に現実に戻される。
そうだ。これはヒロインのためのパーティーだ。
私はそれをより盛り上げるためのスパイスで、これから殿下は私を置いてヒロインのもとへと行く。
そう考えると同時に、何故か急に目の前が暗くなった。一瞬ふらつきそうになったが、公衆の面前で倒れるわけにはいかない公爵令嬢としてのプライドがそれを防いだ。
しかし私の僅かな異変を感じ取った殿下が心配そうな視線を向ける。気づかれないようにと踏ん張ったはずなのに、なぜだかその視線が嬉しく感じてしまった。
そう、こんなにも私のことをわかってくれ、気も許せるクリストファー殿下には、やはり幸せになってもらわないといけない。
私は目を閉じ、ひとつ深呼吸をしてから目を開けた。
「…大丈夫ですわ。彼女はどちらに?」
この会場で、ヒロインがショックを受けた顔をして立っているはずだ。私も顔は覚えている。
ヒロインを見つけようと視線を巡らせると、彼女は容易に見つけられた。その彼女は、感激した表情で私たちを見つめている。侯爵家の長男キースと寄り添って。
「………………」
侯爵家の長男、キースと、寄り添って。
って、ちょっとヒロイン!?何ちゃっかり攻略対象の隣を獲得してるの!?選んだのは侯爵家長男だったのね!私も攻略対象の中では彼が良いと思ってた!じゃなくて私がいなくても何も問題なかったということ!?むしろスムーズにストレートに恋が実ったとかそういうこと!?
私が静かにパニックになっていると、隣の殿下からくすりと笑いが漏れた。
「彼女、幸せそうだね。」
「……えぇ、腹が立つほどに。」
「よかったじゃないか。邪魔をするまでもなくて。」
「それは…そうなのかもしれませんが…」
ゲームを思い出した身としては非常に腑に落ちない。それに、
「…殿下は、よろしいのですか?」
「え?」
殿下は、ヒロインのことが好きだったのではないのか。殿下の好きな人が目の前で別の人と幸せそうにしていることを思うと、胸がきゅっと苦しくなった。
「だ、だって、殿下は彼女のことを気にしていたでしょう…?だから、お辛いのでは…」
「ん?どういうこと?」
もしかして殿下は自分の恋心に気づいていなかったのだろうか。本当に不思議そうな顔をしている。
「だから、殿下は彼女のことが好きだったのではないのですか?」
「――――は?」
意を決してはっきりと告げたのに、殿下は綺麗な瞳をさらに丸くするのみだ。一瞬の沈黙の後、地を這うような低い声で殿下は唸るように言った。
「どこからそんな馬鹿げた話になっている?」
「え…――」
その時、国王陛下の挨拶の始まりを告げるファンファーレが鳴った。
話の途中だったが、殿下は私を一瞥したのち、陛下へと身体を向けた。
「…陛下の話をよく聞いておくんだ。」
「え…?はい…」
私は頭の上に疑問符だらけだったが、殿下のそれにならった。
「皆のもの、本日は集まってくれて感謝する。」
陛下のよく通る声が会場に響く。実はここ最近、陛下と顔を合わすことも多い。お妃教育の合間に休憩として王妃様とお茶をしていると、たまにふらっと陛下が現れて、「いつも息子と親しくしてくれてありがとう」や「君みたいな娘が欲しかった」など、いつも嬉しい言葉をくれるのだ。
お茶の時に会う陛下はほんわかしているが、今は威厳にあふれていて、国王なのだと改めて感じさせられる。そんな陛下の、続く言葉に耳を傾ける。
「本日、我が国の王太子クリストファーと、バング公爵家アレッタ嬢との婚約を、ここに正式に発表する。」
陛下の言葉に、会場中からわぁっと拍手が起こる。私もなんだかおめでたい気分になってきて、顔が綻ぶ――…
…………ん?
今、陛下なんて言った……??
王太子殿下と?バング公爵家の?アレッタ嬢??
それって私のことでは????
頭が追いつかない。
ギギギ、と視線を動かしてクリストファー殿下を見上げる。視線が合った途端、殿下は特別綺麗な顔で微笑んだ。
「ひぃっ」
しかし私は思わず軽い悲鳴をあげた。殿下の完璧な笑顔の背後に、何故か有無を言わせぬ恐怖を感じたからだ。殿下は笑みを崩さないまま口を開く。
「聞いてた?そういうことだよ。」
「あ、あ、あの…?」
「昨日、君が公爵から何も聞かされてないことを悟ってさすがに焦ったよ。全く過保護にも程がある。」
「え、な、なん…」
私は混乱しまくり意味のない音を発することしか出来ない。
「ほ、本当に…?」
やっと口から絞り出した言葉は、殿下に鼻で笑われた。
「むしろ何で今まで気づかなかったの?随分前から周りは固められてたんだけど。皆の反応を見てもそうだろう?」
全く気がつかなかった。父がうまく隠していたのかもしれないが、物事を恋愛方面から切り離して考えすぎていた自分があまりにも鈍すぎる。
しかしこれは、身分から成る政略結婚のはずだ。私が政略結婚に関することで恋愛に位置づけるはずはない。だって、このブレーキは、すべては政略結婚をするためにあるのだから。
――では何故私は、この手の話題を無意識に恋愛と位置づけたのだろう?
そんな私の自分への疑問は、殿下がやれやれと話し出した内容によって霧散した。
「ゲームだなんだ、攻略対象だと言い出したときは驚いたけど、攻略対象とやらじゃなくてよかったよ。だって勝手にヒロインたる彼女との恋模様に巻き込まれたくなかったからね。だからきっと僕は対象からはずれてたんだ。」
「……」
「せっかく君に男が近づかないように努力していたのに、今さら攻略対象の誰かが好きとか言われたらたまったもんじゃないしヒヤヒヤしたよ。」
「まさか、私がモテなかった理由って…」
私の恐ろしい仮説は美しい笑顔で黙殺された。
しかし政略結婚をするためにそこまでするだろうか。王太子妃になるにはそれまでの恋愛は禁止なのだろうか。禁止でないにしても、そりゃないに越したことはないな。いやそれとも、もしかして殿下は、私のことを――――?
「さぁ、もう婚約したんだ。」
その殿下の言葉で、私は思考の渦からぐんと引き戻され、急に先ほどの婚約発表を実感した。
そうだ、殿下と、私が――――…
「だから、君の恋愛感情は解禁だね?」
その言葉に、どくんと私の身体中の血が温度を上げる。
殿下が跪き、私の手を取りその指先に口づけた。
「――ずっと、好きだった。」
ボンッと音が聞こえそうなほどの勢いで顔が熱くなると同時に、クリストファー殿下の色気たっぷりの上目遣いに私は縫い止められる。心臓がうるさいくらいに鳴っている。今すぐ逃げ出したい衝動に駆られているのに、なぜだか逃げたくない自分もいる。
いろいろな感情で涙目になっている私をみて、殿下がくすりと笑いをこぼす。
そしてゆっくりと立ち上がり、私の腰を優しく抱き寄せると、これまた色気たっぷりにその眦を下げた。
「愛してるよ、アレッタ。」
初めて受ける愛の言葉は私の心のど真ん中に突き刺さった。
頭の中を、過去にしてきた殿下との何気ない会話や、その時の殿下の優しげな笑顔、私を愛おしげに見つめる瞳が走馬灯のように駆け巡る。
その時の私の、心地良いあたたかな気持ちも。
――あぁ、この感情は、とっくに私の中にあったのだ。
私の中が、何かで急激に満たされていく。
その“何か”に気がつく前に、嬉しそうに殿下が私を抱きすくめた。
「さぁ、僕と恋を始めよう。」
“何か”の答えはきっと、すぐそこに――――…
おしまい




