第8話:ドキドキ☆初めての旅行編~メイドさんと一緒~
おや?ジュジュちゃんの様子が………?
「りょこー?」
「ええ、そうよ」
「ネブカドネザルの方へ旅行に行こうと思ってな」
あざとさ三倍アイスクリームみたいな感じで聞き返して、そんな言葉が返ってきた。
………ちなみに言っておくと、ネブカドネザルは街の名前です。
なんでそんな仰々しい名前にしたのかは知らん。
………おまけに言うと、私たちが住んでいる街の名前はゴルゴダだったりします。
考えたやつ、ネーミングセンス終わってんな。
「でも、急にりょこーって、どうしたの?」
「ああ、それは、その」
「まだだいぶ先になるけれど、ジュジュの妹が生まれることになったの。だから、ママが動けなくなる前に、家族で旅行に行こうってなって」
孕 ま せ よ っ た な パ パ ン ! ! !
いや、まぁ、パパンも男盛りだろうし?この世界じゃ2人兄弟どころか3,4人くらい兄弟がいるのは当たり前みたいだし?やっぱり娯楽って大事なんだろうというか夫婦仲がよくて良きかなというかなんというか。
パパンもだいぶ厳ついけど、厳ついなりに整った顔してるし、ママンはナチュラルに顔面が凶器だし。
パパンと並ぶと本当に美女と野獣って感じなんだけど、11歳の子供が1人いるとは思えないくらいにラブラブなのよね。
というか、パパンが仕事で家を留守にすることが結構あるんだけど、家にいる時の夜はベッドが1晩中ギシギシ鳴ってたりするし。
………前に偶然見ちゃった時、知ってたのに( ゜д゜)みたいな顔になったのはナイショの話。
あとママン、私の気のせいじゃなければ、朝起きてパパンがゲッソリしてる日に限って、ママンがやけにツヤツヤしてるんですが、ナニを絞ってるんですかね?
というか実はサキュバスとかだったりしない?
………ま、ママンの血を引いてる私も、多分きっとめがっさすごい美人さんになるでしょうし、綺麗な分には問題ないか。
………しかし、妹、妹か。
ふと、前世の家族の事を思い出してしまった。
真っ黒な、星のない夜の空を漉いて流したような髪と、炯々と、鬼火のように俺を見る、2人分の双眸。
血の気の失せ切った白磁のような肌と、肉の削げ落ちた、触れれば壊れてしまいそうな体。
忘れない。
忘れられる、わけがない。
あの日、妹たちの体から、最後の熱が零れて落ちた、あの日、痙攣する肺腑に吸い込んだ消毒液臭い病室の空気の味まで、はっきりと、覚えている。
今でもたまに、夢に見る。
俺は、あの時、何もできなかった。
何もしなかった。
この業は、きっと、一生、俺の背中について回るのだろう。
異世界に生まれ変わり、性別すら変わり、かつての面影など欠片もなくなっても、過去は、過去だけは、どうしようもなく俺の背中を抉り、糜爛させ続ける。
………俺のような業人には、似合いの罰だ。
「ジュジュ?どうかしたのか?顔色がだいぶ悪いが………」
「ううん、なんでもない」
「………ジュジュ?なにかあったら、ちゃんと相談しなさいよ?」
追憶から浮上し、パパとママが、不安そうに私の顔を覗き込んでいた。
………いけない、2人を不安がらせてしまった。
私が今するべきは「家族に愛されて育った11歳のジュジュの演技」で、幸いなことに、何かを演じるのは私の得意技だ。
ばれないように、微かに息を吸って、吐いて。
「ありがとね、パパ、ママ。最近ちょっと実験がうまくいってなくて。心配させてゴメンね?」
「フオオオオオオオオッ!!」
「こら、ジュジュ。あまりはしゃぐと落ちるぞ」
「あばっ」
爆速で流れていく窓の外の景色に思わずハッスルし、パパンに襟首引っ掴まれた。
クキっていった、いま、クキっていった。
首から鳴っちゃいけない音がした。
………いや、まぁ、悪いのは私なんだけどさ。
「お嬢様。不用意に外を覗き込まれますと、最悪の場合、車外に放り出される可能性もございます。注意してください」
「わかったよ、リナ。ありがとうね?」
「お仕事ですから」
子供を諭すみたいに言うリナにお礼を言って、ぺこりと頭を下げられた。
………まぁ、ぶっちゃけ、馬車から転落した程度で私が死ぬとは思えないけどさ。
大力の巨神状態なら、多分、傷一つつかないんじゃなかろうか。
あれってファンタジード定番の身体強化魔法………というよりは、魔力による強化外骨格に近いものなんだよね。
私の貧弱ロリボディをバカみたいな量の魔力で覆ってるわけだから、使った後に筋肉痛になるようなこともないし、いざこねてという時は盾にもなる。
攻守ともに隙が無い。
我ながら、マジで傑作だと思う。
………ちなみに、今回の旅行にリナが付いてくる予定はなかったのだが、私が各所方面に全力で駄々をこねて無理矢理同行させた。
フフフ、ジュジュちゃんは幼女なので、多少のワガママは許されるのだ。
「………お嬢様。言っておきますが、私、今回の旅行に合わせるために、結構無茶したんですよ?おかげでここ三日ほど、ずっと寝不足で」
「あれ?リナ、普通に私を抱き枕にして寝てたよね?」
「………さぁ、なんのことだか」
ヨヨヨとわざとらしい泣き真似をするリナにそう返して、顔を真っ赤にしたリナが目を逸らした。
………リナは二年前から、ある種の不眠症というか、トラウマというか、とにかく1人では眠れない体になっている。
まぁ、16歳の少女がヤキ入れられたんだ、精神的外傷の1つ2つ生えてもおかしくないし、たかだか2年ちょっとの年月が、その傷を癒すのに十分だとも思えない。
けれど、けれどね?
18歳の、前世でも今世でも成人として扱われる年の人間が、七つも歳の離れた幼女を抱き枕にするのは、ちょっとどうかと思うのよね。
………まぁ、リナの体がひんやり冷たくて抱き心地がいいからって理由でそれを受け入れた転生者も、たいがいアレなんだけどさ。
………というか、私、享年21歳だったよね?
待って、今世含めたら私リナより年上………というか、三十路なのでは?
う、おぉ………マジか、なんかすっごいショックだ。
………ま、まぁ?
中身はともかく外面は超天才級の美幼女さまなわけだし?
かれこれ6年近く続けた幼女ロールプレイも、すでに神話級の領域に到達してるわけだし?
わたし、ようじょ、いろんはみとめない。
「お嬢様?さっきから百面相をされていらっしゃいますが、どうかしましたか?」
「ナンデモナイヨー」
「はぁ………何かあれば、遠慮なくお申し付けくださいね?」
「じゃあこれを」
「却下です」
ポーチからキジトラの猫耳カチューシャを取り出して、ぺしっとはねのけられた。
「え~………ダメ?」
「可愛いぶってもダメです」
「どうしても?」
「どうしてもです。というか、そもそもソレ、私の髪色と合わないじゃないですか」
「あっ、そこはダイジョーブ。これ、つけた人の髪色で色が変わるようにしてあるから」
「………また、無駄に洗練された無駄な技術を」
「フフン、人生の最大の味とは暇と無駄にあるのだよ、リナリナ君」
「リナリアです。それとお嬢様、何、人生の酸いも甘いも嚙み分けた老紳士みたいなこと言ってるんですか。貴女まだ子供ですよね?」
「そうかな………そうかも」
ちなみに、このカチューシャの色が変わる機構も、私のオリジナル魔術だったりする。
自在変色性装甲。
カメレオンの体色変化を基にしたステルス迷彩………を作ろうとして失敗したので、光の屈折と吸収・反射を調節することによって色を変えることに成功したのだ。
いや~………これ作るの、マジで苦労したわ。
よく考えりゃ、私、カメレオンが体の色変える原理なんて知らなかったから魔法で再現もクソもなかったし、じゃあタコとかイカがやってるのを参考にしようとしたけど、あれって簡単に言えば筋肉で解決してるわけだから道具に付与できるはずもないしで、散々だった。
最終的に、私の魔力で表面に薄い装甲を張り、そこを通った光に干渉して屈折、吸収することで、色を自由自在に変えられるようにしたのだ。
………まぁ、本当の地獄は、どういう風に光を操れば望む色が出せるか探るためのトライ&エラーだったんだけどさ。
アレは………うん、本当に、辛かった。
「うん、ほんとよくやったと思う、私」
「お嬢様、一週間くらいずっと考え詰めでしたもんね」
「ちなみに、この魔術をうまく使えば暗殺用の自動人形が作れたり」
「ジュジュ、絶対にやるなよ?」
「………ごめんなさい、実はもう作っちゃった」
「なんでそんな物騒なの作っちゃうんですかお嬢様」
「え?だってほら、やれそうだったらやってみたくならない?こういうのって」
「なりません」
「えぇ………」
「ジュジュ、とりあえず、屋敷に帰ったら作ったものを1通り見せてもらうからな?」
「は~い」
考える人みたいなポーズのパパンにそう言って、苦笑いを返された。
「ふぅ~………」
日も暮れて、優しく吹く風がわずかに肌寒く感じるような、澄み切った夜。
ベランダの椅子に腰かける私を、大きな金色の満月が照らしていた。
3泊4日の旅行の一日目、街を散策したあと、私たちは、特に問題なく………とはいかないものの、なんとか予約していた宿にチェックインしていた。
いや、うん、本当に色々あった。
リナに絡もうとしたチンピラ×4を《苦啼剣》の実験台に………もとい、粛清しようとしてお巡りさんに逮捕されかけたり、よくわからん胡散臭さ1000パーセントな行商人のおばあさんによくわからん壺(?)を押し売りされたり、色々あった。
というか、あのばあさん、マジで何だったんだろうな。
なんかえげつないくらいキャラが濃すぎたし、ターボババアかオメェはよぉってレベルで足早かったし。
なんというか、ちょっとした怪異に遭遇した気分だ。
まぁ、それでも。
「楽しかったなぁ………」
いや、本当に。
前世も含めて、ここまで旅行を楽しんだのは初めてじゃなかろうか。
兄貴に連れ出されたルーマニアの吸血鬼探求の旅も、叔父貴に連れられたチェコの珍品蒐集旅行も楽しかったが、それでも、今回ほど楽しめたかと言われれば首を傾げざるを得ない。
あの2人が家族としてダメだったわけじゃないが、どこへ行くかよりも、誰と行くかの方が大事なのだ。
マグカップに注いだホットミルクを啜り。
「………家族、かぁ」
指先が、僅かに震える。
ママのおなかが大きくなって、あと数か月もすれば、妹か弟か、もしかしたら両方ができるかもしれないと考えて、ようやく、実感が湧いた。
………というよりは、私が目を逸らしていただけか。
怖い。
ただひたすらに、どうしようもなく、怖い。
私がちゃんと「お兄ちゃん」をやれるのかわからなくて怖い。
私が生まれてくる子の見本になれるような人間なのかわからないのが怖い。
…………私が、また、妹たちを殺さないか、わからないのが、怖い。
怖くて、怖くて、怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて怖い。
体が震える。
四肢から血の気が引く。
ガチガチと、歯の根の鳴る音が、やけにうるさく響く。
浅く、荒い呼吸を、肺腑から無理やり吐き出して。
「…………だい、じょうぶ。だいじょうぶ、私は、だいじょうぶだから」
両腕で体を掻き抱き、切り忘れていた爪が、皮膚に食い込んで血を垂らす。
僅かな鉄錆の匂いと鈍痛、ぷつぷつと赤い雫の浮き上がる傷口の感触が、ぐちゃぐちゃに崩れかけていた脳味噌を、急速に冷ましていく。
赤く濡れた指先を口に含み、粘性の高いソレを、ゆっくりと、丹念に舐る。
………大事なのは、発想の転換と、ポジティブシンキングだ。
私の身に降りかかった転生というこの現象が、人為的なものか、ランダムに発生する自然現象なのか、世界のバグなのかすらもわからないが、ただ1つだけ言えるのは、何の因果か、私がまた「お兄ちゃん」になろうとしているという事だ。
ならば、「役」を果たさなくては。
震えようが、怯えようが、泣こうが喚こうが駄々を捏ねようが、時間は、時間だけは、平等に、残酷なまでに平等に、進んでいく。
私にできるのは、同じ轍を踏まない事だけだ。
とりあえずは。
「ベビー用品でも作りますかね」
まずは電電太鼓でも作ろうかと画策しつつ、目を閉じた。
うすうすお気づきの方もいらっしゃると思いますが、ジュジュちゃんはだいぶ面倒くさい人間です。
正直言って人間性が終わってます。
まぁ、そう言うところも含めて気に入っているんですけどね。