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幕間話:ある男の末路




 ────俺は、ちっぽけな農村の、貧しい農家の、三男として生まれた。


 取柄といえば、他人よりちょっと力が強いのと、魔力が多いくらいで、それだって、村の全員に行き渡るだけの水を出せば、疲労困憊で動けなくなるくらいの物だった。


 ………あとは、よくちょっかいをかけてくる幼馴染がいたくらいか。


 赤髪のチビで、どうでもいいようなことで一日中笑っているような、そんな奴だった。


 そいつには妹がいたが、妙に元気な姉と違って、妹の方は病弱で、滅多に家から出てこなかったが、外を話を聞かせてやると、目を輝かせて喜んでいた。


 俺たちの家は隣同士で、俺のうぬぼれでなければ、年頃の男女らしくお互いに気になっていて、いずれは、コイツと結婚して、普通に生きて、普通に死んでいくんだろうと思っていた。


 ………そりゃ、英雄願望が無かったとは言わないが、村の外は危険だったし、あの頃は、革命軍の大規模攻勢が失敗して壊滅したばかりで、周囲の大人もピリついてた。


 そうでなくとも、激戦区から離れた何もない農村のガキに、戦争に出て、人を殺して殺される想像なんて、出来るはずもない。


 夜眠れば朝には日が昇るのと同じくらい当たり前に、日常が続いていくものだと思ってた。




 ………あの日、革命軍の敗残兵に、村を焼かれるまでは。



 何があったかなんて思い出したくもないし、語りたくもない。


 生き残ったのは、俺たちを含めて僅かに4名で、そのうちの1人は敗血症で、もう1人は、気が触れて自分のはらわたを引きずり出して自殺した。


 ………俺の幼馴染も、助からなかった。


 大人に出てはいけないと言われたのに村の外に出て遊んでいたところを、敗残兵どもに襲われたようだった。


 …………もっとも、あの状態の人間が生き残ったところで、死ぬよりもマシだったとは思えないが。



 そしてあの日、俺は、初めて人を殺した。



 村を襲った連中は、全部で17人。



 村長の家でその娘の死体を犯していた奴の後頭部を斧で叩き割って殺し、そいつから奪ったサブマシンガンで、別の家で食料を漁っていた奴を、マガジンの弾が尽きるまで撃ち続けた。


 そいつの死体から銃剣付きのアサルトライフルを奪い、銃声を聞きつけてやってきた2人のうち1人の首を掻き切り、もう1人の顔面を吹き飛ばした。


 酒を飲んで泥酔して眠りこけていたバカのはらわたを掻き混ぜて殺し、少し離れていたところで死体にションベンを引っ掛けていた奴の首を銃床(ストック)で殴って圧し折って殺した。


 そこまでは良かったが、そのあとがマズかった。



 はらわたを抉りだされて死に体で藻掻くバカを、他の奴が見つけて騒ぎ出して、あとは乱闘だった。


 近隣の村から要請を受けて、政府軍の小隊長が到着した頃には夜が明けていて、戦いも既に終わっていた。


 俺はとっくに死んだ兵士を鉈で刻んでいるところを政府軍に保護され、生き残ったもう1人………俺の幼馴染の妹だったリュドネラは、家族の死体の山の中で窒息していたところを掘り起こされて、無事………とは口が裂けても言えないが、軍医によって蘇生された。



 そこからは、まさにトントン拍子だった。



 俺とリュドネラは行く当てもなかったので政府軍に所属し、戦場に出て、たくさん殺した。


 幸いなことに────あるいは不運なことに────俺達には才能があった。


 殺して、殺して、殺して。


 戦果を挙げて、昇格し、また次の戦場へ向かう。


 その過程で色々あって、リュドネラと結婚したり、死んだ目の子供を拾ったり、子供が生まれたりしたが、それでも、俺の人生の大部分は、苦痛と死体と、戦火に塗れていた。


 そして。






「…………俺の番、というわけか」



 思わず笑いがこみ上げて、ついでに血もこみあげてきた。


 喉を塞ぐどす黒い血塊を吐き捨てて、自分の肺から、ヒューヒューと、聞いたことのない、下手糞な笛を吹きならすような、不快な音が鳴る。


 もう少し暴れたかったが、あいにくと、もう体が、動きそうにない。


 近くにあった手ごろな木の幹に体を預け、ゆっくりと、息を吐く。



 ………心残りは、ない………といえば、噓になるな。


 まったく、最愛の我が子の成長すら見届けさせてくれないとは、神様という輩は、随分と尻の穴が狭いらしい。


 リナリア………あの日、戦場で拾った子供は、もうずいぶんと大きくなったが、それでも、彼女はまだ未熟だ。


 拾った以上、せめてまともな家に嫁に出すくらいの事はしてやりたかったが、それも叶いそうにない。


 あの子の技量なら、そうそう死ぬことはないだろうが、やはり不安が残る。


 それに



「………すまない、ジュジュ。約束は、守ってやれそうにない」



 バーナード………イリノイ要塞群統括指令には、随分と貸しがあった。

 あいつは酷薄で冷酷で無情で、血も涙も、ついでに頭髪も無い奴だが、アイツなりに、妙に義理に厚く、計算高いところがある。

 ジュジュが助けを求めれば、あるいは、アイツの方から助けてくれるかもしれない。


 ………まったく、自分の子供を、誰かに託すことしかできないとは。


 自分の無力さが、どうしようもなく呪わしい。


 反吐が出そうだ。


 唯一、救いがあるとすれば。



「………ジュジュが気づかなくて、本当によかったな、なぁ、リュドネラ?」

「くふっ………私としては、少し寂しくもありますけどね」



 ………馬車を破壊した最初の爆発────おそらくは地雷の類────で、リュドネラは既に致命傷を負っていた。

 それでもだいぶ殺したが、限界など、とっくに迎えていたという事だろう。


 肉親の死体など、子供が見るべきものじゃない。


 ………あの子が、戻ってこなければいいのだが、



「………では、あなた。私は一足先に行って、アルマ姉さんに怒られてきますので」

「………そうか」

「あなたは、どうしますか?」

「俺は、もう少し殺してから行くよ。少しだけ待っていてくれ、すぐに行くから」

「………」

「………リュドネラ?」


 返事は、返ってこなかった。


 まったく………昔からずっとそうだったとはいえ、こんな時でも寝つきがいいとは、思わなかった。


 撃たれて潰れた右膝を水で補強して、無理矢理立ち上がる。


 大きく息を吸って。



「《流削水飛刃(ブレイドダンス)》!!」



 高圧水流の刃で周囲を無差別に切り裂き、散発的に放たれる銃弾を受け流す。


 目など、もう、ほとんど見えてもいないが、それでも殺すだけなら事足りる。




 ────俺の人生は、畢竟、不毛でしかなかった。



 将軍だなんだと言っても、結局は、200年続いた戦争の、ただの歯車で、幼馴染も、最愛の妻も、自分の娘1人さえ守れないような、無力で非力な、ただの人間だ。



 ………リュドネラは、アルマに会いに行くと言っていたが、きっとそれは叶わないのだろう。


 死後の安らぎというやつを得るには、俺たちは、あまりにも、殺し過ぎた。


 俺達は、きっと地獄に堕ちる。


 だが、せめて。


 それでも、最期に、罪人が、1つだけ、祈ることを許されるのならば。


 ああ、神様。


 どうか、あの子が、幸せに






「いたぞ、殺せ!!」





 遠く掠れた銃声が鳴って、何もかもが散逸した。








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