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【6】消えないうさぎ(エレイン視点)



公爵家の馬車寄せに、王家の紋章の馬車が滑るように入っていく。

およその帰宅時間は殿下が帰した公爵家の馭者を通じて伝わっていたはずで、この馬車が見えて門番が飛んでいったのか、馬車寄せにはお父様が待っていた。

ここでもグレイアム殿下はわざわざ馬車から降りて、私の手を取って降ろしてくださった。


「グレイアム殿下、娘をお送りいただきましてありがとうございます。邸内にてお休みいただけましたらと存じますが、いかがでございますか」


「いや、それには及ばない。今日は私が急に無理を言って、エレイン嬢を誘い出してしまった。

エレイン嬢の博識なところに助けられ、実に良い買い物ができた。

今日のところはこれで帰るとするが、そのうち改めて寄らせて貰いたく思う。

今日は突然すまなかったと、公爵家の馭者にも伝えてほしい」


「勿体ないお言葉、ご厚情痛み入ります」


「エレイン、今日は楽しかった。いろいろありがとう、ではまた学園で」


少し小さな声で、私だけに伝えるようにおっしゃるので頬が熱くなる。


「はい、こちらこそ素敵な戴き物をありがとうございます。どうかお気をつけてお帰りくださいませ」


殿下を乗せた王家の馬車を、お父様の少し後ろで同じように頭を下げて見送った。



「今日は突然のことで驚いたが、殿下と仲良くやっているようではないか。グレイアム殿下があのように笑顔を見せるなど珍しいことに思うが、それだけエレインを大事にしてくださっているようで安心したよ」


「はい、とても良くしていただいております。今日は突然予定を変更し、迎えの馬車を無駄足にしてしまい申し訳ありませんでした」


「グレイアム殿下からの急なお誘いならば、仕方がなかろう? 殿下から何か戴いたそうだが、我が公爵家からお礼を言わねばならないものなら後で教えてくれ」


「……あの、布製のブローチをプレゼントして戴きました」


「ずいぶん可愛らしい物を。それならば特に礼は要らぬな」


お父様は機嫌よくご自分のお部屋に戻っていった。

私と殿下の婚約は、公爵家が是非にと望んだものではないとは言っても、やはり王家との縁が良い形で結ばれているのは喜ばしいことのようだ。

お父様の明るい表情を見ることができて、心から安堵した。


雲の上を歩いているようにふわふわと落ち着かない、でも温かい気持ちで自室に戻り机のライトを点した。

そこにグレイアム殿下から戴いた包みを置き、着替えを済ませる。

早く包みを開けたいのに、わざと身の回りのことを先にやっていった。

ワンピースに着替え手をきれいに洗い、そして机の椅子に腰を下ろしてゆっくりと包みを開いた。


白い柔らかい布に刺繍がしてある、うさぎを(かたど)ったブローチだ。

輸入物とのことだが、どこの国からやってきたのだろう。

店では、大きな海の向こうの大陸としか説明がなかった。

目にはきれいな緑色の石が付いている。エメラルドのような濃い緑ではなく、新緑を思わせるペリドットの緑は、一番好きな色だ。


──グレイアム殿下の瞳の色


そう思うと、可愛らしいうさぎが愛しいうさぎに感じられる。

殿下からは、これまでもネックレスやイヤリングなどを戴いた。

でも、目の前で殿下が選んでくださったものを買って戴いたというのは、とても特別な思いがする。

ネックレスなどの宝飾品と比べたら値段の張らない物ではあるかもしれないけれど、私にとって戴いた流れこそに価値があるように思えた。


そして、私にペン軸を一緒に選んで欲しいと言ってくださった。

それが何よりも……何よりも嬉しかった。

あまり良く思っていない相手の意見を、自分の買い物に取り入れることは、私ならしない。

よく使うものや身近に置くものは自分の好みで選びたい。

それを私に選んで欲しいと言ってくださったことが、私には特別なことになった。


急にお誘いを受けて、街を一緒に歩くデートのようなことができた。

これまで月に一度のお茶の会でしか話せなかったのに、もしかしたらグレイアム殿下も私との婚約を、それほどお嫌というわけではないのかもしれない……そんなふうに思ってしまう。グレイアム殿下が私を見る目がとても柔らかくなったように感じた。


このブローチを下さったとき、紅茶には入れない方がいいなと冗談を言って笑っていらした。

思えばあの日のお茶会で、うさぎの砂糖を出してくださったあたりから、グレイアム殿下の微笑を感じるようになった気がする。

きっとうさぎは私に幸せを運んできてくれたのだわ。

そんなふうに思いながら、ブローチにそっと触れる。

大切なものだから、本当は宝石箱にしまっておきたい。

でも、せっかくグレイアム殿下から戴いたのだから、学園に付けていきたい。

制服には付けられないけれど、バッグならどうかしら。

試しにバッグに付けてみたらとても可愛かったけれど、もしも落としたらと思うと不安になる。

バッグの入れ口の内側に付けたらそれほど目立たないけれど、これならピンが外れて落ちてもバッグの中に入るから安心だ。

明日から、バッグにグレイアム殿下と同じ瞳の色のうさぎが居る。

そう思っただけで、とても弾んだ気持ちになった。


グレイアム殿下にブローチやごちそうになったお茶のお礼の手紙を書こうと紙を広げてみたけれど、目の前でお礼は何度も言ったのでこれ以上お礼を重ねるのも返って失礼になるかもしれないと思い直した。

紙は引き出しにしまったがなんとなく落ち着かない。


たぶん、今日の出来事から発せられる熱のようなものを私は持て余している。

何もかもが初めてのことで、起こった出来事とその一つ一つにまつわる自分の感情を、うまく整理できずにいる。


はっと思いついて、裁縫箱と真新しいハンカチを持ってきた。

たくさんある刺繍用の無地のハンカチのうち、紺色の地のものは自分用としては色が強すぎてうまく使えずにいた。

グレイアム殿下に贈るならば、紺色はとても似合いそうに思える。

殿下には可愛らし過ぎるかもしれないけれど、ペリドットの瞳をした白いうさぎを刺繍しようと決めた。


もしかしたら、婚約の白紙を望まなくても良いのかもしれない……。

そんな希望の灯りを胸に点すほど、今日の出来事は私を幸せにしてくれた。

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