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【3】婚約者となった令嬢(グレイアム視点)

月に一度のエレインとのお茶の日がやってきた。これは母が決めたことで、毎月エレインを招いている。

気はすすまないが、外に出て一緒に出かけたりすることを考えれば王宮内のお茶の時間はそれよりは良いと感じている。

別にエレインと出かけたくないというわけではない。

何を話せばよいか分からない相手と、二人きりで出かけても時間を持て余してしまうだろう。

王宮でお茶を飲むだけならば、会話が続かなくても適当に過ごすことができる。

従者や侍女以外、誰も自分たちの姿を見ることもないのだから。



「グレイアム殿下、お招きいただきありがとうございます。本日もよろしくお願いします」


エレインが執事に連れられて入ってきた。

白とグレーに淡いオレンジ色をアクセントにした清楚なデイドレス姿のエレインは、こうして見るととても可愛らしいと思える。可愛らしさの中にも品があり、さすがミッドフォード公爵家の令嬢といった感じだ。

だがそれはあくまでも一般論であって、エレインに特別な感情はない。

政治的見解で決められた婚約者として、家柄も容姿もその性格も、学園での成績も評判も何も問題がない令嬢ということだ。


友人たちは僕の婚約が公になったとき、揃ってエレインを褒めていた。

あまり人を褒めたりしない友人であり未来の側近候補のイーデンも、エレインのことは素晴らしい令嬢だと言う。

公爵家という高位貴族でありながら驕ったところがまったくなく、朗らかで表情も豊かで愛らしいと。

その上成績も良くボランティアにも積極的に参加していて、将来の王子妃としてエレインほど相応しい令嬢はいないとまで言うのだ。


エレインを自分の婚約者として探し出した側室である母はもちろんのことだ。

始まったばかりの王子妃教育もエレインは丁寧に誠実にこなし、王室側の求めることにしっかりと応えられる頭の良い子だと手放しで褒めている。

僕は王太子になるわけでも、ましてや王になるわけでもないのだから王子妃教育も難しいものはないとはいえ、口うるさい母や教育係たちが褒めるくらいにエレインは優秀なのだろう。

エレインと結婚し、政治的にも金銭的にも力を持っているミッドフォード公爵家の後ろ盾を得られれば、側室から生まれた第二王子の自分が王太子の椅子に近づくに違いないと、母は妄信しているのだ。

そんな母の思惑を知ってか知らずか……母を黙らせるために、陛下はエレインとの婚約を定めたのだ。


自分の立場とエレインのことを考えるとため息が出てしまう。

王位など、王妃殿下から生まれた異母兄が継ぐに決まっているのだから、側室である母には野望など抱いてほしくない。

異母兄にその資質が無いならともかく、全方向に隙がなく王に相応しい器であるように思える。

異母兄は能力に優れているだけではなく、人間性も将来の王として相応しい。

異母弟の僕のことは存在そのものが面白くないだろうに、子供の頃からずっと優しく接してくださってきた。僕に厳しい母から盾になってくれたことさえあった。

視察で遠くの街に行けば、その土地の珍しい物を土産としてくださる。


そして僕自身に野心はまったくない。

それなのに側室である母が、母自身のためだけに婚約者を決めたのだ。

とりあえず、今はこの月に一度のお茶の時間を無事にやり過ごしさえすればいい。

そうしている間に、父が異母兄にその座を譲ることを決定的なものとしてくれればいいのだ。



お茶の席では、エレインの話は特に注意深く聞かねばならないようなことは何もなかった。

さすがに宝飾品の話や貴族たちの噂話、話題の甘い物の話を一人でベラベラ話すということはない。

かといって硬い話だとか無言だとかいうわけでもなく、エレインは如才なくこの時間を過ごしている。

学園でのできごとなどをエレインは話すことが多い。

甘い物の話と言えば、昨日の生徒会でのジェシカの手作りクッキーの話になった。


「ジェシカ様がお母様から教わったというところをとても羨ましく感じました。私の母は料理などいたしませんもの。子供の頃具合が悪くなった時に、ベッドの隣でりんごを剥いてくださったのが包丁を持つ母のただ一つの記憶なのです」


「まあ、確かにそれは料理とは言わないかもしれないな」


「ええ、そうなのです、殿下のおっしゃるとおりですわ……」


急にエレインの顔色に翳りが見えた気がした。

どうでもいいことではあるが、エレインが僕の前で顔色を変えるのは珍しい。いつも微笑みを絶やさないというのに。


「何かあったか?」


「……申し訳ありません……。その時どうして具合が悪くなったのかを、少し思い出してしまって……。

不愉快にさせてしまい、本当に申し訳ありません……」


「思い出したくない話かもしれないが、それを聞いてもいいだろうか」


ついそう言ってしまうと、エレインは困ったような表情を浮かべながら、ゆっくりと話し始めた。



「幼い頃のある日、母がお茶会に招かれ一緒に連れていかれたのです。私は男の子とお庭を駆け回って遊んでいました。

細かいところは記憶に無いのですが、その時に足を滑らせて池に落ち、溺れてしまったそうなのです。

それから高熱でしばらく意識がなかったらしいのですが、恐ろしい夢を見ていたことだけを覚えています。

水面に無数の見開かれた目があって私を見ている、そんな夢です……。

それ以来、私は池や噴水など水が溜まっているところの水面が恐ろしく近寄れなくなってしまいました。

つまらない話を……申し訳ありません」


「いや、謝らなくていい。水面に無数の見開かれた目があって自分を見ている夢など、僕でも恐ろしく感じるよ。

エレイン、その時遊んでいた男の子とは僕だと思う。そんな記憶があるんだ、あれは君だったのだな。近くにいたのに助けられず僕のほうが泣いていた」


「まあ……そんな……あの時の男の子が殿下だったのですか! 殿下が私を助けようとしてくださったと聞くことができて、とても嬉しいです……ありがとうございます」


その時の記憶が次々思い出されてきた。

女の子の手を引いて僕が駆けたから、その子は引きずられるようになんとかついてきていた。僕はその必死な様子が面白くて、さらに思い切り走った。

今にして思えば、走るように作られていない靴を履いていたに違いない女の子を相手に、当時は幼かったとはいえ酷いことをしてしまった。


ああそうだ、さらに思い出した……。

僕は池に気づいて急に止まり、女の子の手を離してしまったのだ。

勢いがついていた女の子は……そのまま飛ぶように池に落ちた。

そのせいで高熱を出したのか……。その後あの女の子が、エレインがどうしたかは知らなかった。

あの時、誰がどうやって池に落ちたエレインを助けたのか、ずぶ濡れになったと思われるエレインがどうやって帰っていったのか……。

そのあたりのことはまったく覚えていなかった。


エレインはお茶を飲んで頬に温かさが戻ったのか、紙のように白かった顔色が少しよくなってきた。

僕は侍女に声を掛けた。


「お茶を入れ直してくれ。先日兄上からもらった砂糖があったろう。あれを持ってきてほしい」


うさぎをかたどった砂糖を、兄上から視察の土産にもらったことを思い出して侍女に伝えた。

今日はなんだかいろいろなことを思い出す日だ。

しばらくして侍女が持ってきた皿には、白い砂糖の小さなうさぎが並んでいた。


「淹れ直した紅茶に、この砂糖を入れてみるといい」


「まあ、うさぎですか! なんて可愛らしいのでしょう!」


エレインはパッと明るい笑顔になって、ずいぶん細かいところまでうまくできているのですねと感心しながらうさぎをひとつティースプーンに載せた。

それをゆっくり熱い紅茶の中に沈めていく。

するとエレインの笑顔が消え、どんどん泣きそうな顔になっていった。


「……可愛いうさぎが溶けて……消えてしまいました……」


「砂糖だからな、消えてしまうのはまあ仕方がないな」


笑ったり泣きそうになったり、エレインは忙しい。

気を取り直したようにくるくるとかき混ぜ紅茶を飲むと、少し微笑んだから味は気に入ったようだった。


幼き日に酷いことをした罪滅ぼしにもならないが、可愛らしい砂糖を入れたお茶を嬉しそうに飲むエレインを見られたのは、まあ良かったのではないか。

このお茶の会は何事もなく終えるのが目的なのだ。エレインが機嫌よく帰ってくれればそれでいい。

その日のエレインとのお茶の会は少し時間が過ぎてしまったが、いつものように早く終わらないかとは一度も思わなかった。


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