【14】言葉を尽くす ②(グレイアム視点)
最終話もこの後続いて投稿します
王宮に帰ると、庭師に頼んであった花束ができあがっていた。
抱えたら前が見えなくなるほどの白い花だけで作ってもらった花束、これを持ってエレインに言わなければならないことがある。
ミッドフォード公爵家に着くと、先触れを出していたために公爵自ら迎えてくれた。
「お待ちいたしておりました。我がミッドフォード家へようこそお出でくださいました。どうぞ中へ」
中へ入ると、エレインが待っていた。
つい先日会ったばかりなのに、痛々しいほど痩せてしまったように見える。
「どうぞこちらへ」
公爵が先導して歩き、広い応接室に案内された。
今日はエレインの部屋ではないようだ。
「どうぞごゆっくりお過ごしください。お声がけいただけましたらすぐに参ります」
公爵は部屋に入ることなく戻って行った。
「奥へどうぞ」
ここからはエレインが案内してくれるようだ。
応接室の入口のドアは開け放たれているが、中で二つの小さな部屋を経由して一番奥へと入っていく。
「お茶は私がお淹れいたします」
エレインがそう言って茶の用意をしている。早くエレインと話したくて気が逸るが、その優雅な手元を見ていたら、少し落ち着いてきた。
カップを僕の前に静かに置いて、エレインは向かいのソファに腰を掛けた。
「身体は大丈夫だろうか」
「はい、まだ本調子ではございませんが、ずいぶん良くなってきたように思います」
「そうか、それならよかった。あまり無理をしないで欲しい。エレインがこんな目に遭ったのは元はと言えば僕のせいだ。申し訳なかった」
「いえ、あの、お顔を上げてください」
「本当ならば今日の最後に言うべき言葉から先に言わせて欲しいんだ」
大きな花束を持ってエレインの前に跪く。
「エレイン、君が好きだ。このところ気づけば君のことばかり考えていて、何も手に付かないくらいに、エレインのことを好きになっていた」
「……えっ……あの……」
エレインに花束を差し出すと、茫然としているのに反射的に花を受け取ってくれた。
「あ、あの、私は本日殿下がいらっしゃると聞いて、てっきり……婚約は破棄だと、そう言われるものだと思っておりました……」
「とりあえず、花束を誰かに託そう。大き過ぎたようで、エレインがよく見えなくなってしまった」
「そ、そうですね……少しお待ちくださいませ」
エレインは立ち上がって大きな花束を抱えて部屋の入口のほうへ行き、少しして戻ってきた。僕もエレインも、心を落ち着けるように茶を口にする。
「改めて君に伝えたい。僕は婚約破棄などしない、君にきちんと気持ちを言いたくてここに来たんだ。エレインが好きだと、そう伝えるために」
「でも、生徒会室に近寄らないようにと、そうおっしゃって……」
「僕はジェシカが君に嫌がらせをするのではないかと危惧を抱き、君をジェシカから遠ざけたかったのだ。僕と君が学園で話をしていれば、どうしてもジェシカの目に留まってしまう。だが、ジェシカが企みを持って君に渡したクッキーで君は酷い目に遭い、その後で王家の護衛を君に付けていたにも関わらず、池であんなことになってしまった。
すべては僕の見通しが甘かったせいで、エレインに心身共に辛い目に遭わせてしまった。
本当に申し訳なかった」
僕はエレインに頭を下げる。王族だろうが、間違えた時は謝罪をしなければならないと僕は常に思っている。大事な婚約者を傷つけてしまった時でも下げられない頭など、無くてもいいくらいだ。
「どうか頭をお上げになってください。……私、何か殿下の不興を買ってしまったのではと、それで近寄るなと言われてしまったのだと、浅はかにもそう思いこんでしまって……」
「浅はかなのはエレインではなく、言葉が足りなかった僕のほうだ。すぐに僕の考えを君に言わなくてはならなかったのに、本当にすまなかった……」
「殿下……。では、婚約破棄ですとか白紙に戻すとか、そういうのは無いと思ってもよいのでしょうか」
「エレインこそ、こんな僕に愛想をつかして、婚約破棄したいなんてことは……」
「ありません、ありませんわ。私……安心したら、なんか力が抜けてしまって……」
ソファに寄りかからずに座っていたエレインが、ソファのクッションに沈むように身を預けていた。
「エレイン、隣に座ってもいいだろうか」
「……はい」
隣に移るとエレインも座り直した。そのほっそりした白い手を取る。
「始まりは、王家の力によって決められた婚約だった。でも僕にとってエレインは特別な人になった。望めばおよそ何でも手に入る立場に居ながら、君から望まれなかったらどうして生きていけると思うほど怖いんだ。ずっと僕の傍にいて欲しい、エレイン、君が好きだ」
エレインは小さな息をいくつか出した。
そして大きく空気を吸い込んだ。まるで何かの覚悟を決めたように。
「殿下のそのお言葉が、これまで生きてきた中で一番嬉しいものです。ずっと殿下のお傍に置いてください。心から……お慕いしております」
エレインの頬を涙が滑り落ちた。その涙をそっと指で拭い、おずおずと抱きしめる。
僕の腕の中にすっぽりと収まるエレインの為に、この胸があったのだと思えた。
しばらく互いに何も言わなかった。
言葉を尽くした後、それが出て行って空いたところに温かいものが注がれていく。
「殿下ではなく、グレイアムと呼んで欲しい」
「……はい、グレイアム様……」
「結婚したら、その『様』を取ってくれると嬉しい。カウントダウンをしよう、あと何日だろうか?」
「……申し訳ありません、全然分かりませんわ」
エレインが笑って小さく肩が揺れている。
僕はこの腕の中の幸せを手放さないように、いつでも先を考え、沈黙が作る影の中にエレインを入れてしまわないようにすると、自分に静かに誓った。
帰りがけに、エレインからハンカチを貰った。
紺色で、緑色の目をした白いうさぎをエレインが刺繍したという。
白いうさぎが僕を見ている。
「可愛くて汚したくなくて使いにくいが使わせてもらう。大切にするよ、ありがとう」
エレインが僕の目を見て微笑んだ。
突然、あることを思い出した。
「あ! あの、ペン軸は……。ペン先のほうが深緑色でだんだん黄色みがかった薄茶色になっていくあの色は、エレインの、このはしばみ色の瞳と同じだ!」
「え? あ! あの美しいペン軸と私の目が、ですか?」
「そうか、僕は君の瞳の色に似たペンに惹かれて手に取ったのか。今、気づいた……」
「なんだか不思議な気持ちがします。私も、あのうさぎのブローチはいくつか種類がありましたが、ペリドットの瞳の物が真っ先に視界に飛び込んできたのです。まるでうさぎが私のところに跳ねてきたように。
ペリドットの瞳はグレイアム様の瞳のお色ですね」
そう言って僕の瞳を覗き込むエレインに、僕の心は急に跳ねた。
とても力強い筋肉を持つうさぎが僕の中で自由に振舞うことに、これからずっと困ることになりそうだ。