【13】言葉を尽くす ①(グレイアム視点)
エレインが池に落ちた翌日、彼女は学園を休んだ。
そのことを知る前に、ミッドフォード公爵家に夕方訪れたいと先触れを出した。
ジェシカも休むかと思ったが、登園していた。
僕に話し掛けてくることもなく、一人で過ごしているようだった。
大きい声では言えないが、僕は授業などすべて上の空だった。
やっと放課後になり、ジェシカに声を掛ける。
「話があるんだ。一緒に来てくれないか」
「……ええ、分かりました」
断られるかとも思ったが、ジェシカは僕の後を付いてきた。イーデンとデニスが付き合ってくれている。
いつもの生徒会室ではなく、王族用の控室に入った。
僕は少し豪華な設えの椅子に座り、イーデンとデニスは従者用の椅子に座り、ジェシカにも同じ椅子をイーデンが勧めた。
こんなことをあまりやりたくはないが、今更ながら身分の違いを視覚的にまずは見せようというのは、デニスが提案してくれた。ジェシカがそれに気づくかは分からない。
「エレインから池に落ちた時のことを聞いた。エレインに付けていた護衛からも報告を受けている。君が何と言ってエレインを池に誘い出したかも判っている。
でも、僕は君の口から本当の理由を聞きたい。話してくれないか」
ジェシカはイーデンやデニスのほうを見たが、二人はそれぞれ目線を自身の膝のあたりに落としていた。
「エレインさんに池に突き落とされた、そう言おうと思ったの。それで嘘をついて池まで連れていった」
「どうしてそんなことを」
詰問調になってはダメだと自分に言い聞かせてはいるが、どうしても言葉がきつくなりそうになる。
「そんなの簡単よ。あの人が公爵令嬢で、グレイアム殿下の婚約者だから」
ジェシカから『グレイアム殿下』と初めて呼ばれたような気がした。
それが異常なことだったのだと、これまでの迂闊だった自分を殴りたくなる。
「私は幼馴染で、あなたの特別な存在だと思いたかった。でも、そうではないことももちろん分かっていたけど分かりたくなかった。婚約者のエレインさんがもっと、いかにも公爵令嬢ですというような人だったら諦めもついたわ。
だけど、エレインさんは嫌なところが一つもなく、公爵令嬢とは思えないほど私みたいな人間にも優しかった。でもそのたび傷ついた。私にはエレインさんの優しさをそのまま受け止めることができなかった。
婚約者に興味が無さそうだったグレイ……アム殿下は、どんどんエレインさんに惹かれていくのが分かり過ぎるくらいに分かったの。
だから嫌がらせをした。ただ傷つけてあの取り澄ました顔が歪むのを見たかった、それだけよ。罰でも何でも与えてもらっていいわ。学園も辞めろというなら辞めるわ」
「ひと月も持ち歩いていたクッキーを、エレインにあげたのも嫌がらせだったのか。エレインが腹でも壊せばいいと?」
「な、なんなの。どうしてそんなことを知っているの?」
ジェシカは否定するどころかあっけなく認めた。
「何かに気づく瞬間というのは、神の采配なのだと感じるよ。君の口からそうだと聞いてある意味すっきりした」
「もうどうでもいいわ……いつでも罰を受けるから」
「僕には君に罰を与える権限はない。ただ、今後はグレイと呼ばれるわけにはいかないし、いくら学園内では比較的身分については緩やかだとはいえ、これまでのような口調と態度は困るし僕ももちろん改める。
それから、クッキーの件についてはエレインにきちんと謝罪をしてほしい。
彼女は君のせいで明け方まで横にもなれず、苦しんで熱まで出た。僕は、食べ物にそういうことをするのは人として最低だと思っている。
この先エレインは、貰ったものを気軽には口にできないだろうし、普通に出された食事ですらこれを食べたらどうなるかと疑いの目で見るかもしれない。口にせずともクッキーを見るだけでもその時の苦しみを思い出すかもしれない。
ジェシカがやったことはいたずらでは済まされないことなんだ。
もしも僕がそれを口にしていたら、君は捕縛されドーソン男爵家の取り潰しにもなりかねないことだったと、君には理解してもらいたい。当然君は相応の罰を受けることになるだろう」
「そ、そんな……家族は関係ないじゃない……」
「ねえ、ドーソン男爵令嬢、僕は正直ミッドフォード公爵家が寛大過ぎて恐ろしくさえ感じているんだ。
君にできることは、すぐに御父上に洗いざらい話しておくことだ。
君以外の口から、特に公爵家や王家からドーソン男爵の耳に入ったら大変なことになる」
いつもあまり口を開かないデニスに言われて、ジェシカは目を見開いて驚いている。
「君がミッドフォード嬢にちょっと嫌な思いをさせてやりたい、その程度の理由でやったことだとしても、第二王子であるグレイアム殿下を失脚させたい者がいたら。まずは婚約者令嬢の命を狙い、それはグレイアム殿下がやらせたものだと偽の証拠で固める、それを君が指示された、そんなストーリーにすることもできるんだ。
そうした者たちにとって、君の男爵家という家格や君という存在は実に便利だ。
君が『グレイ』と気軽に呼んでいたのは、そうした謀略蠢く王家の側室から生まれた第二王子という人物なんだ、いつまでも幼馴染の男の子ではない」
イーデンもそんなふうにジェシカに言った。
ただ嫌がらせをしてやりたかったということでも、それがとんでもないことだったと僕ではない人物から指摘されて、返って現実味を感じたという表情を浮かべている。
ジェシカはいつものやり取りのように、激高して横道に逸れていくこともなく、淡々とそこに座っていた。
「僕も婚約者でもない君のことを名前で呼んでいたのは間違っていた。それらを含めてこれからミッドフォード公爵家に行って謝る。それをエレインが受け入れてくれるかどうか今はまだ分からないが、僕はエレインの決めることを尊重する。彼女を愛しているんだ」
「……エレインさんを、愛している……。そんなこと聞きたくなかったわ」
「僕の言葉を冷静に聞いて、冷静に話してくれてありがとう。僕らは適切な距離感に戻らなければならないが、幼馴染であることは変わらない。だからといってすべて無かったことにはできない。互いに自分の責任を取ろう」
僕が立ち上がると、イーデンがドアを開けてくれる。ジェシカが僕を振り返らずに出て行った。
僕はイーデンとデニスの二人に礼を言い、早足で馬車に向かう。
一度王宮に戻り、ミッドフォード公爵家へ、エレインの元へ急がねばならなかった。