表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/15

【11】間に合わなかった(グレイアム視点)

ジェシカとエレインが二人並んで外へ出て行くのを見かけた。

ジェシカがどこかを指してそれをエレインが見て頷いているから、ジェシカがエレインを連れ出しているようだ。

嫌な予感が背筋を走り、慌てて二人の後を追う。


裏庭の池に向かっているようで嫌な予感は確信に変わり、二人を止めなければと小走りで追いかける。

大きな水音と悲鳴が聞こえ、駆け寄るとしゃがんだジェシカが叫んでいる。

池に落ちたのはエレインのほうだ!

何かを考える前に、護衛を振り切って池に飛び込んだ。

池はすぐに深くなっていて、エレインが僕の目の前で沈んでいく。

腕を掴んで引き上げると、エレインはショックからか気を失っているように見えた。

身体から力が抜けていて、ぐったりしていることに恐怖を覚える。


「エレイン! エレイン!」


エレインを抱き上げても水の抵抗があってなかなかうまく進めなかったが、どうにか池の縁にエレインをそっと置いて池から上がる。


「エレイン、大丈夫か、目を開けてくれ!」


エレインは目を閉じたまま、真っ白な顔をしている。

すぐに引き上げたから、水を飲んではいないはずだがどうなのか。


「……違う……違うの……グレイ、私じゃないわ……」


ジェシカがよろよろと近づいて、僕の腕を掴んできたがその手を振り払う。


「後で聞く」


今はジェシカに構っている場合ではないのだ。

早くどうにかして、エレインの体温が低下するのを防がなくてはならない。


「殿下、早くお着替えを! ご令嬢は自分が連れて行きます!」


そう言いながら護衛の者がエレインを抱えようとした。


「いや、僕は大丈夫だ。エレインは僕が連れて行くから触れるな」


エレインを再び抱え、救護室に向かった。

女性の先生がエレインをとりあえず救護室の堅いソファに横にするようにいい、その通りにする。エレインの腕がだらりと下がり、僕は声を上げそうになる。

先生は、僕に大きなタオルを一枚渡してくれた。それを頭からかぶるようにして水を吸わせる。



「さあ、着替えをさせますから殿方は全員部屋から出て行ってください」


当然、僕も追い出された。

先日イーデンとデニスと話すために使った王族控室に行き、そこに置いてあるタオルや服を従者が出してくれて着替える。

今、僕以外に王族は学園に一人も通っておらず、実質この王族用の控室は自分専用のようになっている。

こんな時を想定したわけではないだろうが、着替えや持ち物が予備として一式置いてある。

かつては他国の王族がこの学園に留学していたこともあり、その控室としてここを使ったらしい。今は留学生もおらず、暑い日にどうしてもシャツを替えたい時などに使うくらいだ。

実質的に自分専用のようになっているから、王族の特権を振りかざしているようで居心地が悪くほとんど使っていなかったが、今はここがあって助かった。


着替えを済ませると、午後の授業がとっくに始まっている時間だった。

もう今から行っても仕方がないと思い、食堂にきた。

温かい茶を貰って端の席で飲んでいると、ジェシカがやってきた。


「……座ってもいいかしら……」


「好きにすればいい」


ジェシカは僕の向かいの、さらにひとつ隣の席に静かに座った。

目線をテーブルに落としたままでいる。


「……本当に私は何もしていないの……。エレインさんが自分で落ちたのよ」


「エレインを池に連れて行ったのはどうしてなんだ」


「……違うわ、エレインさんが……私を……」


「ジェシカ、嘘をつくのはやめてくれないか。エレインは池に近づいたりしない」


「どうして私を嘘つき呼ばわりするの!? エレインさんが池のそばでおしゃべりをしましょうと私を誘ったのよ!」


ジェシカのそんな嘘に、茶で温まった身体がまた冷えていくのを感じた。

あのエレインが、池のそばでおしゃべりをしようと誘ったと言うのか。

子どもの頃からずっと近くに居たジェシカが、真剣な顔で真っ赤な嘘をついている。

幼馴染が知らない女性に見えてきた。

僕がきちんと正しい距離感を守らなかったせいで、こんなことになってしまった……。


「……エレインは子供の頃に池に落ちて高熱を出して寝込んで以来、池に限らず噴水でも大きな水溜まりでさえ水面に恐怖を感じて近づくことができないんだ。

そんなエレインがジェシカを池のそばに誘うわけがない。

それにエレインにはそれと判らないように王家の護衛を付けている。ジェシカとエレイン、どちらが声を掛けたかは簡単に分かるんだ……」


「……そっ……そんな……。でも! グレイ信じて! 池にはエレインさんが自分で飛び込んだの!」


これ以上聞きたくなかった。

席を立つと、ジェシカは泣きながら大声を上げる。


「分かったわ! エレインさんはグレイの気を惹くためにわざと池に飛び込んだのよ!」


「……もういい。黙ってくれ」


「待って、グレイ!」


「僕をそう呼ぶのはもう止めて欲しい。ここは幼い日の王宮の庭ではない。僕も君も、年齢と立場に見合った態度で接する必要があったんだ。もっと早くそう言うべきだった」


「どうして急に私に意地悪ばかり言うの!? 予定もなかったのにエレインさんとティーサロンに出掛けたりして、私見たのよ!? グレイはおかしくなってしまったわ!」


「……僕がその発言を聞き流すことはできても、できない者もいる。その者から僕がジェシカを庇えるかは分からない。……ああ、君にこういう言い方では通じないのかもしれないのか。

この国の第二王子がおかしくなったと大声で叫んだらどうなるのか、君にその程度の分別はあると思っていた僕がいけなかった。

ジェシカ・ドーソン男爵令嬢、これまで僕が曖昧にも見える態度だったことは反省すべきところだが、僕の婚約者はエレインで、彼女のことが何よりも大切なんだ」


「……グレイ……酷いわ……」


しゃくり上げて泣くジェシカを振り返ることなく、食堂を後にした。



***



エレインは意識を取り戻しただろうか。

もう着替えも済んだ頃合いだろうと、救護室に向かう。


「先生、グレイアムです。入室できますか」


「ええ、どうぞ」


部屋に入ると、先生は僕に椅子に座るように促した。


「ミッドフォード嬢には、とりあえず学園に保管してある制服を着てもらいました。

先ほど公爵家に使いを出したところです」


「エレイン嬢は、どうしていますか」


「意識を取り戻し、今は横になっていますよ」


「話せるなら、話をしたい」


先生はついたての向こうを確認した。


「私はあちらの机におりますが、それでもよければどうぞ」




エレインは救護室のベッドに、身体を起こして大きなクッションに寄りかかるようにしていた。その姿を見て、身体の力が抜けるような安堵感が広がった。


「エレイン、大丈夫だろうか」


「はい。グレイアム殿下に助けていただいたと伺いました。大変申し訳ありません。どうお詫びしてよいか今は分からずにおりますこと、どうかお許しください。助けていただき本当にありがとうございます。殿下は池に飛び込まれて、大丈夫でしょうか……」


「ああ、なんともないよ。ここに座ってもいいかな」


ベッドの横の椅子に目をやると、エレインは頷いた。

まだ髪が乾いておらず、タオルを肩に掛けている。


「話をするのが辛くないようなら、何があったのか聞かせてもらえないだろうか」


エレインは今にも泣きだしそうな目を僕に向けている。


「私が、自分で池に飛び込んだのです……」


そこで言葉を区切り、意を決したように話し始めた。




「ジェシカ様から、グレイアム殿下にもらったものを池の近くで落としてしまったから、一緒に探してもらえないかと声を掛けられました。

どうして私に? とは思ったものの、ジェシカ様に付いていきました。

池のそばまで歩き、この辺りで失くしたと思うのですと言われて一緒に少し探しました。

でも気づいたのです。

ジェシカ様が地面に目を向けていないこと、落としたという物が何か私は聞いていないことを。

その時、ジェシカ様が池に飛びこもうとしているように見えました。

咄嗟に私はジェシカ様の手を掴み、身体を入れ替えるようにして……そうです、私は自分で池に飛び込みました」


「自分で池に飛び込んだ!? どうしてだ、君は水が怖いのだろう!?」


「……はい、水面を見るのは恐ろしいです。でも……それよりもっと恐ろしいことがありました……」


「恐怖を感じて近づくこともできない池に、自ら飛び込むほどの怖いことが他にあるのなら、どうか教えてもらえないだろうか……」


「……ジェシカ様が池に飛び込み、私に突き飛ばされたと言われてしまうのではと、それが恐ろしかったのです……グレイアム殿下は私ではなく、ジェシカ様を信じるのではないかと……殿下に嫌われてしまうのではないか、婚約破棄だと言われて……しまうのでは……ないかと、それが何よりも怖くて……申し訳……ありま……せん……」


エレインは両手で顔を覆い、声も出さずに泣きだした。

僕はその姿を見て胸を衝かれ、エレインに掛ける言葉が出てこなかった。

あんなに恐怖を感じて避けてきた池に飛び込むほど、僕に嫌われるのが怖かったというのか。そんなことがあるわけないのに、どうしてそんな風に……。


「そろそろミッドフォード公爵家の迎えの馬車がやってくる頃でしょう。

殿下もお帰りになって、湯に浸かってどうぞ身体を温めてくださいな。お風邪など召したら大変ですよ」


先生はそう言いながらドアを開け、必死で言葉を探していた僕を救護室から追い出した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ