第一歩
「この村の秘密はの…」
僕はもう一度唾をゴクリと飲む。
「ワシが村で2番目に若い!」
「え!?」
「まあ、見た目通りじゃ」
いや、おかしいだろう。どう見てもおじいちゃんじゃん。あれ、一番若いのは…あー、昨日の少女か。どうせ大したことではないと思っていたが、驚かされた。
「確かに驚かされましたが、それって秘密じゃなくて、単なるビックリする事実ですよね」
「タモさん厳しいこと言うの」
「何でこの村は老人…」
「老人?」
じゅんちゃんの眉毛がピクついた。
「いえ、若い人が少ないんですか?」
「それはな、秘密じゃ」
結局本題の秘密はこっちではないか。秘密というくらいだから、人に話せない、あるいは話したくないことなのだろう。これ以上追及するのはやめよう。
「間違えたの。ヒ・ミ・ツじゃ」
茶目っ気たっぷりにウィンクをしたじゅんちゃんを、少しかわいいと思った僕が恨めしい。
「秘密なのは分かりました。今日は仕事か何か手伝えることはありますか?」
「そうじゃなー。畑仕事でもいっちょやってもらおうかのー」
畑仕事か。小さい頃に芋掘りをしたくらいしかやったことがない気がする。
「畑仕事ですね。役に立つか分かりませんが、お手伝いさせてもらいます」
「じゃあ、早速出発するかの」
大きな籠を背中に背負って、畑まで歩いて移動することになった。しばらく歩いていくと、大きな畑が見えてきた。色々な作物があるようだ。今日の朝食べた野菜炒めの人参らしきものが植えてある。
「じゃあ、引っこ抜いたら、この箱に入れておいてくれ。頼んだぞ」
「え!?」
純ちゃんはそう言い残して、直ぐにいなくなった。説明はこれだけなのか。あまりにシンプルな説明であったため、少し戸惑ってしまう。
まあ、とりあえずやるしかないか。
少し屈んで、人参の根本辺りを掴み引っ張る。しかし、抜くことが出来ずに全く動かせない。僕が力がないとはいえ、人参すら抜けないなんてことはあるまい。
もう一度試そう。今度は渾身の力を込めて引っ張ろう。
「うーん。ふんっ!」
その掛け声とは裏腹に、やはり人参を抜くことが出来ない。
なんてことだ。もしかしたら、僕は異世界に来て力を失ったのかもしれない。
こうなったら何としてでも引っこ抜きたくなる。焦らず考えてみよう。そうだ。周りの土を少しずつ除ければ、何とかなるかもしれない。
スコップなどの道具は持っていなかったため、手で土を掻き出してみる。
だいぶ掘れてきた。おそらく、人参本体の半分位は地表に露わになっただろう。これで絶対抜けるだろう。
だがしかし。二度目の渾身の力も虚しく、少し動かせた程度であった。
異世界特有の農業スキル等が必要なのだろう。そうに違いない。少し休んで、純ちゃんが帰ってくるのを待とう。
しばらくすると、純ちゃんが少し遠くから叫んでいる。
「どうだー。カゴいっぱいに取れたかー」
僕はバッテン印を両腕でジェスチャーする。
「何じゃー。こっからじゃ、見えんわ。口で言えー」
「全く取れませんでしたー」
「何じゃー。全然聞こえんぞー」
「ふっ」
僕は諦めて、空を見上げた。純ちゃんが着くのを黙って待つことにした。
待つこと3分。
「何じゃ。サボってたのか」
「いえいえ、違います。頑張って取ろうとしたんですが、全く駄目だったんです」
「そんなに若いのにそんなことはなかろう」
「本当ですって。もしかして、農業スキルとかの特殊スキルが必要だったりしますか?」
「何言ってるんじゃ、お主。もしかして頭でもどっかに打ったかの?」
どうやらこの世界にそんなものはないらしい。どうしたものか。
「そうですね。記憶を失った時に頭を打ったのかもしれないです」
「きっとそうじゃろ。だったら無理するでない」
「すいません」
「じゃあ、そこに座って、待ってるんじゃ」
「はい」
僕は傍らで静かに体育座りすることにした。純ちゃんは服の袖を捲り上げる。僕よりか逞しい腕をしている。
「じゃあ、やるかの」
純ちゃんの動きが一瞬止まる。
「ふぉっ!」
そう力強く言い放ったじゅんちゃんの声とともに、人参は抜けた。
「これ位朝飯じゃ」
純ちゃんは軽くドヤ顔をした。朝飯を既に食べた後であるので、このセリフにはツッコみをしたかったが、何とか堪えた。
「凄いですね。僕にはどうやっても抜ける気がしませんでした」
「じゃあ、少し一緒にやって慣れるしかないの」
「お願いします」
その後、付ききっきりで人参の収穫を教えてもらった。
「こうして、垂直に引っ張るんじゃ」
「こうですか?」
「そうじゃ」
「うーん」
「もっと力を入れて」
「うーん…駄目です」
「まあ、今日は初日だから、そろそろ帰るかの」
純ちゃんの傍らのカゴは、一杯の人参で詰まっていた。
これから先のことが思いやられる。そんな一日であった。