異世界の目覚め
彼女は今さっき『タモさん』と言ったか。これはじゅんちゃんがさっきつけた僕のあだ名なので、知るはずがない。驚く僕に対して、彼女は不思議そうに見ている。
「驚くの無理はない。この娘には未来を見る能力があるんじゃ」
「未来が見える!?」
「といっても、このように寝たきりになってからは、ほんの少し先の未来しか見えないんじゃよ」
「そうなんですね。それでも凄いですよ」
「何。誰にだって特殊能力は一つ、備わっている」
「そうなんですか?」
「それもお主は忘れてしまったのか?」
「ええ、残念ながらそうですね」
「そうか」
「ちなみにじゅんちゃんの特殊能力は何ですか?」
「ワシの能力か?知りたいか?」
「はい」
「えっと、どうしようかのー」
くそー、このおっさん。もったいぶりやがって。まごまごした感じで、余計に何か腹が立つ。
「じゃ。また何かの機会に教えて下さい」
「えっ!?聞きたくないの?」
「今度で大丈夫ですよ」
「タモさん、そんなこと言わないで。ワシの特殊能力はのー…」
「ゴホッゴホッ」
突然、彼女が咳き込んだ。話に夢中で彼女の存在をすっかり忘れていた。
「すみません。身体が悪いのに長話をしてしまって」
「いいわよ。ゴホッ…あなた達にも感染ると悪いから、もう帰った方がいいわ」
そう言われて、僕らは彼女の家を後にした。その後、村を一通り回ったが、彼女以外で若い人は見かけなかった。そして、すっかり日も暮れて、じゅんちゃんの家で今日は泊まらさせてもらうことになった。
「すいません。本当に助かります」
「そんな遠慮することはない」
「お一人で暮らしてるんですか?」
「数年前に妻は先に逝っちまってな」
「そうだったんですね…」
「そんな暗い顔するな、昔の話だ。飯でも食おう」
じゅんちゃんの料理は、男料理といった感じで、大味で見栄えは良くないが、お腹が減っていたせいか、美味しかった。
色々と話をまだ聞きたいこともあるが、とても疲れたので、今日は寝ることにした。空いている部屋を使わせてもらうことになった。使ってない割には小綺麗に掃除がされている。
ベッドで横になり、考え事をしようと思っていたが、そのまま眠りについた。
朝日が眩しい。目覚まし時計がなくても、自然と目が覚めた。ベッドから起きて、音がするのに気づいたので、音の方向へと向かう。
「おはよう。良く眠れたかの?」
そこには手慣れた手つきで包丁を握るじゅんちゃんがいた。
「おかげさまで良く眠れました。いい匂いですね」
「ふぉふぉ。単なる男臭い料理じゃよ」
席に待っててくれと言われ、言われるがままに席で待っていた。テーブルに置かれた瞬間に食べ始め、いつの間にかになくなっていた。
こんなに食に貪欲だったろうか。あまりに美味しかったからか、異世界に来てテンションが上がっているのかは、今の僕には分からなかった。
「どうじゃ?お腹いっぱいになったか?」
「はい。どれも美味しかったです」
「それは良かった」
じゅんちゃんがにこやかに微笑んだ。僕はここに来て何も出来ておらず、悪い気がした。
「すいません。色々とお世話になって」
「なーに、気にするな。こうして久々に若い人と話せて幸せじゃ」
「そう言ってもらえて何よりです。とは言っても、僕に何かできることはないですか?」
「そうなこと言うでない。っと言いたいところじゃが、タモさんには死ぬほど働いてもらうぞ」
「え!?」
「ふぉふぉ。冗談じゃよ」
僕は思わずフーと息を吐きだし、一安心した。
「そういえばタモさんは記憶がちょっとないんじゃたの」
「はい」
「何か聞きたいことはないかの?」
聞きたいことはないかと聞かれたら、聞きたいことは山ほどある。何から聞こうかと思考を巡らせる。
「そんなに考えるんじゃない。思いついたことを口に出してよい」
何か僕のことを完全に見透かされている気がした。考えても仕方がないと開き直り、僕は思いついたことを口にした。
「この村には何か秘密がありますよね?」
「聞きたいかの?」
じゅんちゃんはニヤリと少しいやらしい笑みを浮かべる。
「はい」
僕は唾をゴクリと飲む。