僕は婚約者を猫だと思うことにした
僕は婚約者のシャーロットが嫌いだ。
つり目で、気位が高くて。性格が悪くて。そして、そのくせ寂しがり屋で。面倒で大嫌いなあの生き物を思い出すのだ。
「にゃぁ」と魔性の声で鳴くあの毛玉。名前を思い出すのもおぞましい生き物。
王立学園の昼休み。僕たちは中庭で語り合っていた。
「ハーティア様」
僕はリスのような小動物を連想せられる愛らしき、少女に名前を呼ばれる。一体何度めの事だろう。
彼女のとなりはとても居心地がいい。
厳しい事も言われず。甘い砂糖菓子のような言葉を吐き続ける。
『ありのままの自分でいましょう。素直になるのです……』
その言葉は僕を救ってくれた。まだ、折り合いをつけられないけれど。
アニーといれば素直になれそうだ。語り合えば語り合うほど、僕は真実の僕を見つけ出せそうな気がした。
「どうしたんだ。アニー」
身分だけは高く。可愛いげのない婚約者とは、大違いだ。アニーは男爵家の令嬢ではあるけれど、気取ったところはなく沢山の友人に囲まれている。
僕を名前で呼ぶのは不敬ではあるけれど、大切な事に気がつかせてくれた。彼女にそれを咎めるつもりはなかった。
「あの、シャーロット様が……」
アニーは、そう言いかけて。すぐさま口ごもる。
「何があったんだ」
僕は続きを言うように促すと、アニーはうっすらと涙を浮かべた。
「嫌がらせをされているのです」
婚約者は性格が悪いけれど、嫌がらせという事をするのはあまり考えられず。僕は眉を寄せる。
「それは」
「何をなさっているのです!?」
僕とアニーを仲を引き裂くような声が背後から聞こえた。
振り返らなくてもわかる。婚約者のシャーロットだ。一体なんの用事なのだろう。
嫌悪感が胸の奥から滲み出てくるようだ。
僕はあの生き物が大嫌いだ。彼女を見ると、それがすぐに浮かぶのだ。
構おうとして追いかけ回せば回すほど僕を嫌ってしまうあの生き物に。
……あんな生き物大嫌いだ!
けれど、シャーロットを見るとそんな理性的な考えすら崩れ去りそうなのだ。いや、いけない。自分に素直にならないと。理性はぶち壊すためにあるんだ。
やはりシャーロットは悪女である。
「シャーロット。何の用だい」
僕は語り合いを邪魔されたことに、不愉快さを隠さず眉間にシワを寄せた。僕に必要なのは素直になることだ。そのための語り合いだというのに。
それにしても、シャーロットはあの生き物とそっくりだ。自分が一番じゃないと許せない所が。
「殿下。いけませんわ。婚約者同士でもいない男女が二人きりで過ごすなんて」
シャーロットはまっとうな事を言い出す。
嫉妬した姿を見せるのに照れて、取り澄ましたあの生き物にしか見えない。
ダメだ想像するだけで追いかけ回したくなってしまう。どれだけ、自分で嫌いと言い聞かせていても遺伝子に刻まれた。『猫タンらぶ』には勝てそうにない。
いや、僕は素直になるべきなんだ。
「僕の友人だ。君に口出しさせる筋合いなどない」
僕は、緩みそうになる表情を引き締めて、シャーロットに口答えする。
「殿下!しかし、彼女は」
シャーロットは、そう言われるとなにも言えなくなったのか、しょんぼりと顔をうつむかせる。
見えないはずの尻尾が垂れ下がっているのが見える。
ああ、猫タン可愛い。
「そうですわ。私と殿下との関係を邪魔しないでください。思いが通じあっているのに」
アニーが畳み掛けるように何か言っているけれど、僕の耳にはなにも入らなかった。
このところいつもそうで。シャーロットを猫と思うようにしたら、ただでさえ可愛いのに、今では世界を滅亡させたいくらい可愛く見えてしまうのだ。
彼女に猫を当てはめて考えるなんていけないことだと思うけれど、もう僕には止められそうになかった。
自分に素直になるんだ!
「この、泥棒猫!」
シャーロットはシャー!っと猫が威嚇するようにアニーを睨み付ける。
アニーは怯えたように僕に抱きつくけれど、威嚇した猫タン可愛い。にしか僕には見えなくなっていた。
「シャーロット。いい加減にしないか!それは、わざとやっているのか!」
僕とシャーロットが出会った時、まだ幼かった。あのつり目が、心を鷲掴みしたのだ。
なんと愛らしい猫タンなのだろうと僕は思ってしまったのだ。
そして、いてもたってもいられなくて婚約者になったのだ。僕は猫に嫌われ体質なのか、誰も近寄っては来てくれない。
もしも、シャーロットに嫌われしまったら僕は生きていけない。世界を道連れにして死んでしまいそうだ。
だから、猫を嫌いになろうと思った。だけど、もう無理だ。僕はありのままの自分を受け入れる!
「え?」
戸惑い気味のシャーロットはニャーロットにしか見えない。完全なる猫タンだ。
「僕の大好きな生き物の物まねをするな!今すぐ人間に戻れ!」
僕は正気に戻ろうと大声をあげれるけれど、ニャーロットは怯えた猫にしか見えない。
「何を言っているのです?」
「猫タンー!猫タン!」
僕は、叫び声を上げてニャーロットに飛びかかる。
「えぇ!?」
そして、そのまま抱き上げると。猫なで声でニャーロットを見つめる。
「ニャーロット!」
「は?」
ニャーロットは唖然とした猫の表情をした。その瞬間、僕は口づけをしたくなってしまった。
「良い子でちゅねぇ」
僕は、ニャーロットの頭を撫で撫でする。いつもなら、この段階で猫は僕を引っ掻いて逃げていくけれど、彼女に逃げない。
なんて可愛い猫なのだろう。
「えぇぇ!?」
「チュッチュッちまちょうか」
唇を尖らせ近づけると、ニャーロットは顔を背ける。
「嫌でございます」
「ニャーロット!いい子でちゅねぇ!」
僕はニャーロットの頬を舐めると、彼女は嬉しそうに泣き出した。
「い、イヤァ!やめてぇ」
「き、キャラクターが変わってる……」
アニーがぼそりと何か呟いたが、僕はどうでもよかった。
もう、無理してキャラクターなんか作る必要なんてないのだから。